12

『レオ』

 小さく、でも確かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がして、レオは窓を拭いていた手を止める。同じ部屋で掃除をしているシンタローに視線をやるが、彼の視線はレオではなく天井の方に向いていた。
 レオの視線に気付いたシンタローが振り向いて、首を傾げる。

「ん? なんかあったか?」
「あの、シンタローさん私のこと呼んだ?」
「いや、呼んでねーけど」
「……そっか」
「どうした? 大丈夫か?」
「ううん、なんでもない!」

 シンタローが眉を顰めて心配したが、レオも気の所為だったのだろうと自分に言い聞かせて、掃除を再開させた。

 今、パプワハウスにいるのはシンタローとレオだけだ。パプワとチャッピーは昼食を食べてから遊びに出掛けており、まだ帰ってきていない。
 
 教会にいた頃はある程度の人数がいたので当番制だった掃除も、この島にやってきてからは日常となっていた。シンタローは家事全般が得意で教えるのも上手く、不器用なレオも格段に家事の腕が上達している。ガンマ団総帥の息子なのに何故そんなにも主婦力が高いのか疑問だが。

「ふぅ、窓はだいぶ綺麗になったかな?」
「次はドアな」
「えっ、まだやんのォ?」
「昨日のうちにおやつにチーズケーキ作ったから、掃除終わったら食っていーぜ」
「ちーずけーき?」

 情けない顔をして不満を言うレオに少し苦笑して、シンタローがおやつを餌にしたが、思いがけない反応が返ってくる。

「は? もしかしてお前ケーキ知らないのか……?」
「いやいや、さすがにケーキは知ってる! 島でも、パウンドケーキなら食べたことあるよ!」

 確かにケーキと名前にはついているが、それはなんか違うだろと指摘することもできず、シンタローはそっと目頭を押さえた。

「……もう掃除いいから、チーズケーキ食っていいぞ」
「え? いや、さすがに全部済ませてから食べるよ」
「俺の精神の安定のためにもはやく」
食べにくいよ逆に

 必死な様子のシンタローに少し引きつつも、小腹が空いていたレオは素直に従い掃除用具を片付ける。その間にシンタローは手を洗って、チーズケーキを2人分切り分けた。心なしかレオの方が大きめである。

「わぁ! 美味しそー」
「ほれ、お前もさっさと手洗って来い。そしたら一緒に食うぞ」
「あーい、わかった!」

 早く食べたいと言わんばかりに急いで手を洗いに行くレオ。そんな無邪気な様子にほっこりした気持ちになる。まるで自分に子供ができたみたいだと思いかけて、ぶんぶんと首を横に振る。いやいやいや、まずは恋人つくろうぜ自分。恋人とか通り越して子持ちになった気分になって、シンタローは少しへこんだ。
 ちょうどその時、手を洗って戻ってきたレオが、意気揚々と食卓に座る。

「チーズケーキ食べよう! シンタローさん!」
「はーいはいはい。ちょっと待ってな」

 そんなレオの様子に少し笑ってから、シンタローはチーズケーキとフォークを食卓へと運ぶと、向かい側に座った。チーズケーキを視界に入れたレオはキラキラと目を輝かせた。

「ほらよ」
「ありがと! いっただきまーす!」
「ん、いただきます」

 レオはチーズケーキを一口大にフォークで切ってから、ゆっくりと口に運ぶ。口いっぱいに広がる濃厚な甘さと、爽やかな酸味に顔が緩む。

「お、美味しい…!」
「俺が作ったんだから当然だな」
「はっはっはっ、そんな性格だからモテないんだよ。……ごめんなさい。嘘です。だからフォークで頬を刺さないで
「わかりゃーいいんだ。わかりゃ」

 ぷにぷにほっぺがフォークから解放され、レオは再びチーズケーキを食べ進める。

「世の中にはこんな美味しいものがあるんだねぇ」
「いや、チーズケーキなんてそんな珍しいもんじゃねぇと思うけど……。お前の住んでた島ってどうなってんだ
?」
「うーん。別に鎖国とかしてる訳じゃないんだけど、確かに言われてみれば、あんまりよその人が来ることはなかったかなぁ? 島での自給自走で事足りてたし、たまぁに他所の島から商人がやってきて商売したり、島から商人が買い付けに行ったりって感じで……」

 思い返しながら言うレオを見ながら、シンタローはふと疑問に思う。レオが住んでいた島の名前をシンタローは知らなかった。
 レオは多少の世間知らず感は感じるが、しっかりとした教育も受けている印象だ。未開の地から来たという訳ではない。平和で、のどかな島。まるでパプワ島のような……。

「ごちそうさま! すごく美味しかったよ!」

 シンタローの思考はレオの満足そうな声で中断された。

「お、おう。お粗末さま」
「こんな美味しいものがあるなんて知らなかったよ。……えへへ、ありがとうシンタローさん」

 目を細めてはにかむレオを見て、シンタローの胸の中でキュゥゥンっという音が響き渡った。それと同時に鼻を抑えて疼くまるシンタローの姿に、レオは首を傾げる。

「な……なに、どうしたの、シンタローさん」
いや……なんでもない

 レオの島への疑問は突然の萌えの供給により、シンタローの記憶の彼方へ消え去っていった。