14
窓から差し込む太陽の光が顔に直撃し、シンタローの意識が浮上する。朝だ、と反射的に思ったが、眠気がまだ強くぼんやりとしか目が開けられない。ごろりと横に寝返りを打つと、パプワとチャッピーの姿が目に入った。まだぐっすりと眠っているようで、気持ちよさそうに寝息を立てている。
さらにその奥に寝ているレオに目をやって、シンタローはそのまま固まった。そこにいたのは見知らぬ小さな子供だった。
「はぁぁぁ!?」
予想外の出来事に動揺し、シンタローは勢いよく身体を起こして叫んだ。それと同時にパプワから頭に蹴りを入れられる。
「朝っぱらからやかましい」
「わぅー」
シンタローの叫び声のせいで目が覚めてしまったようで、パプワは眉間にシワを寄せている。チャッピーも鼻先がシワっとしていた。
申し訳ない気持ちにはなったものの、それよりもこの状況に対する動揺の方が勝っていた。震える指でこの騒ぎにも動じずに寝ている子供を指さす。
「パプワッ、なんか見知らぬチミッコが……!」
「なんだお前、連れ込んだのか」
「ちがーう」
パプワに不名誉な称号を貰いかけたシンタローは真顔で否定する。目が覚めたら眠っていたのだと説明すると、パプワはウームと言ってそのまま黙り込んだ。
そんなパプワを視界に入れつつ、シンタローは先程からレオの姿がないことに気がつく。彼女が寝ていた場所には小さな子供が寝ている。短い黒髪の子供が。
「なぁ、パプ……」
「そういえば、昨日」
シンタローの言葉を遮るようにパプワが口を開く。
「レオがよくわからん木の実を拾って食べていた気がする」
「なんてお約束なヤツなんだアイツは」
シンタローは大きなため息をついた。顔立ちがあまりにも似ていたからもしかしてとは思ったものの、まさかのまさかだ。拾ったものを食べちゃ駄目だとあれほど言い聞かせたのに。
「てことはなんだ。変な木の実食ったせいで、子どもになっちまったってことか?」
「その可能性が高いナ」
ポンッとセンスを広げるパプワ。……何でこいつは落ち着いているのやら。シンタローは心なしか胃に痛みを感じた気がした。
スヤスヤと気持ち良さげに寝る子供……レオの前でどうしたもんかと考える2人+1匹。解決策は勿論見つかってない。
「たっく……こんな事態だってのに脳天気によく寝てんな、コイツは」
「そーゆーとこは変わらないんだナ」
本人が寝ているのをいいことに言いたい放題である。そんな話しをしているときだった。突然、レオがムクッと起き上がった。シンタローが思わずビクッとなるのにも気付かずに、まだ眠たげに目を擦っている。
そしてシンタローとパプワとチャッピーを視界にいれると、大きな目をパチパチと瞬いた。その大きな目でシンタローをじっと見つめる。幼くなってより中性的になったレオをシンタローも惑いながらも見返すと、レオはコテンと首を傾げて口を開く。
「おにぃちゃんたち、だぁれ?」
まさかの展開にシンタローは固まってしまう。身体だけでなく、記憶まで後退するとは思ってなかった。本格的に大変なことになっているらしい。いや、それよりも………
「お兄ちゃんはね、シンタローっていうんだよ。でも、そのままおにぃちゃんでいいからね」
「オイ、シンタロー。鼻血でてるぞ」
その後、パプワとチャッピーの自己紹介も済ませると、レオはチャッピーに興味津々らしく、フワフワの毛を触って楽しんでいる。チャッピーも満更ではなさそうだ。パプワはそれを見守っている。そんな和やかな雰囲気を壊すのもどうかと思ったのだが、なにぶん今は情報が少なすぎる。だから、仕方あるまいと思いながらシンタローは口を開いた。
「お名前言えるかな?」
「なまえ……?」
「ええっと……そしたら今、何歳かな?」
「………?」
どの質問にも首を傾げてしまうレオにシンタローも戸惑う。
「……もしかしたら、記憶をなくして、島で拾われる前なのか…?」
「その可能性が高いナ」
「じゃあ、ちょうど5歳ごろ……?」
「ごさい……? ごは、こうだよ!」
「ぐふっ……!」
得意げにニコッと笑いながら手をパーにする5歳児に悶える(萌えた)24歳独身男性の図。それを見なかったことにして、パプワはレオに向き直った。
「じゃあ、今はボクと同い年なんだナ」
「………いっしょなの?」
「わぅわぅー」
嬉しそうにへらりと笑うレオの頭を撫でてから、パプワは立ち上がった。そしてシンタローに向かって口を開く。
「シンタロー、ボクはチャッピーと先生の所へ行ってくるからナ。先生なら何か知っているかもしれん」
「先生……? ああっ、あのフクロウのじぃさんか!」
「だからその間、コイツのこと任せたぞ」
その言葉を聞いたシンタローはレオに視線を送る。シンタローと目が合ったレオはまたコテンと首を傾げた。
「よっしゃ、任せとけ」
「鼻血を拭け。………手を出したら犯罪だからナ」
「だ、ださねーよッ」
慌てて鼻血を拭いながら否定するシンタローをどこか胡乱げに見ながら、パプワはチャッピーと先生の元へ向かった。レオはそんなみんなの様子をどこか不思議そうに見ていたのであった。
パプワにレオを任せられたものの………さて、どうしようか。チラリとレオに視線をやると、レオが顔を上げてシンタローをジッと見ていた。シンタローはレオと視線が合うようにしゃがんでやる。
「どうかしたか?」
「あのねー、おそとであそびたい!」
「そ、外で……」
可愛らしくお願いされたものの了解するわけにはいかない。なにしろ外には厄介な奴らがごろごろいる。特に今のレオをガンマ団の奴らに見せたくはない。
「ダメ、なの……?」
シンタローの手を握りながら、上目遣いをされて断れる訳がなかった。彼にそんな耐久性はない。やったー!と無邪気に喜んでいるレオを横目に見て可愛いなチクショーと思いながらも、やっぱりマズいのではないかという考えがよぎる。
しかし、今更駄目だとはシンタローには言えそうになかった。ま、そんないつもガンマ団の奴らと遭遇する訳じゃないし大丈夫だろう。そう楽観的に考えた自分をのちにシンタローは後悔することになる。
「レオちゃん、スイカ食べるっちゃか?」
「オラたちのスイカはうまいべ!」
「レオ、わしが肩車しちゃる!」
「コージはんなんかにまかせられまへん。わてが抱っこしますえ」
「なーんで貴様等はそう都合よく登場するかな」
どんだけタイミングがいいんだと毒付きながら、シンタローはうなだれた。
コージに肩車をされてきゃっきゃとはしゃぐレオを眺める4人。最初に口を開いたのはアラシヤマだった。
「で、一体なにをしはったらああいう状況になるんどすか?」
「んだんだ! 昨日まで普通だったべ」
「いや、なんか昨日拾い食いしたみてーでよ……」
「「「あー……そんな感じする」」」
オイお前標準語で納得されてんぞ。そう思ったものの当の本人は今は呑気に笑っている。てか、アイツは普段どんな目で見られているのだろうか。レオの将来がなんだか心配になったシンタローであった。
「シンタロー、レオちゃんはちゃんと元に戻れるんっちゃか?」
「ああ。今、パプワが先生んとこ行ってる」
「ならよかったべ!」
「はよ戻れるといいんやけどなぁ」
そう口々に言う4人の下へ、コージの手を引いたレオがやってきた。
「おにぃちゃんたち!」
「ん?どーした?」
視線を合わせるためにしゃがんだシンタローに、嬉しそうに笑うとレオは口を開いた。
「いっしょにあそぼ?」
はにかみながらコテンと首を傾げるレオ。そんなレオを前にシンタローの抑制が効くわけがなかった。
「そーだね。おにーちゃんと遊ぼーか」
「シ、シンタロー! おま、鼻血の量が尋常じゃねーべ!!」
「それ以上、血を流したらやばいっちゃ!!」
「……レオはん、向こうへ行きまひょ」
「……その方がええ感じじゃのぅ」
「う?わかったー」
シンタローの鼻血にてんやわんやする2人を横目に、アラシヤマとコージはレオを離れた場所へと避難させたのであった。
ミヤギとトットリにより復活したシンタローは、しばらくレオを遊ばせた後、パプワハウスへと帰った。
帰宅する際に、レオとシンタローを2人きりにするのに明らかな難色を見せたトットリコージミヤギはぶん殴っておいた。ついでにアラシヤマも。自分がレオに手を出すとでも思っているのだろうか。全く、失礼な話である。
チラリと手を繋いでるレオに視線をやる。シンタローが自分をみたことに気づいたのか、レオも顔を上げた。そして目が合うとレオはふにゃりと笑った。
きゅん
ごめんなさいオレちょっと自信ないかもしれない。一瞬でもぐらついた自分を戒めるためにシンタローは木に頭を打ち付けた。いやいやいやいや!
しっかりしろ!理性を保つんだ!
「おにぃちゃんなにしてんの?」
「おにぃちゃんはね、悪魔を追い出そうとしてるんだよ」
「ふーん」
全く持って興味の欠片もなさそうなレオに、シンタローの胸になにかがグサリと刺さった。ちみっこは時に残酷である。まぁ、知ってたけどね。
自分の主人である残酷なちみっこを思い出してシンタローは何だか泣きたくなった。
そんな事を考えているうちにパプワハウスに到着した。まだパプワとチャッピーは戻っていないらしく、部屋の中はガランとしている。
「あいつらはまだ帰ってねーのか。……レオちゃん、何して遊ぶ?」
「ぐー」
「え、寝てんの?」
ビックリして振り返るとそこには壁に寄り添うように寝るレオの姿が。一体いつの間に寝たんだ。図太すぎんだろと呆れたが、すやすやと気持ちよさそうに寝る姿に思わず顔に笑みが浮かぶ。
「しょーがねぇな」
シンタローは一言呟いて、布団を取り出す為に動き出した。
レオが眠りについてしばらく経った頃、パプワとチャッピーはパプワハウスへ帰ってきた。手には不思議な色をした液体が入った小瓶を持っている。
「おかえり」
「わぅ」
「ただいま」
「どうだった?」
「薬を貰ってきた」
そう言ってパプワがずいと前に出したのは先ほどから気になっていた不思議な色の液体。とてもじゃないが薬には見えない配色に思わず顔が引きつってしまう。明らかに人体に害がありそうな配色だ。
「……それが?」
「ああ。この飲み薬を掛ければいいとか」
「飲まないんかい」
意味が分からない、さすがパプワ島クオリティである。そしてパプワはシンタローが止める暇もなく、寝ているレオに向かって液体をバシャっと掛けていた。
「おまっ……容赦ねぇな」
「ボクはスパルタだからナ」
「ああっ、人ごとに聞こえない……っ」
心当たりがありすぎて涙が少しだけ浮かんだ。
当の本人はというと、勢いよく謎の液体を掛けられたというのに、相変わらずにすやすやと気持ちよさそうに寝ていた。鈍感というか図太いというか。こいつはいったいどんな大人になってしまうのやら。そんなことがふと気になったシンタローなのであった。
「……とりあえず、夕飯にすっか」
「そうだな」
「わぅー」
腹が減ってはなんとやら。起きる気配のないレオをそのままにし、シンタローは夕食の支度を始めた。
夕飯を食べ終え、夜の踊りを終え、寝る準備も整ったがレオが起きる気配は一向にない。気持ちよさそうに寝てはいるが、だんだんと心配になってくる。
「なぁ、大丈夫かこいつ……?」
「たぶん薬が効いているんだろう」
「わぅー?」
チャッピーがふさふさの尻尾でレオの頬をふわりと撫でると、くすぐったかったのか「ふみゅっ」と声をあげてそのまま丸くなり、また穏やかに眠ってしまった。あああああああああ、なんだこの可愛い生き物は。なんだこれ、もしかして誘惑されてるのか。
「今日、お前は外で寝るか」
「ごめんなさい許してお坊ちゃま」
パプワの凍てつくような冷たい視線を受け、シンタローは瞬時に土下座した。そしてその後はおとなしく皆で眠りについた。
翌朝、窓から差し込む朝日を受けてシンタローは目を覚ました。なんとなくゴロリと寝返りをうつと、真正面には若い女性の姿が。
「」
ガバッと勢いよく起き上がる。いやいやいやいや!おかしいだろッ!なんだこの展開すごくデジャヴ!
「朝っぱらからやかましい」
「わぅー」
その声と共に足蹴されるシンタロー。それさえもデジャヴを感じながら、シンタローは改めて目の前の女性をしっかりとみた。ぎりぎり肩にかからない程度の黒髪に少し中性的な顔立ち。でも、どこか見覚えのある顔立ちにシンタローは無性に泣きたくなった。
「なぁ…パプワ……」
「今度はデカくなったな!」
「わうー」
「俺の求めてた反応じゃないッ」
忙しいヤツだなと呑気にセンスを広げるパプワにガクッと項垂れる。そーゆー問題じゃないだろうに。シンタローの声に反応したのか、レオがガバリと起き上がる。思わずシンタローは身を固くする。シンタロー、パプワ、チャッピーを視界に入れ、レオはへらりと笑った。
「おにぃちゃんたち、おはよー」
まさかの展開にシンタローは固まってしまう。……どうやら外見は成長して成人女性となったようだが、記憶に関しては昨日のままらしい。いや、それよりも……
「おはよう、レオちゃん」
「チャッピー、エサ」
朝から勢いよく鼻血を流すシンタローに向かってパプワは冷たい視線を投げかけると共にチャッピーを解き放った。