04

「いや、いやいやいや、ちょっと待って。そんな馬鹿な、バンナソカナ。落ち着こうじゃないかパプワくん」
「落ち着くのはおまえだろう」
「わぅ」
「君、本当に私より年下?」

 パプワの言葉が上手く飲み込めないレオに、本人から冷静なツッコミが入る。あまりにも冷静だったので、中におじさんでも入っているのではないかと疑ったレオが、後ろを覗き込もうとすると、覗き込む前に持っていた扇子でピシャリと頭を叩かれる。
 心なしかじろりと睨まれた気がしたレオは、思わず両手を肩の高さまで挙げて、無実をアピールしていた。

「地図にない島なんて・・・・・・。でも、人がいる島に流れ着いたのは幸運だったのかも」
「人間の住人はぼくだけだけどな!」
「なんて?」
「あとは居候の召使いと刺客がいるだけだ!」
いや待って! 情報量多すぎるんだけど!

 謎の情報だけがどんどん増えていくばかりで、レオは自分がどういう状況に置かれているのか、まるで理解できなかった。

 レオが頭を抱えていると、背後からガチャっとドアが開くような音が聞こえた。それと同時に男性の声がレオの耳に届く。

「お? 起きたのか」

 声の方に振り返ると、そこにいたのは若い男性だった。随分と背が高い男性で、長い真っ直ぐな黒髪を後ろでひとつに縛っている。精悍な顔立ちで、髪と同じ色の瞳からは意志の強さが感じられる。
 配色が一緒な分、レオの平凡な顔付きが余計に際立つ。

「レオ、コイツはシンタローだ。さっき言った居候の召使いだ」
もっとマシな紹介してくれよ

 シンタローの目にはうっすらと涙が溜まっていた。2人の様子や会話で、レオは一瞬で彼らの力関係を理解した。

「レオちゃん……だっけ?」

 シンタローは先ほどパプワが呼んでいた名前を確かめるように聞きながら、パプワの横へ腰を下ろした。立っていた時よりも随分と近くなった視線に、レオは安心感を覚えた。故郷の島にはシンタローほど大きな青年はいなかったので、少しだけ威圧感を感じていたのだ。

「うん。あ! 助けてくれてありがとう! ……ございます。タオルとか、看病もしてくれて」
「いや、元気になったみたいでよかったよ。イトウから聞いたんだけどよ、船から落ちたんだとか?」
「う……はい。故郷から都市に行くための連絡船に乗ったんですけど、揺れた拍子に落ちちゃって……です」
「ははっ、無理して敬語使わなくていいぜ」
「めんぼくない……」

 明らかに敬語が慣れていないレオの様子に、シンタローは思わず笑ってしまった。レオは羞恥心を隠すように少し俯いて、ポリポリと頬を掻いた。

 レオの様子を見て、そして実際に言葉を交わしてみて、ガンマ団とは関係がなさそうな事を、シンタローは改めて確信する。どんなに隠した所で、裏社会の気配はそう簡単に消せるものではない。
 幼い頃からそういった環境で育ったシンタローだからこそわかることだった。

「なんでレオは故郷を出たんだ?」

 シンタローとレオの自己紹介が一通り終わった所で、パプワが口を開いた。それはシンタローも疑問に思っていた事だった。

「私ね、5歳の時に拾われて教会で育ったんだ。それまでの記憶とかもなくてさ」

 レオの思いがけない告白にシンタローは驚き、目を見開いた。パプワは反応を返すことなく、レオの目をじっと見つめている。

「どこでいつ生まれたのかとか、親は誰なんだとか、なーんにもわかんないんだよね」
「ぼくと一緒だな」
「え?」
「ぼくも赤ん坊の頃、この島に流れ着いて、じいちゃに育てて貰ったんだ!」
「そうなんだ……」

 たまたま流れ着いた島で、助けてくれた少年と同じ境遇という事に、レオは驚く。

「それで?」
「え、ああ、そうそう。私は自分の生まれたルーツがどうしても知りたくて。私の住んでた所では、15歳になったら一人前って認めて貰えるから、それを機に……」
「ちょっと待て、15歳?」

 話の腰を折ったのはシンタローだった。シンタローとて、人の身の上話に口を挟むつもりはなかったのだが、どうしても聞き捨てならない単語が聞こえてしまったので、思わず口を開いてしまった。

「うん、そうだよ」
「マジかよ、10やそこらかと……」
「えっ、酷い! そんな子供じゃないよ!」
「ぼくも大して変わらないと思っていたぞ!」
「わぅわぅ!」

 パプワどころか、チャッピーまでもシンタローに同意している。そんな彼らの反応に対して、レオは拗ねたように頬を膨らませた。そんな仕草も含めて幼さを増長させている事に、レオは気付いていなかった。
 教会で一緒に育った同年代と比べても、レオの身体は一回り小さかった。また、丸顔で大きな瞳から幼く見られることは多かったが、まさか5歳も若く見られるとは思っていなかった。
 
「あーっと、話を戻すと、自分のルーツを探るために都市に出ようとしてたんだな?」
「うん。手がかりも特にないし、とりあえず旅にでればなんとかなるかなって」
「はっはっはっ、レオはアグレッシブだな!」
「わぅ!」
いやいやいや、無計画が過ぎんだろ

 シンタローの冷静な言葉が刺さる。実際、行き当たりばったりで旅に出た結果、レオは遭難してしまったのだから、返す言葉もなかった。

「私の事情はこんな感じかな。あ、さっきパプワくんに聞いたんだけど、ここって地図に載ってないって」
「ふっ、地図に載ってねぇどころか船も飛行機もねぇぜ」
「え?」
「だから俺はこんな島でこんなガキのお守りを……」

 シンタローの発言を聞き逃すことなく、すかさずチャッピーがその頭に噛みついた。

「おまえはすぐ調子に乗る」
ああッ! 許してご主人様ッ僕ってうっかりさんッ!!

 泣きながらパプワに許しを請うシンタローに、レオは彼らの関係性を再認識すると同時に、パプワに下手なことは言わないようにしようと、心の中で秘かに誓うのだった。

 レオは視線を少し下げて、ふぅと一息をつく。先ほどのシンタローの話によると、この島を出る手段は何もないらしい。一難去ってまた一難、レオにはこれから一体どうしたらいいのか、まるでわからなかった。

 そんなレオの沈んだ顔を見たパプワは、バッと手に持った扇子を開くと口を開いた。

「レオ、今日からおまえも友達だ!」

 何の迷いもなく言い切ったパプワに驚き、レオはパプワを見つめながらぽかんと口を開けた。

「行くとこがないならここに住むといい」
「え、でも……」
「レオとぼくはもう友達だ! 友達を助けるのに理由などそれで充分だろう!」
「わぅー!」
 
 真っ直ぐレオを見つめるパプワに、嬉しそうに尻尾を振り、レオにすり寄るチャッピー。暖かい想いが、不安でたまらなかったレオの心に、すっと染みわたっていく。
 鼻の奥がツンとする感覚がして、レオの瞳にじわりと涙が滲んだ。泣くことはしたくなくて、そのままへらりと笑う。

「あり、がとう」
「いいぞ、別に。友達が増えるのは嬉しいからナ!」
「わぅわぅー」

 楽しそうなパプワやチャッピー、嬉しそうなレオの様子にシンタローの顔にも笑みが浮かぶ。

「俺もこれからよろしくな、レオちゃん」
「うん! よろしくお願いします!」
「なんかあったら遠慮なくシンタローを使っていいぞ。この家の召し使いだからな!」
「わぅ!」
勘弁してくださいお坊ちゃま

 テンポのいい彼らのやりとりに、レオは思わず声に出して笑う。

 これから、今日初めて知り合った人たちと暮らしていくことになったというのに、レオは少しも不安を感じなかった。むしろ、居心地がいいとさえ思ったのだった。