05
レオがこの島――パプワ島へ流れ着いてから、1週間が経った。遭難したレオを自身の家に住まわせてくれたパプワ、身の回りの世話をしてくれるシンタロー、もこもこと可愛いチャッピーのお蔭で、何不自由なく過ごすことができている。
出会った当初にパプワが言っていた、この島には殆んど人間がいないということに関しては、その日の翌日に嫌という程に思い知らされた。命の恩人『イトウさん』がパプワハウスに訪ねてきたからである。
唐突にやってきた巨大なピンクのカタツムリのイトウと足が生えた巨大なタイのタンノは、朝からいそいそと朝食を作るシンタローに飛びついて、シンタローの手のひらから放たれた謎の光線によって、あっと言う間に吹き飛ばされた。
立て続けに起こった理解を超える現象の数々に唖然としていたレオに気が付いたシンタローは、この島や自身のことについて、丁寧に説明をしてくれた。
この島の『ナマモノ』と呼ばれる生物たちは殆んど皆、言葉を流暢に話すことができ、中には通常の生物より大きかったり、人間的特徴を持ったものもいる。シンタローもこの島に来て、初めて見た生物ばかりで当初は相当戸惑ったが、最近ではもう特に何も考えずに受け入れることにしたとのことだった。
シンタローの手から放たれた謎の光線に関しては、彼の一族に古くから伝わる技で、ガンマ砲と呼ばれるものだ。レオの住んでいた島にはいなかったが、こういった特殊な能力を持った人間は、多くはないがこの世界に存在しているらしい。
自分の中の常識がたった1日で覆っていったものの、それは嫌な変化ではなくて、驚くほど自然にレオの中に馴染んでいった。後日、改めて知り合ったイトウやタンノ、可愛い小動物コンビのエグチやナカムラといった、島のナマモノたちも気さくな者ばかりで、新参者のレオを暖かく迎え入れてくれた。
今の生活にはとても満足している。たった一点を除いては。
レオはパプワハウスで、昼食で使った食器を洗っていた。非常にもたもたとした手付きで危なっかしいが、それを見てひやひやする者はここにはいない。パプワとチャッピーとシンタローは、3人で食材を集めに出かけていて、今この家にいるのはレオだけだった。
時間が掛かりながらも丁寧に食器を洗い終えたレオはテーブルの前に座って一息つく。3人が食材を捕りに行ってからそう時間は経ってないので、まだ帰ってくる様子はない。食器洗い以外に任されている事はなく、来客の予定もない。レオは暇を持て余すことになった。
天気も良いので暇つぶしに散歩にでも行こうかとレオは思ったが、ある日の昼食中に交わしたシンタローとの会話が頭を過ぎった。先にご飯を食べ終え、海へと遊びに行ったパプワとチャッピーを後から追いかけようとした時だった。
「ちょっと待て、レオ。俺も一緒に行ってやるからちょっと待ってな」
「え、どうして? 道は覚えてるから別に大丈夫だよ」
「いや、1人じゃ危ねぇからよ」
「危ない……?」
パプワからそういったようなことは聞いてなかったので、レオは首を傾げた。
「あ、あの……たまにな、危ねぇナマモノとかがな、いたりすんだよ。火を出すやつとか」
「危なッ! って、火を噴くんじゃなくて火を出すの?」
「おお。あと天候操ったりデカかったり筆持ってるやつとか特に危ねぇから、万が一見かけても絶対に近づくなよ。それらのナマモノに」
「なんかいまいち危険な感じが伝わってこないけど……。わかった」
その時のシンタローがやたら必死な感じだったので、その場の勢いで頷いたのだが、よくよく考えると、かなり無茶苦茶なことを言っているとレオは後から思った。筆持っているだけなら網タイツを履いたタイとりも無害な気がする。
海で遊んでいるパプワくんとチャッピーにも、シンタローの言動について話してみると、彼らはお互いの顔を見合わせて一言。
「あいつは意外に過保護だな」
「わぅ」
これでこの件の会話は終了したのだった。
パプワたちの反応が極めて淡泊だったのもあって、レオの未知のナマモノに対する警戒心は数日経つとあっという間に消えていった。それよりも外への興味に心を奪われつつある。そっと入り口のドアを開いて外の様子を伺ってみるが、人の気配は感じない。今ならばばれずに散歩に行って帰ってくることができると考えたレオは、そのまま外に出てみることにした。
いつも外へ出るときはパプワやチャッピー、シンタローの誰かと一緒だったので、1人きりで歩くのはこの島に流れ着いてきた時以来だった。その当時は焦りや困惑があったので周りの様子を見る余裕はなかったが、見たこともない草や花が生えていたり、虫がいることに気が付いた。
レオの育った島も自然が多く残ってはいたが、町や村もある程度は発展していた為、ここまでではなかった。こちらは気温は高いが湿気をあまり感じずカラッとしているのに対し、年中穏やかな温かさが続く島なので、育つ植物にも違いがあるのだろう。そういった違いを見るのも新鮮で楽しい。
道中で見つけた指揮棒よりも少し長いサイズの木の枝を振り回しながら、島の散策を続ける。途中、シンタローが心配するようなナマモノに遭遇することもなかった。
シンタローがでたらめを言ったとは思えないので、あの言葉には何かしら意図があったのだろうとレオは思った。パプワの様子からすると、そこまで危険という訳ではなさそうだ。自分に知られたくない何かがあるのだろうか。
現時点の情報だけではシンタローにどんな意図があるのか、レオには全く分からなかった。悩んでも解決しそうにないのでレオは早々に諦め、そろそろパプワハウスへ引き返そうと、来た道を引き返すことにした。
真っ赤な大きい花、カーテンの様に垂れ下がっている蔓、木に空いた人の顔に見える穴。特徴的な植物を頼りに、レオはパプワハウスへと足を進める。次は七色の鳥の巣を目指していたが、途中でその足はぱったりと止まってしまった。
一番特徴的だと思っていた木に空いた人の顔に見える穴が再び出現したからだ。辺りを見渡しても近くに七色の鳥の巣はなく、レオは困惑する。先ほどまで色々な種類の植物があると興味深く見ていた筈なのに、急に同じような植物に見えてくる。
「おいおいおい、まじかーい……」
しばらく辺りをキョロキョロと見渡し、手に持っていた木の枝で近くの草を一通り掻き分けた後、レオはようやく自分が迷子になったことを認めた。
あんなにもシンタローが忠告していたにも関わらず、本人が居ぬ間に出歩き、その上迷子になってしまった。一体どんな土下座をすれば許してもらえるのだろうがと、レオは遠い目をしながら項垂れた。こんな日に限って、島の気の良いナマモノたちには一匹も遭遇していない。
さて、どうするかと悩んでいるレオの後ろから、微かに男性の声が聞こえてきた。振り返ると、男性2人が遠目に見えた。向こうもこちらに気が付いたのか、レオの方へと近づいてきた。
「女の子がいるべ!」
「あ! この前シンタローと一緒にいた子だっちゃ、ミヤギくん!」
1人は綺麗な濃い金髪で、目鼻立ちがはっきりとした綺麗な顔立ちをしていた。どこか異国情緒溢れる顔立ちなので、田舎っぽい口調になんだか違和感を感じる。もう1人はレオと同じ黒髪で、真っ黒な服を身にまとっている。いつか島のテレビで見た忍者のような格好だ。顔立ちは金髪の彼と比べてどこか幼く、可愛らしい雰囲気だ。
この島でパプワとシンタロー以外の人間を初めて遭遇したことにレオは驚いたと同時に、他に人間がいると聞いたことがあっただろうかと今までの会話を思い出してみたが、そんな記憶はない。
ただ、彼らの口からシンタローの名前が出てきたので、知り合いではあるのだろうと思ったレオは彼らに助けを求めることにした。シンタローが帰宅する前に家に戻るために。
「あの! はじめまして。私、レオっていいます。あなた方は……?」
「オラはミヤギだべ」
「僕はトットリだっちゃ。レオちゃんはここで何してるっちゃか?」
トットリと名乗った男性は、レオに視線を合わせるように屈んで、話し始めた。ミヤギも心配そうにこちらを見ている。その姿を見て、優しそうだと判断したレオは少しだけ安心して、今の状況を彼らに伝えることにした。
「あの、1人で散歩してみたら迷子になって、帰り道が分からなくなって……」
「そうだったべか」
「なら僕たちが送ってあげるっちゃ! ……っていいっちゃかミヤギくん?」
「別さ構わねぇ」
「え! いいの?」
「近くまでなら送ってやるべ、家までは無理だけんど……」
「ありがとう!」
無邪気な笑顔を向けられたミヤギは少したじろぐ。子どもと関わる機会もなければ、そもそもそんな顔を向けられるような職業でもない。トットリは特に気にしたような様子もなく笑顔を返しているが、ミヤギには戸惑いの方が大きかった。
「どうしたっちゃか? ミヤギくん」
様子の違うミヤギに気が付いたトットリが不思議そうに首を傾げ、それにつられるようにレオも首を傾げる。同じ黒髪で同じような動作をするので、まるで兄妹の様に見えて、ミヤギは少し笑った。
「いんや、なんでもないべ。はよ行くぞ」
ミヤギとトットリに連れられ、レオはようやくパプワハウスへの正しい道のりへ進むことができた。
「そもそも、なんでレオちゃんはこんな所を歩いてたんだっちゃ?」
「女の子が1人で歩くのは危ないべ」
「うっ……。確かにシンタローさんにも1人で出歩くなって言われてたんだけど。なんか散歩してみたくなっちゃって」
「無茶すんべ」
呆れたようにこちらを見るミヤギに苦笑い気味のトットリを前に、レオは返す言葉が見つからなかった。
「でも、シンタローさんもなんか変な事言ってたんだよね。なんか危ないナマモノがいるとか」
「「へんなナマモノ?」」
「うん。なんか火を出すのとか天候を操るのとかデカイのとか筆持ってんのとかがいるから危ないって言ってた」
「「(それ絶対オラ/僕たちのことだべ/っちゃ)」」
「でも、パプワくんはなんてことないって感じだったし」
うーんと唸るレオを横目に、ミヤギとトットリの視線が合わさる。言葉に出さなくても、2人の考えは一緒だった。
「……レオちゃん」
「なに?」
「シンタローにオラたちに会ったこと絶対に言うでねぇべよ」
「え? どうして?」
「「どうしてもだべ/っちゃ」」
いつかのシンタローを訪仏させる2人の必死な様子に、レオは黙って頷いたのだった。
その後、2人に案内してもらったお陰で、レオは無事見慣れた道まで戻ることができた。彼らと別れてパプワハウスに戻ると、まだシンタロー達も帰宅前だった。セーフだったとその場で思わずガッツポーズしたが、帰ってきたシンタローに何故か外出がバレて、しこたま怒られたのは言うまでもない。