06

 早朝に今日はDHAを摂りたい気分だ!と言って、シンタローを文字通りたたき起こしたパプワはチャッピーも連れて、そのまま海へと出かけて行った。レオはまだ半開きの目を擦りながら、3人にひらひらと手を振って見送った。

 以前、一緒に海に魚を捕りに連れてってもらった際に、危うく溺れてまた海に流されそうになったレオは当然、頭数に入れて貰える事はなかった。
 自分としても、自らが魚の餌になるような事態は避けたいので、賢明な判断だったと思っている。

 今までも何度か比較的安全な食材探しの時には連れて行ってくれたのだが、その度に転んだり、失敗したりと生傷が絶えないので、段々とその頻度は少なくなり、代わりに留守番と家事を頼まれることが多くなった。
 家事を頼まれるといっても、洗い物に掃き掃除、洗濯物を干す作業くらいなのだが。服を洗濯すること自体は、昨日シーツと一緒に川に落ちたので、禁止されてしまった。

「掃除終わっちゃったなぁ。洗い物もすんだし、朝から出かけたから洗濯物もない……」

 任された家事が少ない分、時間をかけて丁寧に隅々まで綺麗にしたが、まだパプワたちが帰ってくる様子はない。1人での外出を禁止されているレオはすっかりやることがなくなってしまう。
 以前、勝手に1人で出かけて迷子になった前科があるので、外に出る気にはなれなかった。外出と迷子の件はすぐにシンタローにバレてしまい、怒られたと同時にかなり心配を掛けたようで、さすがにレオもそんなシンタローの様子に反省した。
 ミヤギとトットリと出会った件については何とか隠し通したが。

 それにしても、とレオはミヤギとトットリのことを思い返す。やたら整った顔立ちといい、聞きなれない方言だったりとインパクトが強くはあったが、迷子になったレオに親切にしてくれたいい人達だった。
 パプワハウスの場所を知っていることから考えても、シンタローたちと面識はあると考えられる。それなのに何故、彼らは互いの存在を隠すのだろうか。

 この島に来たばかりの頃、パプワが気になることを言っていた。

「人間の住人はぼくだけだけどな!」
「なんて?」
「あとは居候の召使いと刺客がいるだけだ!」
いや待って! 情報量多すぎるんだけど!

 あの時は遭難したばかりなのもあって混乱していて、気にする余裕もなかったが、パプワは確かに刺客と言っていた覚えがある。
 刺客。殺し屋、暗殺者。そんな存在は島で読んだ小説とか、たまに見せてもらった映画でしか出てこなかった。この平和そのものの島には酷く不釣り合いな単語だ。
 故郷の船乗り場の食堂でも、気の良い店主からガンマ団という殺し屋組織の話を聞いたことをレオは思い出す。

「ははっ、まさかね」

 さすがに店主からちらりと聞いただけのガンマ団と結びつけるのは、あまりにも短絡的過ぎだろう。
 刺客という言葉自体、聞き間違えの可能性もあるし、時が来たらきっとシンタローも本当のことを話してくれるだろうと考え、レオはそれ以上詮索することはやめた。

ボコッ

 ちょうどその時、パプワハウスに何かがぶつかったような音が響いた。音がした方向的に、入り口のすぐ横に何かがぶつかったみたいだ。音の正体が気になったレオはそっとドアを開けて外を覗き込んでみる。

 そこにいたのは紫色の丸っこい兎のような動物だった。といっても兎要素は長い耳だけで、コウモリのような羽が生えている上に、緑色のスニーカーを履いている。
 恐らくパプワハウスに激突した張本人であろう兎コウモリはというと、半泣きになりながら短い手で頭を抑えている。その様子があまりにも可哀想だったので、レオは表に出て兎コウモリに近づいた。

「ねぇ、君、大丈夫?」
「キィー……」

 この子は喋らないんだ、とレオは反射的に思ったが、それを口に出すことはしなかった。涙目の兎コウモリと視線を合わすようにしゃがみ込むと、ぶつかった額を覗き込む。赤く腫れてはいたが、血などは出ていないようだ。

「たんこぶになってるかも。あ、タオル濡らしてきてあげるから、ちょっと待ってって!」

 再びパプワハウスに入ると、自分のショルダーバックの中に入っているフェイスタオルを取り出す。あまり長さはないタオルだが、小さな兎コウモリの頭に巻く分には申し分ないだろうと、水道で軽くタオルを濡らしてから、外へと出た。
 兎コウモリは先ほどと同じ場所に座っていた。目は涙目のままだったが。レオが手に持った濡らしたタオルを頭に巻いてやると、兎コウモリはきょとんとした表情でこちらを見上げてきた。

「このタオルあげるから冷やしておきなよ。痛かったね、よく我慢したね」

 そう言ってレオが笑いかけると、兎コウモリは嬉しそうに鳴きながら、羽を羽ばたかせてレオに向かって飛び込んできた。突然の行動に驚き、尻餅をつきながらではあったが、なんとか抱き留める。

「キィー! キィキィ!」
「お礼でも言ってるのかな? ふふ、どういたしましてー」
「キィ!」

 すり寄って懐いてくれる兎コウモリはとても可愛く、レオの顔にも笑みが浮かぶ。

「かわいいねぇ。そういえば君はひとり? 仲間は一緒じゃないの?」
「キィー? キィキィ! キィ!」
「なるほどわからん」

 この島のナマモノの様だし、言葉はしゃべらないがもしかしたら意思疎通ができるのではないかとレオは思い、話しかけてはみたが、可愛いことしかわからなかった。
 しかし、この島の住人のパプワならばこのこの子のこともわかるのではないかと思い至り、レオは兎コウモリを抱いたまま立ち上がる。一緒にパプワハウスに入るかと兎コウモリに問いかけようとしたちょうどその時、また別の声がレオの耳に届いた。

「……ヅカくーん!!」

 聞いたことのない男性の声だった。声の主はだんだんこちらに近づいてきているようで、声がはっきりと聞き取れるようになってくる。

「テヅカくーん!! 出てきておくれやすーッ」

 声から必死さがにじみ出ているなとレオは感じた。
 
 もしかしてテヅカくんとはこの子のことなのではないかと、レオは腕の中にいる兎コウモリを見やると、彼は自分の名前が呼ばれる度に短い腕をピッと挙げていた。

「そっか、君はテヅカくんっていうんだね。さ、仲間の元に帰ろうか」
「キィ!」

 声の主との距離はそう離れてはないようなので、レオはテヅカを腕に抱いたまま足を進めた。
 パプワハウスのすぐ目の前の木々を抜けた先に、すぐにその姿を見つけることができた。羽織っている赤いマントが緑のジャングルによく映えている。
 レオの足音が聞こえたのか、気配を感じたのかはわからないが、赤いマントの人物がこちらを振り返った。

「あ、あんさんはシンタローの所の……」

 そう言ってこちらを指さすのは、黒髪の人間の男性だった。顔の右側に髪が掛かっており顔全体は見えないが、それでもかなり綺麗な顔立ちなのがわかる。
 また人間の男性に会うなんて、とレオが少し考えているとその沈黙をどう取ったのか、その男性はわなわなと震え始めた。

「テ、テヅカくんを人質に取るなんて卑怯な……!」
 
 人質とはなんのこっちゃ、とレオは思ったが、口には出さずに男性に近づく。のこのこと無防備に近づいてきたレオに男性が警戒するのがわかったが、レオは気にせずにテヅカを彼に差し出した。

「この子ね、パプワハウスに激突しちゃって、たんこぶつくっちゃたの。あなた、この子の保護者?」
「……テ、テヅカくんは友達どす」

 友達という予想外の言葉に思わずきょとんとしてしまうが、なんだか微笑ましく感じて笑ってしまう。

「ふふ、そっか。お友達か。ほら、テヅカくん。お友達が迎えにきてくれたよ」
「キィ!」
「あ……」

 嬉しそうにレオの腕から飛び込んだテヅカを少し戸惑ったように男性は受け取った。

「私はレオっていいます! あなたは?」
「……アラシヤマどす」
「アラシヤマさんか。よろしくね!」

 邪気のない笑顔を向けられて、アラシヤマは戸惑う。幼い頃から特殊な環境で育ち、そのままガンマ団士官学校へと入学を果たした彼にとって、彼女のような極普通の子供と接することは殆んどなかった。
 その上、警戒感や敵意の欠片もなく近づいてくる彼女に対して、アラシヤマはどうしたらいいのか全くわからなかった。
 普段のアラシヤマならば、シンタローから秘石を手に入れる為の人質にするとか、そんな事を思いついたりしたのだろうが、あまりにも呑気なその様子に毒気を抜かれたのもある。

「テヅカくんも改めてよろしくねー。これで私たちもお友達!」
「キィキィ!」
「ああっ、わてのテヅカくんがッ」

 アラシヤマがごちゃごちゃと考えを巡らせてる内に、レオはアラシヤマの腕に抱かれているテヅカの小っちゃい手を握って、友達宣言を行っていた。対するテヅカもそんなレオに向かって嬉しそうな鳴き声を上げている。
 自分の唯一の友達をもっていかれてしまうと感じたアラシヤマは思わず焦った声を上げてしまう。そんなアラシヤマをレオは不思議そうな顔で見た後、へらりと笑って今度はアラシヤマへ手を差し出した。

「はい! アラシヤマさんも今日からお友達ね!」

 優しく笑った顔。こちらに伸ばされた手。ぼんやりしたままアラシヤマは無意識にその手を握り返した。

「これからよろしく! ああっ、そいえばお留守番してたんだった。やっべ、また怒られる。せっかくだからゆっくり話したかったんだけど……。また今度会ったらお話してくれる?」
「へ、へぇ」
「よかった! あ、テヅカくんの怪我だけど、多分ただのたんこぶだとは思うんだけど、心配だから様子見てあげてね。んじゃ! またねー!」
「キィキィ!」
「あ、ほな、また……」

 あっという間に駆けていったレオをアラシヤマは呆然と見送った。テヅカはアラシヤマの腕の中で、一生懸命レオに手をふっている。
 
「レオはん、どすか……」

 自分とは異なる小さく手柔らかい手、向けられた優しい笑顔。しばらく思い返していたが、途中でテヅカが心配そうにアラシヤマを覗き込んできたので、思考を中断した。 

 馴れ馴れしくて、極めて単純な思考回路。そんな人間は今までもいて、アラシヤマは散々見下してきた。ただ、彼女のそれはなんだか悪くない、と思った。





 アラシヤマとテヅカと別れた後、走ってパプワハウスへ帰ったが、まだパプワたちは帰宅していない様だった。どうやら今回こそバレずに済みそうだと安心したのも束の間、帰宅したシンタローにあっさりと見破られ、頭を掴まれてぎりぎりと力を加えられた。

「おーまーえーはー! 何度1人で外に出るなって言えばわかるんだ?」
「あだだだだだ! ご、ごめんなさーい!」

 その後、シンタローはエスパーなんじゃないかと、レオは真剣にパプワに打ち明けたのだが、冷たい視線を受けるだけで終わってしまった。