07
海岸からほど近い森の中、ミヤギ、トットリ、アラシヤマの3人はガンマ団から派遣された新たな刺客と対峙していた。彼らの腰より少し高いぐらいの小柄な人物で、頭まですっぽりと覆った分厚いマントに阻まれて、その顔は確認できない。「シンタローはオラが倒す」
「シンタローを倒すのは僕だわや!」
「秘石を手に入れるんはわてどす」
自分よりも体格のいいガンマ団員に囲まれても、彼は動じることはなかった。
「わがシンタローはやるっぺ」
自信ありげなその様子を見て、アラシヤマはすっと目を細めた。ミヤギとトットリはともかく、アラシヤマはガンマ団の刺客の中でも指折りに強い方であり、名も通っている。それなのにどこか余裕さえ感じさせる相手の態度に違和感を感じ、アラシヤマは警戒を強めた。
「1曲殺らせてもらうっぺ!」
三味線の音が響いた。
「シンタローさん、ネギ切り終わったよ」
「お、サンキュー。これに乗っけといてくれ」
「うん、わかった」
シンタローから受け取った器に、先ほど刻んだばかりのネギを乗せる。もちろんチャッピーの分は除いて。
レオはシンタローが昼食を作る手伝いをしていた。あまり料理は上手いほうじゃないので、何かを刻んだりだとか盛り付けだとかその程度だが、なんとか役には立っている。
料理を手伝う合間に、シンタローに教わってもいるのだが、あまり上達する見込みはない。しかし、教え方が上手いのか、教会で暮らしていた時よりかは格段にマシになっていた。
「そのスープ煮込んだらおしまい?」
「ああ。そろそろパプワたち呼んできてくんねーか。たぶん、すぐ外で踊ってると思うから」
「うん、わかったお母さん。……あ、やべ間違えた」
「おいコラお前今なんつった」
思いがけず口にしてしまったレオの言葉を聞き逃すことなく、シンタローは立ち去ろうとしたレオの頭を掴んだ。
「あだだだだだ! ごめんて! あの、つい!」
「ついの方が傷つくわ。たっく、ぴちぴちの24歳のお兄さんに何てこと言いやがる」
「いや、ぴちぴちはきついっすわ……いだだだ! 若くてイケメンなシンタローさん許してッ」
つい余計なことをレオが口走った瞬間、シンタローの指に更に力が入り、更にレオの頭を締め付けた。その痛みにすぐに降参したレオは下手に出て許しを請う。あっさりと頭は解放され、レオは締め付けられた頭をさすった。
「ホレ、さっさと呼んでこい」
「はーい!」
また余計なことを言ってお仕置きをされては敵わないと、レオは足早にパプワの元へ向かった。
表に出ると、家のすぐ目の前にパプワとチャッピーはいた。パプワの踊りに合わせて、チャッピー器用に太鼓を鳴らしている。見事な踊りと太鼓捌きに、レオは思わず拍手しかけたが、本題を思い出してパプワに声を掛ける。
「パプワくん! もうごはんだってさ!」
「今はシットロト踊の最中だぞ!」
「なにさシットロト踊りって」
「魚の供養と豊漁祈願の為の踊りに決まっているだろう!」
「思ったより深い」
レオの疑問に答えると、パプワはまた続きを踊りだしてしまった。なんとなく踊りをやめさせる気にならず、そのままパプワとチャッピーを眺めていた。この前、魚を食べたばかりなので、この供養の意味も含まれている踊りを中断させてしまうのはいけない事のように感じる。レオが悩んでいると、こつんと頭が軽く叩かれた。
「おいおい、なに踊り眺めてんだよ」
振り返ると、レオの頭を叩いた時の姿勢のまま、呆れたような表情をしたシンタローが立っていた。すぐにパプワを連れて戻ると思ったレオがなかなか戻ってこないので、痺れを切らせてやって来たようだ。
「いや、これなんか大事なことらしくて」
「まんまとパプワに言いくるめられてんじゃねーよ。おい! パプワ飯だぞ!」
「何をいう! 神聖なシットロト踊りを途中でやめて飯なぞ食えるか!」
「はーい! はいはい」
付き合いが長いからか、パプワの発言をさらりと受け流すシンタローにほほーっとレオは感心する。と言っても、パプワが踊りをやめた訳ではないのだが。
ベベン! ベン! ベン!
突然、弦楽器の音が響いた。なんの変哲もない音なのに、どこか不快感を覚えるその音色に、レオとチャッピーは咄嗟に耳を抑えた。シンタローとパプワは耳を抑えることはなかったが、不快感を示すかのように眉間にしわを寄せている。
「なんだこの音」
「こりゃあ三味線の音だぜ」
「シャム猫がどうした?」
「うう……ってその猫どっからだ出したのさ」
パプワの問いかけに、シンタローは油断なく辺りを見渡しながら答えると、服に仕込んでいたナイフを取り出して構える。レオはというと、突然聞こえ始めた不快な三味線の音色、ごく自然にナイフを構えたシンタローに困惑しつつ、律儀にパプワにツッコミを入れた。
「そこかッ!!」
敵の気配を察知して鋭くナイフを飛ばした先には、一見茂みだけしか見えないが、その奥には小さな人影があった。しかし、相手はナイフを三味線で受け止める。
「お見事だっぺ、シンタローさん」
茂みの奥から現れたのは、レオよりも更に小柄な人物だった。マントに覆われていて、人相まではわからない。
「ガンマ団刺客、津軽ジョッカー参上!」
ガンマ団という聞き覚えのある単語に驚き、レオは目を見張る。ついこの前、刺客とガンマ団について考えたばかりであったからだ。
シンタローはそんなレオの反応に気付き、眉を寄せた。一般人であるレオにはガンマ団に関わらせたくなかったので今まで隠してきたが、もう隠し通せる状況ではなくなってしまった。グッと拳を握ると、小声でレオに話しかける。
「悪ぃ、後でちゃんと説明すっから。今は俺の後ろにいてくれ」
「……うん、わかった」
眉間にしわを寄せて険しい表情をしているシンタローに、レオは大人しく従う。シンタローの後ろに下がると、彼の背中がどこか悲しそうでもあることに気が付いたが、レオは口を開かなかった。
レオが下がったことを察すると、シンタローは気持ちを切り替えるように笑みを浮かべる。
「なんだ子供かよ! さっさとお家に帰ってアニメでも見てな!」
「そうはいがねだ。シンタローさんに1曲殺らせてもらうまではな!」
シンタローの挑発に乗ることなくジョッカーは冷静に返すと、手に持った三味線を構えた。右手に持った撥で弦を弾くと、不快な音が鳴り響く。
「津軽じょんがら狂の舞!!」
ジョッカーの言葉と共にかき鳴らされた三味線の音は、先程とは比べ物にならないほど大きく、そして不快なものだった。平衡感覚さえ狂われそうなその音に、シンタローとパプワも溜まらず耳を塞ぐ。
「うおお! 不協和音!!」
「とってもト単調!」
まだ騒ぐ余力がある2人とは違い、犬なので聴覚が発達しているチャッピーと、こういった状況になれておらず耐性が弱いレオは喋ることもままならずに苦しむ。
早く過ぎ去ってほしいとグッと目を瞑っていたレオは、頬にピリリとした痛みを感じ、驚いて目を開けた。すぐに視界に入ってきたのは、身体の至る所から血が滲んているシンタローの姿だった。
「シンタローさん!!」
「な……」
思わず声を上げるが、未知の攻撃を受けたシンタローはレオに答える余裕がはなかった。
襲撃に対する恐怖とシンタローへの心配とで混乱していたレオだったが、ふと手に温かいものを感じる。そちらを見るとパプワがレオの手を握っていた。視線はシンタローに向けられたままだったが、その手の温かさにレオは落ち着きを取り戻す。
「くく、オラの曲さ聞きながら、死出の旅路さつくがええ!」
「こ、攻撃が読めねぇ……!」
相手の攻撃方法も対処方法も検討がつかない状況に、シンタローは窮地に追い込まれる。パプワがいるとはいえ、この未知の攻撃からレオを守りながら戦わなければいけないという状況に、シンタローは焦りを感じていた。
「ざまぁみろっぺ! オラは今までのグズ共とは違うべ!!」
動揺しているシンタローの姿に高揚感を覚え、ジョッカーは声高らかに叫ぶ。
その時、突然ジョッカーの周りが炎に包まれた。
「火ィ!?」
意思を持ったかのように動くその炎は、ジョッカーの周りを焼き尽くすと、そのまま消えていった。
「誰がグズ言わはりまんねん」
茂みの奥から現れたのは、赤いマントを羽織ったアラシヤマだった。肩にはテヅカがちょこんと乗っている。テヅカの頭には、先日レオから貰ったタオルが巻かれていた。
先ほど対峙し、倒したはずだった男が目の前に現れ、ジョッカーは動揺する。
「おめ、最初にやられたんじゃ……?」
「ふん! わざとやられてあんさんの手口を見させてもろたんや!」
ジョッカーを見下しながら、アラシヤマは嘲るような笑みを浮かべた。
レオはこの前知り合ったばかりのアラシヤマが登場したことに驚く。先ほど、いきなり発生した炎は、話の流れ的に彼が放ったもののようだ。これも前にシンタローが言っていた、特殊能力のひとつなのだろうか。気にはなったものの、どうも口を挟めるような雰囲気ではない。
「どーゆーことだ? アラシヤマ」
「地面に落ちてるモンを見てみなはれ!」
「虫!?」
地面に落ちていたのは、手のひらより小さいくらい黒い虫だった。先ほどのアラシヤマによる攻撃で息絶えたようで、何匹か転がっている。虫の前足部分の先は鋭い鎌のようになっていた。
「無茶苦茶なメロディーで混乱させといて、その虫で攻撃しとったんどす」
「ケッ、単なる子供だましかよ。……って、なんでお前がわざわざここに?」
「こないなガキに邪魔されるのが気に食わへんかっただけどす。それに……」
アラシヤマはシンタローからすっと視線を逸らすと、その後ろでこちらを見ていたレオと視線を合わす。合わさった視線を不思議に思ってレオが首を傾げると、アラシヤマはどこか照れたように目を逸らした。
「友達困っとったら助けるもんでっしゃろ」
思いがけないアラシヤマの言葉にレオは驚くと同時に、まだ知りあって日の浅い自分を気にかけてくれる事に嬉しさが込み上げてくる。
「ありがとう、アラシヤマさん」
目を細めて笑うレオにまた視線を戻して、アラシヤマは無言で頷く。何か言葉を返せればよかったのだが、咄嗟に何も出てこなかった。レオはアラシヤマのその反応を特に何も思っていないようで、そのまま笑みを浮かべていて、アラシヤマは内心ほっとする。
シンタローは何故アラシヤマと知りあっていて尚且つ友達にまでなっているのかと、レオを問い詰めたかったが、まだジョッカーの件が解決していないので、後にすることにした。親密な雰囲気を醸し出す2人に苛立ちも感じてはいたが、頭を軽く振って目の前のことに集中する。
レオはそんなシンタローの後ろ姿をみて、この件が終わったあとはもれなくお説教タイムが始まることを確信した。
「さすがアラシヤマ……。ガンマ団でシンタローと1、2を争った男だべ。すかしシンタローは絶対オラに勝てねぇ」
攻撃法を見破られ、アラシヤマという強力な助っ人が来たというのに、ジョッカーはまだ諦めてはいなかった。グッとマントの顔が隠れている部分を握りしめると、そのまま勢いよくマントを剥ぐ。
「なぜなら、これがオラの素顔だから!」
マントと脱ぎ去ったことで、ジョッカーの顔が晒された。ショートカットの黒髪に、大きい黒目。ふっくらとした頬は少しだけ赤く色づいている。まだ幼さの残る顔立ちだが、見事な美少年だった。
確かに滅多に見ない美少年ではあるが、何故これがシンタローが勝てない理由になるのか、レオは全く分からなかった。しかし、シンタローの行動でそれがすぐに明らかになる。
「コタロー!!!」
アラシヤマを殴り飛ばしながら、シンタローは心底嬉しそうにジョッカーに駆け寄っていった。
「お兄ちゃーん!」
「会いたかったぞォ、コタロー」
涙を流して喜ぶシンタローをレオは完全に引いた目で見ていた。先ほどまで険しい顔で警戒してた人と同一人物だとは思えない、変わりっぷりである。
「ええい! 弟似とゆーだけで今までの展開なくしたわ!!」
「そういうことか! マジかよシンタローさん……」
「アイツはそーゆー奴だ」
「わぅ」
シンタローに殴り飛ばされたアラシヤマは、鼻血を流しつつ起き上がった。レオはアラシヤマの傍に寄り添いながら、シンタローの豹変の理由を知ることとなる。パプワやチャッピーが納得するほどのブラコンっぷりの様だ。
まさかの理由で一転、ジョッカーの形勢逆転となった状況にレオは思わずため息が漏れた。