08
顔が弟に似ているというだけで、一瞬で敵側に寝返ったシンタロー。そんな彼はジョッカーに抱き付かれて、嬉しそうに顔を緩めている。その緩み切った顔を見てレオは眉間にしわを寄せる。「なんか腹立つな」
「同じく」
横に寄り添っているレオの言葉に同意するアラシヤマ。そんな2人を気にすることなく、シンタローはジョッカーと会話を進めた。
「お兄ちゃん! アイツらがオラの事をいじめるっぺ!」
「オー、そうかそうか」
「お兄ちゃん、アイツらやっつけてよ!」
「お兄ちゃんに任せなさい!」
ジョッカーの可愛いおねだりを彼の頭を撫でながら快諾すると、シンタローはレオたちに振り向くことなくこちらに手を向けた。
レオは訳が分からずその手を眺めていたが、いきなり隣にいたアラシヤマに抱きかかえられ、目を見張る。
「眼魔砲」
シンタローから放たれた眼魔砲によって、周囲の地面がえぐられる。土埃や小石があたりに舞うが、アラシヤマに抱きかかえられて庇われたお陰で、レオは特に怪我を負うことはなかった。パプワとチャッピーは扇子を両手に軽々とシンタローの攻撃を避けていた。
「ええい! 情に流されおって!! みっともあらへん」
「ああっ! アラシヤマさん!! テヅカくんが!」
レオの慌てた声に、レオを抱き上げている腕とは反対側の肩に乗っているテヅカを見ると、頭を抑えて悲しそうに鳴き声を上げていた。どうやら、眼魔砲が放たれた衝撃で舞った小石がひとつぶつかってしまったようだった。
肩に乗っているテヅカをレオは抱き上げると、よしよしと頭を撫でてやる。テヅカはそのままギュッとレオに縋りついた。幸い、レオがあげたタオルを頭に巻いていたので、怪我はしていない様だった。
「わてのテヅカくんを……!!」
「おまえも十分情に流されとる」
半泣きで憎々しくシンタローを睨みつけ、恨み言をぶつけるアラシヤマに、冷静なパプワのツッコミが入る。
「あんたも遊んどらんと応援しなはれ!」
「パプワくん! なんとかしてよぉ」
「仕方ないなァ。ホイッ」
自分よりも大きな岩を軽々と持ち上げると、そのままボールでも投げるかのようにシンタローに向かって飛ばした。巨大な岩が頭部にぶつかったシンタローは、そのまま倒れ込む。思っていたよりもかなり乱暴な解決方法に、攻撃されたとはいえ、レオはシンタローが少し心配になる。
シンタローが倒れ込んだからか、アラシヤマは抱きかかえていたレオをそっと下した。レオはアラシヤマにお礼を言いながら、抱いていたテヅカを彼のもとへ渡した。
「大丈夫! お兄ちゃん!!」
「コ、コタロー! おまえのために死ねるなら俺は本望だ……。んとうを取ったらホモだ……!」
「まーだ余裕があるナ。トドメをささんと」
「やっちゃえパプワくん」
心配して損したと、レオは呆れた視線をシンタローに送る。
「しっかりしてよォ、お兄ちゃん!」
「しっかりしろっておまえ……」
「早くアイツらやっつけて一緒にお風呂で背中流しっこしよう」
パプワの攻撃に倒れ込んでいるシンタローに、ジョッカーから容赦のない言葉がかけられる。その仕打ちにさすがのシンタローも青ざめるが、ジョッカーからの提案に一転、何事もなかったかのように起き上がった。
「悪いがおまえら死ね!」
「ええい! すっかり弟に血迷いおって!」
真面目な顔でレオ達を指さすシンタローに、アラシヤマは冷めた視線を送った。
「これだから人間っていやどすなァ! テヅカくん!!」
「キィー!」
「おまえも十分こわい!」
アラシヤマは腕に抱いたテヅカに向かって愚痴をこぼす。シンタローに痛い目にあわされたテヅカも、眉をしかめてアラシヤマに同意するように鳴き声を上げた。
「ウダウダ言ってんじゃねーよ変態男!」
「――なんどすってブラコン兄さん」
「うっせーよコウモリ男。どさくさに紛れてレオにも触りやがって」
「そらあんたが攻撃したからや。このホモ」
「なんだとネクラ」
「地獄へ落ちやァ!!」
「ぶっ殺すぅぅ!!」
言い争いを始めてしまった2人をおろおろとレオは眺める。段々とヒートアップしていくので、いつ乱闘になるんじゃないかと気が気じゃなかった。
パプワはふぅ、とため息をつくとレオに話しかける。
「仕方ないな、ちょっと待ってろレオ」
「へ? ど、どうするのこのカオスな状況を」
「考えがある」
その考えを口にすることなく、パプワはすぐ横の草むらへ入っていった。何秒もしないうちに、草むらから出てきたのは金髪青目の少年だった。顔立ちはジョッカーにとてもよく似ている。
少年はすぅっと大きく息を吸い込むと、大声を出した。
「やめてェお兄ちゃん!」
「へ」
その声に驚いてアラシヤマとの言い争いを止めたシンタローは、ジョッカーの横に金髪の少年が増えていることに気が付く。
「コ、コタローが2人!?」
「そんなニセ者の言うこと聞いちゃやだよ、お兄ちゃん」
「な、何言ってるっぺ! ニセ者はおめの方だ!」
「違う」
どこか悲しげにこちらを見上げる金髪の少年とシンタローの視線が交わる。ジョッカーが慌てたように否定したが、シンタローは金髪の少年に近づいた。
「この感じ……こっちが本物のコタローだ!」
金髪の少年から感じられる何かが、シンタローにこっちが自分の弟なのだと確信させる。穏やかに笑うと、シンタローは金髪の少年を抱き上げた。
「ちぃッ! 死ねや! シンタロー!!」
自分の目論見が崩れ去ったジョッカーは、焦りで苦し紛れにシンタローに攻撃を仕掛けるが、あっさりとアラシヤマに阻まれて失敗に終わった。
「きゃんッ」
「ヤボな手出しはやめなはれ」
先ほどまでは口汚くシンタローと罵りあっていて心配したが、アラシヤマのその行動にレオの顔にほっとしたような笑みが戻る。
「コタロー」
「お兄ちゃん」
「……!?」
可愛らしくシンタローを見上げていた金髪の少年に、突如顔の真ん中から亀裂が入る。そんなホラー映画さながらの光景にシンタローは動揺した。
「ふー、疲れた」
バリっという音と共に金髪の少年だった物が剥がれ落ち、中からセンスを両手に持ったパプワが表れた。
「パプワー!?」
「はっはっはっ! アメリカ仕込み、マッドジョージ先生の特殊メイクはさすがだナ!」
「マッドジョージ先生すごいな」
草むらに隠れて何かしていたとは思っていたが、まさかの本人の特殊メイクでレオは驚く。てっきり、何らかの方法で本物の弟を連れて来たのだと思っていたからだ。眼魔砲やら炎を操る能力があるのだから、そういった能力があっても違和感がなかった。
何はともあれ、パプワの機転のお蔭で無事この場を収めることができたのだった。
場所は変わって海岸。国へ帰ると言ったジョッカーを見送るために一行は集まっていた。そこには先ほどまではいなかったミヤギとトットリの姿もある。
ジョッカーにやられて倒れていた2人はダメージが回復し、報復せんとやってきたのだが、もうとっくに事態は収束している状況だった。肩を落として落ち込んでいる2人に、理由はよくわからなかったが、レオはぽんぽんと慰めるように肩を叩く。
そんなレオの彼らに対する気安い態度を目にして、シンタローはここが初対面なのではないと感づき、レオにじっとりした視線を送る。その視線を受けたレオはお説教が1時間プラスされたのを正しく察知した。
「ごめんなさいごめんなさい。オラもう青森さ帰って悪い事しねだ!」
「い、いや君はここに残ってこの馬鹿どもを帰しゃいいんだけどね」
「おめ、鼻血拭けよ」
後悔するようにめそめそと泣くジョッカーに対し、鼻血を流しながら慰めるシンタローを馬鹿ども呼ばわりされたミヤギがドン引きしながらもツッコむ。
ジョッカーは溢れる涙を拭いながら、今度はレオを見る。
「お姉ちゃんもごめんなさい。痛かったでしょ……?」
ハの字に垂れ下がった眉のジョッカーが見ていたのは、レオの頬だった。指で頬を触ると、ピリッとした痛みが走る。どうやら頬が少しだけ切れているらしい。恐らく、シンタローが攻撃を受けた時に、一緒に当たってしまったのだろう。
大した傷ではなかったし、申し訳なさそうに縮こまるジョッカーがあまりにも可哀想に見えたので、レオは元気づけるように明るく笑う。
「だいじょーぶだよ! 心配してくれてありがとう。ちゃんと謝れて偉いね」
視線を合わせるように少しだけ屈むと、ジョッカーの頭を撫でる。初めはレオのその行動に驚いたジョッカーだが、その顔はすぐにはにかむ様な笑みに変わった。
「……尊い」
「シンタロー、鼻血の量やばいっちゃ」
2人の様子を眺めていたシンタローが、すーっと涙を流しながら、先程より大量の鼻血を流す。トットリはそっとシンタローから距離を取った。
いかだに乗って海へと繰り出すジョッカーをシンタローは水際ぎりぎりまで近寄り、手を振って見送る。
同じように手をふるレオは、自分よりも幼い少年がいかだひとつでこの島へ辿り着いたのを感心すると同時に、自分がやったら間違いなくすぐに沈没するだろうと思った。
ジョッカーがこの島を出るのを確認したトットリは、横にいるアラシヤマに視線を向ける。
「アラシヤマ、おめぇはどげすっだ?」
「ふーッ、今日はぎょうさん人間と会って疲れましたなぁテヅカくん。森へ帰りましょ」
アラシヤマはトットリの問いに答えることなく、手に抱いたテヅカに話しかけていた。その様子にミヤギとトットリはうすら寒いものを感じる。
テヅカと一緒に去ろうとしたアラシヤマに気付いたレオは、ジョッカーに手を振るのをやめるとアラシヤマに近づく。
「アラシヤマさん、今日はありがとね」
「別に構いまへん。……と、友達やろ」
「うん! ふふ、友達だもんね」
友達という言葉にレオは嬉しそうに目を細めて笑う。そんなレオを見て、アラシヤマも軽く笑みを浮かべると、テヅカと共に去っていった。
「ちょっ! おめ、いづの間さアイツど友達になったんだ!?」
「レオちゃん早まらないほうがいいっちゃ!」
「へ?」
思わぬ2人の関係に驚き、ミヤギとトットリはレオに詰め寄る。対するレオは何故こんなにも彼らが戸惑っているのかが分からず、首を傾げた。
「どうして?」
「どうしてって……」
レオの返答にぐっと答えに詰まるミヤギ。ガンマ団の刺客であるとかそういった事が思い浮かんだものの、自分も実際は同じ立場である。真っ直ぐにこちらを見るレオにその言葉を告げることに、なんだか気が引けて、助けを求めるようにトットリを見たが、彼も困った様にぶんぶんと首を振った。
結局、何に反対していいのかわからず、ミヤギはこちらを見上げているレオの頭にポンと自分の手のひらを乗せた。
「……まぁ、なんかアイツさ嫌な事されだら、オラを頼ってごい」
「んー、大丈夫だと思うけど。でも、ありがとう」
へらりと笑う顔がまだ慣れなくて、ミヤギは誤魔化すようにレオの頭を乱暴に撫でた。乱れたレオの髪をトットリがさっと直す。
「オラ達も帰るべ、トットリ」
「そうやわな。今度会う時は覚悟せぇや、シンタロー」
「元気でね津軽くん! 手紙書くからね、また会おーね!」
「ねぇ気付いて私達の存在!」
シンタローを振り返り、鋭い視線を送ったトットリだったが、シンタローはまだかすかに見えるジョッカーに気を取られていて、彼らが去るのに気付くことはなかった。
そんな彼らの気の抜けたやりとりに、レオは苦笑いを浮かべるのだった。