僕の隣の眠れる君
篝火がゆらゆらと野営の陣を照らす。
軍議から戻った三成はいくつかの防具を取り払い最低限の鎧姿になる。
油断大敵ではあるが、いざという時には身軽な方が動き易い。防御力と引き換えに己のその俊敏さを生かす、ある種の賭けではある。

三成に与えられた陣の一角、刑部や左近らとの共同の敷地であるその隅に敷かれた茣蓙が目に入る。
その隅でまるで猫のように丸まってすやすやと無防備に寝ている姿を見て、三成はため息を漏らした。

「貴様、幾ら何でも無防備が過ぎる。せめて獲物を近くに置いて寝ろ。」
「……かたいから、いや。」

彼に怒られて目が覚めた彼女は随分と不機嫌そうに言った。ただでさえ寝起きが悪い彼女は、いつもなら切れ長でぱっちりしたその目を細め、三成を威嚇する。

「くだらんことを言うな。獲物を側に置かないなら、睡魔に微睡むを許可しない。」
「チッ!」

女らしからぬ舌打ちとともに、頬に押し当てられた太刀を奪い取る。
完全に目に目が覚めてしまった美黎は立ち上がり、茣蓙を綺麗に丸めて片付けた。

「本当、私が寝てるとアンタすぐにちょっかいかけてくるよね。」
「そんなつもりはない。」
「昔っから変わってないよ、このやり取り。」

うーん、と声をあげながら美黎が伸びをする。何度目かもわからないやり取りに三成は小さく鼻で笑った。

美黎と三成は所詮竹馬の友というやつである。
三成が主に秀吉に付き従っているのに対し、美黎は半兵衛の元で師事を受けていた。
まだ少年少女と言えるような頃からともに切磋琢磨し合い、時に喧嘩をし、戦場を共に駆け抜けた。
三成に刑部という友ができ、左近という部下が出来ても、2人の関係は然程変わらなかった。
もう年頃ではあろうに、女としては生きぬと言って髪を短くし、数多の縁談を蹴散らして来た。
彼女が共にいるのは三成にとって当たり前だ。これからも、きっと、それが崩れるのはどちらかが死んだ時なのだろう。
漠然とそんなことを彼は思っている。



美黎が怪我を負った、と知らせが来たその日のうちに三成は見舞いに行った。
医師は一命を取り留めたと言ったが、その有様は酷かった。
左肘から先は無く、血塗れの右袖からは包帯に巻かれた腕が覗いていた。脚は傷が少ないとは言え、その傷一つ一つが深く出血が多い。長いこときっと立つことは出来ないだろう。白い肌も傷だらけで、頬にも痕が残るであろう傷が付いてしまっている。
全身に包帯を巻かれているその小柄な身体は、辛うじて胸元を微かに上下させているのが見えることで、何とか生きていると視認できる。寧ろ、よく生きているもんだと感心してしまう。

「起きろ、美黎。」
「みつ……な……り……。」

掠れた声が聞こえて、彼はどうしようもなくよくわからない感情に支配された。
もう共に戦場には立てぬのだろう、それが口惜しい。
幼い頃己の頬に触れた左手がない、それが哀しい。
どんな想いを抱いていても言葉に出来ない、それが虚しい。

「貴様、これからどうしたい。」
「わからない……。今の、私に、何が出来る……?何もない。
何故、私は、生きている……?」

どこか悲痛なその声が、三成の耳を支配する。
彼は続けて言った。

「生か死か、どちらがいい。」
「……死、かもしれない。」

いつもの彼女からは想像できない弱々しい声に、彼は思わず耳を塞ぎたくなった。
あまりにも、悲しくて、哀しくて。

「でも、三成には、殺してほしくないな。」

太刀をとって抜きかけた手が止まる。
いきなりの言葉に驚いた三成を他所に、彼女は彼に笑いかける。

「だって、三成私のこと、すぐ起こすんだもん。
おちおちあんたのせいで、寝てらんないんだ。」

悪戯っぽい笑みを浮かべて笑う美黎。はあと大きく溜息をついて、彼は刀を床に置いた。

「ならば貴様は生きろ。貴様が望むなら形は違えど私と共に戦う手立てはある筈だ。」
「うん。私も、やりたいことを見つけておく。」

少し引きつってはいるが、彼女はいつもの笑みを浮かべた。
彼は傷に触れぬよう気をつけながら、そっとその額を撫でた。




一年の後、ある程度動けるようになった彼女は陣中での救護に携わるようになる。
前衛と後方、立場は今迄とは異なるが、美黎は三成と共に戦場に立つことを辞めなかった。
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