■ 03

「ちょ、ちょっとなまえさん、どこへ行くのですか。もう食材は選び終わりましたよね」

 早く帰ってカレー食わせろ。そう急かす悪魔を引っ張って、やって来ました衛生材料コーナ!

「ああ、ダメですよ優一さん。いつどこで見られているのかわからないんですから、ちゃんと彼氏モードでいてくれないと」
「だからってこんなとこに用なんて……ピギャ!? まさか今から物色しようというのは……!?」
「そりゃまあ、ラブラブ甘々な恋人たちですから。しかも今回は久しぶりのデートという設定ですし、こういったものも購入しておかないとボロが出ます」

 シンプルなものからド派手なものまで。ついでに言えば潤いゼリー付きだとかブツブツ付きだとかパッケージも売り文句も様々。
 そんなスキンが並ぶ一角で私が嬉々として物色を始めれば、ドン引きですと顔に書いたベルゼブブさんが居心地悪そうな視線を右に左に泳がせる。……正直、アレだ。お綺麗な顔をしている青年をこういった俗まみれの空間に置くことにもそこはかとない興奮を覚えているのだけれども、さすがにそんなことまで勘付かれるわけにはいかない。

「……あなた、処女でしたよね?」
「外でそういうこと言わないで下さい! これはその、こういうものを買ったりゴミ出しの時に混ぜておくと相手のダメージが数段増しになるってアクタベくんに教えてもらいまして」

 もしやアクタベ氏との時もこんなものを買っているのですかと尋ねられたので、素直に頷く。
「さっき買った豆乳に片栗粉でとろみをつけて、ちょっとだけこれに入れて捨てるんですって。それっぽく丸めたティッシュもいっぱい入れておくとクリティカル率アップ」
 ちなみに、変に恥ずかしがったりせず盛大にイチャイチャしながら近所のコンビニやスーパーで買う事が、ゴミ荒らしとのエンカウント率をアップさせるポイントらしい。

「……なるほど、こうしてあなたという残念な女性が出来上がっていったわけですね」

 ……どういう意味ですか?
 よくわからないが、とりあえず、なんだかとてつもなく失礼なことを言われた気はする。



  ***



「ここですよ」

 そう言って部屋の前で振り返るも、ベルゼブブさんは困惑と緊張が混じったような、そんななんとも奇妙な表情を浮かべて立ち竦んでいた。

「……ここ、ですか?」
「ええ。これでなかなか広くて住み心地がいいんですよ……っと、はい、ようこそ我が家へ」
 
 鍵閉めますから、お先にどうぞ。
 開けたドアの先を示して勧めてもベルゼブブさんは動こうとはしない。
 やっぱり変な顔をしたままの彼を見ているうちに、私はようやく合点がいった。

「ああそっか、猫の匂いとか気になります? これでも大分気を付けてはいるんですけど」

 トイレ掃除はさっき済ませたとはいえ、私が出ている間に大きい方をしている可能性はある。玄関口まで臭うだなんて今までそんな指摘を受けたことはないけれど、ベルゼブブさんは悪魔だから嗅覚が鋭いのかもしれない。けれど予想に反して「そういうことではないのですけど……」と首を振られた。
 いつまでたっても埒が明かなそうなので、じゃあ先に失礼しますねと声をかけてドアの向こうへ滑り込む。うーん、やっぱりここからでは猫トイレの臭いはわからないな。
 靴を脱ぎながら、ああそうだったと手を伸ばす。

「荷物、持って下さってありがとうございました」

 やけに驚いた顔で差し出されたビニール袋を受け取って、相変わらず動かない足に向かって「鍵を閉めたいので、せめてもう一歩中へどうぞ」とだめ押しの声をかける。例のごとく"不干渉が基本姿勢"なご近所付き合いとはいえ、目立ちまくる金髪青年を廊下に立たせっぱなしというのはまずい。見咎められた上にへんな噂までたてられたとしても文句は言えない。
 しつこく催促することしばらく。ようやく、まるで恐る恐る踏みしめるかのような足取りでベルゼブブさんが動いた。ふと、その妙に用心深さを連想させる姿に懐かしい記憶が重なった。確か、アクタベくんが初めてうちに来た時もこんな感じではなかっただろうか。
 当時から、目つきが悪く無駄な愛想を振り向かなかったアクタベくん。そんな傍若無人な彼にしては珍しく、私が痺れを切らすまで足を動かさなかったのではなかったか。女子の家だからと緊張するような可愛げなど持ち合わせていない筈の黒ずくめが見せた姿は、まるでかの有名な魔物のようだった。

「どうしたんですか急に笑い出して。何がおかしいんですか」
「いえ、別におかしいということはないんですけど……悪魔っていうかなんだか吸血鬼みたいだなって」

 内側にいるものから招かれるまで、立ち入れないなんて。
 吸血鬼に似ているのか、アクタベくんに似ているのか、それともアクタベくんが似ているのか。噛み殺せない笑いをそのままにする私の頭に、眉間に皺を寄せたベルゼブブさんの手刀が降ってくる。
 
「ちょ、痛いです」
「いいから早く進みなさい。あなたがそこに居ては靴を脱げないでしょう」
「そんなに狭くないですよね?」
「何を言っているのですか、狭いですよ。それはもう、客人を招く場所とは思えない程に狭いですよ」

 むしろ犬小屋の方が広いんじゃないですかと鼻で笑うベルゼブブさんはどう見ても嫌味で言っているのだろうけど、その言葉に「ああそういえば貴族だもんね、きっと豪邸なんだろうなぁ」と思ってしまったのでこの話はここで終わらせることにする。桁を間違えているとしか思えないようなお金持ち相手に下手に突っ込んで自分の惨めさを思い知ろうとするようなM気質は、さすがにこの私も持ち合わせてはいないのである。

「さあ、まずは私の可愛い可愛い猫たちを紹介しますね」

 耳を澄ますまでもなく、音がしたのにまだ姿を見せない飼い主に抗議が始まっている。或いは、見知らぬ気配に戸惑っているのかもしれない。
 はいはい今行くねーと台所へ進み始めた私は、シャカシャカ煩いビニール袋と猫たちに注意を向けていたことにより後ろでぼそりと漏らされた声に気が付けなかった。


「何ですかアレは……つーか、なんで気が付かねぇんだこの女」



(2015.10.06)
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