■ 08

 金髪碧眼の貴公子は今、その眼を爛々と輝かせて猫の糞にフォークを突き立てようとしているのだ!! 君はこの衝撃に耐えられるか!!──などと無意味な煽り文を思い浮かべてこのシュール過ぎる現実を凝視することにした私の複雑な胸中を余所に、けれどもベルゼブブさんは構えた手をそのまま下ろしてしまった。
 何ですか、やっぱりその銀細工のフォークに紙皿は嫌なんですか。グラスを紙コップに取り替えたのがご不満ですか。さすがに目に入れても痛くない愛猫のものといえど、排出物をレンチンするのは絶対嫌ですよ。ここに至るまでのやり取りを思い返して返事に備えていると、しょんぼりとした顔がこちらを向く。

「あの……すみませんが、変身を解いてもよろしいですか」

 一体何のことだろう。そもそもの意味すら理解できず首を傾げれば、すぐに補足が飛んで来た。

「いえ、あの、この姿ではどうも食事に集中出来ないと言いますか……本気でご馳走を楽しめないと言いますか、その……恐らくあなたにとっては好ましくはない姿なのでしょうが」
「ああ、"野生の血が滾る"とかそういうことですね。ならば、ぜひぜひ私のことはお構いなく。その糞便提供猫のパートナーとしてあくまで見届けたくて見ているだけですから、蝿に戻ろうがウジに戻ろうが何も言いませんよ。無理そうだったらそっと目を伏せますけど」

 犬でも猫でも、食事中というのはタガが外れやすいらしい。だから、食事中の動物には極力触ってはいけないのだとはよく聞く話。きっと悪魔にもそんな感じで本気の食事風景というものがあるのだろう。
 何にせよ、現れるものが人間サイズの蝿だろうと蛆虫だろうがベルゼブブさんとわかってさえいれば一応は安心だ。いや待て、蛆虫姿でもぞもぞするならテーブルは降りてもらいたい。いやいやしかし、床の上でもぞもぞされるのもそれはそれで……。



  ***



 瞳をキラキラさせて茶黒い物体にフォークとナイフを突き刺すベルゼブブさんは、それはそれは生き生きしていた。

 一体何がどういいのかはさっぱり理解出来ないし理解しようとも思えないけれど、うめぇうめぇと我を忘れている様子はそれなりに可愛いと思えなくもない。などと思いながらふと気付くのは、カレーパンを食べるペンギン姿とは重なっても、先程のカレーを食べる青年の姿とは重ならないなということだった。美味しいとは言うくせに、いつもよりも元気が無く少食に見えたのはやはり気のせいではなかった。こっちの方がずっと"らしい"。

 ふと興が乗ったので「おかわり」を待たず水を継ぎ足せば、こちらを振り向くこともなく引っ掴んでごくりごくりと一気飲みである。本当に必死だ。そしてまあ……食いっぷりも良いけれど、それ以上にルックスが大変見目麗しい。
 ざっと見れば先程までの人間擬態モードと大きくは変わらないのだけれど、まずは頭に現れた真っ赤な複眼の禍々しさに目を引かれる。特大の宝石のように綺麗だと思って、すぐにいや宝石より綺麗に違いないと感想を改めてしまう程には綺麗なのだ。そしてトンボのような半透明の長い羽。ペンギン姿の時のそれよりずっと大きく綺麗で、更に丈夫そうなのが安心感があっていい。
 けれど何より目を奪われたのは、その手だ。人の手のひらより随分と凹凸の多い不思議な色の皮膚。複眼とお揃いの真っ赤な関節部分との比較も美しい。尖った暗い色の爪といい、そのビジュアルは私の想像していた"蝿の悪魔"とは随分異なっている。この圧倒的な迫力と美しさを認識した瞬間、羽の付いた真っ白な蛆虫という想像図は思考の彼方に向かって丸めてポイだった。



「ごちそうさまでした」
 ふぅーっと熱っぽい吐息で満足を表すベルゼブブさんに、私もにっこり口角を上げて告げる。
「では、ちょっと休んだら歯磨きをよろしくです。さすがに愛しの猫達の排出物とはいえ、人体には有害ですから。用意はあります?」
「え、ええ。もちろんですとも!」



(2015.12.11)
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