■ 恋人関係の始め方

「なんだよお前、結局あの娘といい感じなんじゃないか」
「おいおい、突然何の事だい?」
「とぼけるなって。最近よく飯を食ってるそうじゃないか。ネタは上がってるんだぞー」

 にやにやとニッケスに小突かれたゲンスルーは、心中で盛大に舌打ちをひとつ。

「お前ってばアイアイでも遊ばねーし、浮いた話もなかったからな。正直、同じ男として心配してたんだが……いやぁ上手くやったなぁ」
 どうやって落としたのか今度教えてくれよと軽口を飛ばす男はうざったいくらいにご機嫌だ。「弱ったなぁ」自身の設定から考えられる範囲で一番不自然ではない表情を選びながら、さてどうしたものかと考えを巡らせる。

 なにせ、ここは男所帯である。
 チーム外の女と町で一緒に居る姿を目撃されるだけで関係を噂されても仕方がないという環境だ。だというのに、それが食堂や酒場でとなれば……推して知るべし。ゲンスルーとしても遅かれ早かれこの展開がやってくることは予想していた。だから勿論、なにもないと笑い飛ばすための返答だって何種類も用意してある。
 だが、しかし。この日のゲンスルーは彼にしては珍しく、手にしていた模範解答を破り捨てた。
「もう話題になってるのか、参ったな……。たまたま相席したのがきっかけでね。……その、まだたまに食事をするくらいだから……すまないが……そっとしておいてくれないかな」
「おお! まさに口説き中ってわけかなるほどな。確かに大事な時期にあんまり外野が騒ぐのはよくないよな。よおし、わかった。他の奴にはこっちで上手く言っといてやるから安心しろって」
 にかっと笑う単細胞に感謝を告げつつ、ゲンスルーはすかさず別の話題を切り出した。そういえば、あの一件はどうなったんだっけ。露骨な転換でも目の前の男は気にしない。ああ、あれは確か──かくして話はここで終了となった。


 本部を出てひとりになったところで、改めて先ほどの会話を反芻する。らしくない選択をしたのは無論それなりの理由があってのことだった。
 相変わらずなまえという女はいつ切り捨ててもいい女に違いはなかったが、なんだかんだと最初の行為から数か月も経っている。今までの"処理用"とは比較にならない扱いを結果的にしてしまっていると認めるのは、心情としては抵抗があるが事実には変わりない。

「なにより、あいつらが気に入ってるからなぁ」

 自分の"本当の"仲間たちが望んでいる。それだけで、まだあれに構う意味は充分にある。
 となると結局、今回否定してみたところでいずれはまた接触を見咎められる場面が訪れるだろう。
「やはり、"そういう事"にしておくってのは必要な手順だよな」
 珍しく判断を捻じ曲げたことに対しては、選んだ答えこそが最善だったのだと理由を後付けしてしまえばいい。与えたばかりの根拠は一度口に出してしまえば想像以上にしっくりときた。
「さて、となると……口裏合わせは、早いほうが良いしな。ブック──」

 《交信》を発動させて女を呼び出しにかかった男は、自身が浮かべる笑みには気が付いていなかった。



  ***



「──ってわけだ。いいか、上手く話を合わせろよ」
「え、勝手な……。それってチームの人がこっちにまで絡んで来たりしないですよね? 嫌だなぁ、もう。……だいたい距離を取れって最初に言ったのはそっちの癖にぃ」

 恨みがましい視線を「下手こいたら吹っ飛ばすぞ」と撃ち落とそうにも堪える様子はない。それどころか水を得た魚とばかりにますます舐めた口を叩くのだから本当に生意気だ。力づくで黙らしてもいいのだが軽口相手にむきになったと思われると癪だから耐えてやる。こういうところが助長させる一因だとは気づいているが仕方ない。せめて想像の中でこれでもかと痛めつけることにしよう。

「ちょ、待って下さいよ。なんていう目をするんですか。これから甘酸っぱさ絶好調の恋人同士を演じようという二人なんだから、もう少し甘い接し方を試みてもバチは当たらないんじゃないでしょうかねぇ」
 オンとオフにこうも差があるとなまえさんってば上手く出来る自信ないですよ。芝居じみた様子で不貞腐れてみせた女は、こちらが付き合いきれないと身限る直前で勢いよく顔を上げた。相変わらず勘だけは無駄に働くようだ。

「そうだ、せっかくだし練習しましょう!」
「面倒だ。オレに問題はねえ」
「そんなこと言わずに。そりゃあゲンスルーは猫被りがお得意みたいですけど、でもあれは温厚モードであって別に私に好意があるわけじゃないし……ほら、好き合う者同士の絶妙な距離感とかあるじゃないですか」
「……なんだお前。嫌だって言っときながら随分とノリがいいじゃねーか」
「え、えーと……まあさっきはあんな言い方しちゃいましたけど、公認の相手ってのはこっちとしてもそれなりに都合が良いわけでして」

 曖昧な笑みを浮かべるなまえの真意を窺ったのは一瞬だけだった。底の浅い女の考えなど、聡明な男にはその気になれば手に取るようにわかるのだから。
 そう、簡単なことだ。能天気に金策に精を出すだけのように見えて、これでなまえはなかなか生き辛い日常を送っている。いつぞやの数人組のPK以降も度々妙な奴らに狙われていると泣きついてきたし、実際に危ないところを助けてやったことも二度や三度どころではない。そうだ最近も……と、なまえの言動に理由がついていく。

「おい。近頃やたらと飯に行きたがってたのは、オレと親交があるって見せびらかすためだよな」

 確認というより断定しての口調になまえの笑顔がぴきりと固まった。見開かれたまぶたの奥で、光をなくした瞳がゆらりゆらりと泳いでいく。
「いや、そんな。別に既成事実作りってわけじゃなくてですね。あくまで、ちょっとした牽制とか箔付けになるかなーとか、そんな期待でですね……」
 たらりと冷や汗を浮かべて弁解を試みるという正直すぎる姿に毒気を抜かれる。絶好の糾弾どころにもかかわらず、つい手を向けてその先を制してしまう自分はなんて優しい男なのだろう。自画自賛しながら愚かな女を見下ろした。誰かの手のひらで踊らされるなどまっぴら御免だが、この程度で目くじら立てるほどに小さい器はしていないつもりだ。加えて、なによりも。
「別にそれぐらいで怒りはしねえって。お前も色々と苦労してきたようだしなぁ」
 決まった相手も所属するチームも持たない女は、いつだってそれだけで狙われるに充分の理由を持っている。もっとも、それら被害の最たるものがオレたち爆弾魔に目を付けられたことだろうがな、とは思ったところで口にはしないが。

「仕方ねーから聞いてやるが、何をしたいんだって?」
「まずは、何かに手を伸ばした時に、偶然に指先が触れ合って……っていうシチュエーションでどうでしょう! お互いに慌てて手を離して、ちょっと間をおいて真っ赤になるんです!」
「却下だ」

「では、別れ際にお互いが振り返って、何回かタイミングがずれた後、数回目で偶然に一致し、運命的に見つめ合うっていうのをぜひ! 私が五秒七秒七秒で振り返るので、ゲンスルーは七秒七秒五秒で振り返るっていう練習を……」
「死ぬか?」

「ああじゃあ、じゃあ、手を繋ぐのは恥ずかしいから、袖をちょんと握って一緒に歩くっていう……」
「お前もう黙れ」

 眉間に手を当てて、心底呆れたものだと盛大な溜息を吐いてから仕切り直す。

「お前、それはどこの思春期のガキだよ。つーか、なんだその寒い妄想は」
「……だってぇ。少女趣味とか純愛系ではお馴染みですよ」
「で? お前はそういったことを現実の男相手にしてきたのか?」
「……え、いや、まあ、ないですけど。でも、だからこそ一度は経験してみたい恥じらいエピソードってやつじゃないですか」
「そういう妄想は妄想の中で完結させろ。オレを巻き込む……ああ。お前、そういうのがいいならアイアイでやってこい。"お約束"がうじゃうじゃしているぞ」
 思い浮かぶのはチームのやつらのにやけたツラだ。お気軽な恋愛ごっこを楽しむならあそこだろうと言えば、なまえとしても心当たりがあったらしい。けれど、女にしては珍しく反応が鈍い。
「うーん、ああいうのはなーんか違うんですよねぇ。ほら、遊ぶには実体がある分なんかこう、厄介っていうか。その、プログラム相手に本気になっても仕方ないっていうか本気になった分だけ虚しくなるのが予想出来ちゃうじゃないですか」
「なんだお前、あんなやつら相手に本気になるってのか」
「そりゃあ。触れて言葉も交わせて、手を繋いだり、キスとかできちゃうんですよ。それもめちゃくちゃ都合いい感じになるんですよ。そんなのなんかもう本気になっちゃいそうじゃないですか」
 皮膚接触ってのは厄介ですとからと頷く姿に悪戯心が刺激される。
「じゃあなにか。それ以上のことをやってるオレたちのことも、お前は好きになっちまうってのか?」
 ぴくりとなまえの肩が揺れた。
「あー……どうでしょう。じゃあ試しにちょっと、私を好きだー!って感じで見つめて告白してもらえますか。ちょっとした実験と思って、ね?」

「なまえ……可愛いね。……好きだよ」
「ああ、そっちの猫被りの好青年じゃなくていつもの方でお願いします」
「チッ。我儘言うな」
「あ、ほら、そういうのが"愛がない"って言うんですよ」
「お前なぁ……いや、まあいい。さっさと済ますぞ」

「なまえ、お前が好きだ。愛している」
「……ああ、やっぱり大丈夫です。びっくりです。……ないわー、全くドキドキしないわー」
「お前。もうちょっと言い方ってものがあるだろうが」
「失礼、つい本音が。えーっと、じゃあお詫びもかねて私からも言ってみましょうか」
「……いや、いい。オレはそろそろ戻る。馬鹿のせいで随分と時間を浪費しちまったからな」

 さっさとバインダーを出したゲンスルーの後方でなまえがぷうと頬を膨らませる。それこそアイアイのNPC連中も顔負けのあざとい仕草だ。

「なんですかもう、勝手だなぁ。結局何の練習も出来ていないじゃないですかー」
「知るか。お前が馬鹿なことばかり言っているのが悪い。……まあ、そういうことだから。ヘマしたらぶっ殺すからな」

 なおもピーピーと囀るなまえのことはもう一瞥もしてやらない。さっさと帰ろうとカードを取り出せば、さすがに追いかけてくる気はないらしくそこで終わりとなった。


  ***

 
 拠点に戻り、静かな場所でそっと先程のやりとりを反芻する。
 一笑に付して済ますには、少しばかり引っかかるものあった。馬鹿みたいに騒がしい女が馬鹿みたいな脳天気さで放った棘がまさか自分に刺さったなどとは認めたくないが、悔しいことに現実に思ってしまったのだ。わざわざあの唇に愛を語らせて、今更一体なにを確かめるというのだと。そもそも、言わせる必要すらこれっぽっちも感じなかった。なぜならば、

『そしたらきっと、私もこれ以上、貴方たちを好きにならなくてすむもの』
『ああ、でももうこんなに好きだから、きっと楽しいでしょうね』

 脳裏に響くのは、随分と前に聞いたあの声だ。今回のソレとは幾分か意味合いが異なるとはいえ、まったくもって不愉快なことに今でも容易く思い出せてしまうこの声。理性を剥いだ状態で『貴方たち』と括られ告げられた言葉は、当時はただ驚きと困惑をもたらした。
 だが、今こうして反芻すれば、それは違った響き方で精神を揺さぶる……気がするのだ。

 化けの皮の下の方が魅力的だと言われたのは前々回の帰り道だっただろうか。
 他意も他愛もなにひとつない、浮かんだままをぽろぽろと吐き出すのはなまえの面倒臭い癖のひとつだ。なんの脈略もなく溢れ、零れる単語の羅列に大した意図はなく、どれもが浅く薄い感想や思いつきに過ぎない。狙いもなく、未来もない。けれど特に酒が入った時のなまえはそういった軽い言葉を常以上に軽く扱うことを好むのだ。馬鹿がばれるから控えろと言っても聞き入れる様子がなく、こうしてメリットのない相手へも注ぐことを惜しまない。

 一方で、真意がある言葉は徹底的にそれとして扱うくせに、だ。
 戯言ばかりを吐き散らしながら、丁寧にくるんだ真意をそっと忍ばせたり、忍ばせなかったり。たちが悪いにもほどがある。

 ──だが、それを言うのならば。
 そもそも、そんな他愛のない戯れも、捏ねくり回されたまどろこしい本心も、距離感を見誤っているかのような親しげな眼差しも、いつの間にかそれをそれとして受け止めるようになっている自分こそがおかしいのではないか。

「なるほど……確かに、皮膚接触ってのはやっかいか──いや、そんなこともねぇな」

 諦めて掴みかけた結論をなんとか寸前で手放すことができて、静かに安堵する。危うく血迷うところだった。
 なまえなどよりもっと的確な例が身近に転がっているのに、なにを気にする必要があったのか。気づいてしまえば馬鹿馬鹿しい。あんな女よりも長く深く、それこそ徹底して仲良しごっこに努めているというのに相変わらず虫けらでしかない例を大勢知っている。なまえの言い分を切って捨てるにはうってつけの標本だろう。
 そもそも、と己に言い聞かせる。オレという男はそういうことができる男なのだから、なまえの懸念は自分には杞憂だ。仲良しごっこで揺らぐようなら初めからこんな計画なんてしていない。現在進行形で、相変わらず鬱陶しいと思うし、大切だともちっとも思えない。裏切り者としての罪悪感など微塵もないし、葛藤なんて厄介なものも感じたことがない。いつでも陥れられる。いつでも殺せる。目の前で傷付く姿すら酒の肴に出来る自信がある。むしろ、彼らに本性を晒してやる瞬間を思うと気が昂る。
 ほら、触れ合ったところで何も変質しないではないか。どれだけ行動を共にしようとも駒以上にならないチームの面々に追いやられるように、くだらない考えはたちまち意識の奥深くへ沈んでいく。ああ、これでいい。

 そうだ。自分にとって大切なのは、ダチとして扱える存在は、あの二人だけだ。それ以外はすべて、ただの使い捨てだ。

「あの女も他と変わらない。あれもいつでも切れるただの玩具だ」



(2014.02.24)
[ / 一覧 / ] 

top / 分岐 / 拍手