■ 2014年バレンタイン 蛭魔編

「ようこそ蛭魔くん! ハッピーバレンタイン!」

 いつも通りに呼び鈴を鳴らせば、待ち構えていたとばかりになまえが玄関から顔を覗かせた。

「どうだった? チョコいっぱい貰った?」

 そんなにわくわくとした瞳で聞かれると、さすがに返答に困る。
 例えば、何個か下駄箱に突っ込んであった包みは、見るからに不審で悪意を感じるものだったため差出人を特定した上でゴミ箱に投げ捨てた。これはまあ、言わなくていい分類だ。
 糞マネ共が部員全員に配ったものは、これまた見るからに義理だから……まあ、こういうものなら報告してもいいだろうか。

「マネ共が配ってたやつぐらいだな。まあ、今更この俺様に、チョコだなんだと媚びて来る奴はいねぇよ」

 半分は、嘘だ。ここぞとばかりにご機嫌伺いの献上品を用意する奴は、いくらでもいる。
 まぁ、そんな算段が明らかなものなど、最初から受け取らないというだけで。

「あら、意外と言うか、残念と言うか。でもちょっと安心かなー。食べ過ぎて私の分も要らないって言われちゃうと、悲しいし」

 おいこら、そんなことがあるわけだろう。
 他の奴らとお前とじゃ、そもそも比較にさえならない。
 けれど、向けられる瞳に謙遜の色は無く、明らかにただの軽口だと分かるから俺もあえて言ってなどやらない。


  ***


「でね、まあ一年に一度のことだし、こんな時くらいはいいかなって思ってさ。今晩はとっておきのチョコレートフォンデュをメインに用意して、豪勢な激甘ディナーを満喫……しようかと思ったんだけど、やっぱりやめて甘さ控えめケーキを用意してみたよー」

 本気でチョコレートフォンデュとやらをやりかねない口調に頬が引きつったのを確認してから、満足気に訂正の言葉を紡ぐその口が、小憎たらしくて、愛おしい。

「初めてのバレンタインだしね、ちょっと頑張ってみたの」

 すでに何皿か用意されている食卓へ新しく運ばれて来たのは、ほうれん草がたっぷり入ったラザーニャに、色とりどりのパプリカをアクセントにしたサラダとスープだった。
 すっかりお馴染みになった緑を見て、自然と頬が緩む。
 いつの間にか出番が多くなったこの緑が、ほうれん草で張り切るあのアニメに因んでの選択だと、気が付いたのはつい最近のことだ。弁当を見た糞マネに言われるまでそれはただの具材でしかなかったのに、以後は見つける度にこそばゆく感じるようになった。

 というか、すんなりあのアニメを持ち出すなんざ、おまえらは一体何歳だとも呆れたが、さすがにそれは口にしない。

 そして、中央には先ほどの言葉どおり、小ぶりの茶色いケーキが用意されている。
 こいつのことだから、甘さ控えめというのは本当だろう。
 何気ない顔をしてはいるが、講義だ論文だと決して暇ではない彼女が、今日のために時間を割いてくれたのは明白で。申しわけないと思うと同時に、無性に嬉しくなる。


「蛭魔くん、好きよ」

 躊躇することなくにっこりと、真っ直ぐに告げられる言葉は、いつも余裕に満ちている。
 誤魔化したり、茶化したりせず、代わりにこちらの返事も期待しない言い切りの一言が、妙に癇に障ると気が付いたのはいつからだろうか。
 俺が、それに見合った言葉を返せないことをわかっているのだと、容易に想像はついた。実際、ストレートな愛の言葉など到底言える質では無い。

 だが、だからと言って、諦められるのは癪に障る。行為で示すことを承知してくれるのはやりやすい。だが、どれだけ行為を重ねても、一言の代わりには決してならないことも、さすがに自覚している……おまえの言葉がどれだけ俺を満たすのか、身をもって知ってしまえば、尚更だ。

「……俺も、おまえが愛おしくて堪らないぜ」

 情事の最中でもなく、睡魔に朦朧としているわけでもない。
 いたって素面の状態で口にすれば、その言葉は見事な不意打ちとなってなまえの顔を一気に赤く染め上げた。


 普段は余裕ぶっている年上の恋人が狼狽える姿を楽しみながら、
 赤くなった耳を誤魔化すように、ふふんと鼻を鳴らしてやる。



(2014.03.14)(元拍手お礼)
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