■ さよならを、私から 押しに押して、ようやく獲得した彼女という立場だった。 悪魔と評される男は、けれども彼女の私には、とても優しかった。 忙しい合間を縫って時間を作ってくれた。 毎晩、電話やメールに付き合ってくれた。 可愛いアクセサリーも、たくさんくれた。 せがむ私の為に、多彩なデートプランも用意してくれた。 1か月記念日や3か月記念日も、いっしょにお祝いしてくれた。 なのに、それでも足りないと。 もっと一緒に居たいと拗ねた私は、何度彼に困った顔をさせたのだろう。 こんなはずじゃ、なかったのに。 こんなおわりに、なるはずなかったのに。 *** どこまでも前を向いて進みつづける戦士。 勝利と頂点に執着する、獣の様な狂戦士。 そんな男と恋を続けるには、あまりにも私は凡人過ぎた。 そこそこで満足できて、譲れないものも特には無くて、ただ毎日楽しく過ごせたらそれでいい。痛いのも、怖いのも、嫌だ。勝負事もあくまでゲームとして、安全に、リスクの無い範囲で、遊びの範囲で……そんな私が、どうして彼と居られるだろうか。 妖一との距離が近くなればなるほどに、深い溝が見えるようになった。 自分を痛めつけて、相手を痛めつけて、双方ぼろぼろになるまで戦って、それで得た勝利に満足したように笑って……けれどもすぐに、その先を見据えてぎらついた笑みを浮かべる、簡単な勝利では満足できない……欲張りな男。 どうして、そこまでするのか理解できない。痛いのは誰だって嫌じゃないの? 勝つのってそんなに大事? そこまでしないといけないの? もっと、楽で、楽しいこともいっぱいあるでしょう? 全部全部、犠牲にするほどの事なの? 喜び勇んで戦場へと突き進み、望んでその戦乱のさなかで笑う姿を見て、興奮では無く困惑を覚えるようになるまでそう時間はかからなかった。 だんだんと、いっしょに過ごす時間が、楽しみでは無くなっていった。 だんだんと、肌を合わすことが、苦痛に感じるようになっていった。 だんだんと、笑おうと思って表情をつくることが多くなっていった。 そんな私に、聡い妖一が気付かないわけが無いのに。 それでも妖一は私の手をとり、笑ってくれた。 そうして、増していく違和感を誤魔化しながら迎えた、あの日。 あの、怪物のような我王の巨体が、妖一を捕らえたあの日。 どう考えたって立つのもやっとな状態で、それでも極限以上の無理を強いてフィールドへ戻って来たあの姿が、限界だった。 それまで、心配で震えていた筈なのに。応援席に居るしか出来ない自分が悔しくて歯がゆくて、堪らなかった筈なのに。 なのにあの背中を見てしまった瞬間、それらは全て吹っ飛んでしまった。 なんで、また出てきたの。もう、いいじゃない。戻って来なくてよかったのに! それからの試合の流れなんて、知らない。だって、ついに……私は自分の苦しみに、耐えることが出来なくなったのだから。 *** 「妖一、ごめん。もう、一緒に居たくない」 ごめんなさい。ごめんなさい。悪いのは私なの。わがままなのは私なの。 いっしょの夢を見れたらよかったのに。 君の夢が、私の夢になったらよかったのに。 君が望んだ君の姿を、見ているだけでとても辛くなるの。 もう、傍に居たくないの。 せめて泣かないようにと無理やりに笑顔を作って、せいぜい飽き性な女に見える様に言葉を選ぶ。 けれども妖一は、とっくにこうなることがわかっていたんだろう。何故とも聞かず、引き止めることもせず。ただ、一言だけ口にした。 「……わかった。……今まで、悪かったな」 その無表情が、一瞬だけ苦し気に歪んだように見えたのは、錯覚だろうか。 その表情に、もはや何も感じない筈の私の胸が、ちくりと痛んだのも錯覚だろうか。 一瞬、撤回して、やり直せたらと思ってしまったけれど……結局その思いを口には出来なかった。 たとえこの場をやり過ごしても、いずれまた近いうちに同じことになるとわかるから。 だって、妖一は私が望むようには変わらないから。 だって、私も妖一の望むようには変われないから。 「……決勝、応援してる」 「……おう」 「……じゃあ、ね。……ごめん、ね」 「……おう」 踵を返して階段を駆け下りる私に、かけられる言葉は無くて。 足を緩めても、後に続く音は聞こえて来なくて。 ……ようやく、涙がこぼれた。 なんて、あっさりとした終わりだろう。 今夜からはもう、あの電話もメールも、無いのだ。 確かに幸せでもあった筈なのに、寂しいのも本当なのに。 ……それでも。私が今、確かにほっとしているのは、どうしてだろう。 (2014.04.30) (蛭魔くんのお相手を同級生でと考えると、ハードな展開について行けない子が出来上がりました) (ついて行けちゃう"彼女"の話は同時更新の「彼女がバーに通う理由」にて) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |