■ 彼らの「エンディング」上

 再会は、突然だった。


  ***


 ゲンスルーからいよいよ王手をかけるのだと知らされ、一旦あっちに戻ることにした。
 彼らの勝利は即ち、バッテラ氏の依頼の完了である。ということは、私が受けているもろもろの依頼の終了でもある。

 ここにきて新規の人探しなんて無駄な依頼が舞い込まないように仲介屋に連絡をしたり、いよいよの終わりに向けてしなくてはいけない準備は山積みだ。で、まあ、現実に戻ってみたら戻ってみたで面倒なことも重要なことも色々とあったわけだが、それらを中にいる三人に伝えようにも手段がなかった。なにがあっても暫く戻って来るなと念を押されたのだから仕方がない。
 ちなみにこの戻って来るなという命令は、最終決戦に向けて私の身を案じるそれではなく、肝心なところで私がしでかすヘマを厭われた結果に過ぎない。要するに、下手に敵対勢力に捕まって迷惑をかけるだとか、ついでのように陥った窮地でゲンスルーたちに"不運"を転嫁して難を逃れたりだとか、そういった可能性のことだ。

 尤も、それらの可能性を考慮されなかったとしても結果は変わらなかっただろう。まともに対峙して誰かとやりあうなど、考えるまでもなく私の分野ではない。つまり、彼らの戦闘に正面切ってだろうと陰ながらだろうと、とにかく首を突っ込むつもりなどそもそも最初っから、それこそ微塵もなかった。
 というわけで、まあ実際の所はカード情報の更新のために途中でちょいと戻ったりもしたのだけど、あえて接触することはしなかったし、接触したときだって深入りはしなかった。

 ああ、そうだ。さっき言ったことは嘘っぱちだ。

 その気になれば伝えられたし、本気で介入しようとすれば出来ないことはなかっただろう。だから私が今の外の状況……つまりバッテラ氏の近辺でのあれこれを告げなかったのは、あくまで私のエゴによるものだ。
 薄情だなんて言わないで頂きたい。
 長い長い本当に長い潜伏期間を終え、ツェズゲラさんに宣戦布告し、カード集めの最終局面真っ最中という現状で最新情報を告げた所でいろいろと手遅れなのは明らかじゃないか。今更になってゲームクリアの依頼はキャンセルされました〜〜なんて教えられてどうなるというのか。
 そもそも依頼報酬がなくなったとしても、クリア特典自体がとんでもなく魅力的なことくらい参加者なら承知している。ゴールまで後一歩というところまで来たプレイヤーたちが、大口の依頼がなくなったからとあっさり諦めて手ぶらで帰還するわけがない。むしろ、高額報酬の分配という妥協点が消えた分、ここまでつぎ込んで来た時間と手間を回収する方法は自身のクリアしか残されていないのだ。

 だから、私は黙っていた。

 "頭の切れる元軍人で現ハンター"などという私が絶対に目をつけられたくないタイプの先達方との決着を、勝利という形で収めそうだと聞いた時も。「今から戻るのだったら、そうだな……奴らのリミットが過ぎる二日後の夜に帰ってこい。そうすりゃ、最高の舞台でエンディングを見せてやる」と眼鏡をキラリと輝かせて言われた時も。
 クリアして現実へと戻って、そして知ってしまった後で彼らが私をどう思うのか。考えなかったわけでは決してないけれど、それでも私は黙っていた。


  ***


 とはいえ。他でもないこの私という人間は、まあ基本的にはなにが有っても自分だけは大丈夫だという厄介な自信だけは売るほど持ち合わせているのだからタチが悪い。
 実のところ、ばれたらどうなるか……と憂いはするもののそんなに悲観してはいないのだ。どうせ、私に関してはなんとかなる。それに、黙っているという罪悪感や気まずさなどというものも、いよいよエンディングだと言われれば興奮に吹っ飛んでしまう。これでも数年慣れ親しんだ世界なのだ。いちプレイヤーとしてこの先の展開が気にならない方がおかしいだろう。
 そこで私は好奇心の赴くまま、約束の夜を待つことなく、予定より幾らか早くG.Iに戻っていた。

 すっかりお馴染みになったゲートのナビ子ちゃんはこんな時でも普段通りだった。裏技めいた挙動があるのではとあれこれ試してきたけれど、結局なにを言ってもやっても反応はなかったな。ついぞ新モードには辿り着けなかったということか。尤も、最近はこの軽口を無視されるという流れが少し癖になってきたので無反応も美味しくはあったのだけれど。
 かくしていつものように降りていけば、たちまち見慣れた世界が歓迎してくれる。現実と見紛うような草原を踏み鳴らし、土と草と風の匂いのする澄んだ空気を取り込みながらくるりと回れば遠くの鳥の声がよく聞こえた。なんだかんだで長く過ごしたこの世界とももうすぐお別れかと思うと、眩しい日差しや野にいる虫のひとつひとつまでが素晴らしく映る。最初はたかがゲームと思っていたが、いざこの日が来ればなかなかに感慨深いものがある。
 けれど、いつまでも感傷に浸ってばかりいては前に進めない。日常パートの素晴らしさを堪能することも尊いことではあるだろうが、せっかく世界が終わろうとしているのだから今は見たいものを見ることの方が大事である。

 今まで誰もクリアしたことがない幻のゲーム「グリードアイランド」。
 その世紀の瞬間を特等席で観覧出来るとは私は本当に"運がいい"。逸る鼓動のままで《磁力》を使い、向かった先には──予想とは全く違う光景と随分と懐かしい人が待っていた。

「え、うわ、ビスケさんじゃないですかー!」
「は? 誰よ馴れ馴れしい……って、なまえ!?」
「うわーうわー! 本当にビスケさんだ。えー、ビスケさんもここに来てたんですね! なら連絡下さったらよかったのにー水臭いですよー」
「んなこと言っても、あたしゃあんたがいる方がびっくりだわさ!」

 何年振りだろう。ちっとも変わらない──変わらないどころか愛らしさに磨きがかかっているビスケさんの柔らかく小さい手に手を重ね、きゃいきゃいと再会を喜ぶ。

「っていうかあんた、こんなとこになにしに来たのよ」
「ああ、私はですね、ちょっと知り合いに用があって……」

 そこでようやく当初の目的を思い出し、周囲を見渡し……何があったのかを理解してしまった。
 ビスケさんの横にはこの場に不釣り合いな少年が二人とゴリラ顔の人。そして。縛られ、地に転がされた男が三人。こっちは嫌という程に見慣れた顔だ。「あいつらが済んだら、後はガキの三人組を叩けば仕舞いだ」と笑みを含んだゲンスルーの声が脳裏に虚しく蘇る。ガキって言うからどんなのかと思えば、本当に子供だったとは。

「あー……なんだぁ。三人組ってビスケさんのことだったんですかぁ」

 ……それならば、彼らが敗れるのもなんと言うか……仕方のないことだと思えてしまう。
 やらかしたなーとがっかり調子で天を仰ぐ私を、きょとんと見つめるビスケさん。さてどう説明したらと言葉を探していると、そんなやり取りに業を煮やしたらしい少年からせっつく声がかけられた。視線を移し、再び理解する。ここでこうして彼らが負けたということは、ビスケさんたちが勝ったということで。それは、カードが揃い少年たちのクリアが確定したということで。
 ……どうやら、さてこれからという一番良い所でお邪魔してしまったようだ。
 ひゅんと肺が妙な音をたてた。おや、なんだか気分が悪いぞ。おかしいな、頭も身体もなんだか変な感じがする。至って冷静沈着いつものなまえさんでいるつもりだったけれど、さすがの私も実は結構衝撃を受けているらしい。どうやら鈍くなっているらしい頭をなんとか働かせて、ビスケさんに後にしますねと会釈をひとつ。きっと上手に笑えたはず。


 今まさに最後のカードをポケットに入れようとする少年たちを視界の隅に捉えながら、転がされた男の傍らに腰を落とすも反応はない。なんと声をかければいいんだろう。逡巡の末にただ一言、やっと見つけた言葉をかける。こういうのは本当に苦手だ。

「……お疲れ様」
「……ざまぁねぇよな……負けちまった……」

 狡猾さも残忍さも見えない、ただ呆けたようなゲンスルーの声に、なんだか私の方が泣きそうになる。
「あんまり、怪我してないね」

「……あいつら、オレらにも……《大天使》を使いやがった」

 ああ、それで眼鏡だけがないのかとなんとなく納得する。
 これだけ好き放題やってきた外道相手に治癒の使用なんて甘い処置だなぁとも思うけれど、ビスケさんなら有り得る。あの人はなんだかんだで優しいから。それに、あの少年たちの前ではきっと普段以上に……いい格好しいのおねーさんだなぁと言ったら殴られるかな。とはいえ、あの人が本気で攻めに徹していれば《大天使》の出る幕もなく確実にこの人たちは昇天していただろう。この局面においては、三人が無事なだけでも僥倖だ。

「お疲れ様」

 もう一度呟いて、覇気のないゲンスルーの頭に手を伸ばす。砂を払うには足りない優しさで、そっとひと撫でふた撫で。
 返事はなかった。


  ***


「……あんた、自分が何言ってるかわかってるわけ?」

 最後のクイズ大会に興じるプレイヤーたちから距離を取り、ビスケさんにG.I内でのこと──というかゲンスルーたちとのことをかいつまんで説明すると、案の定思いっきり呆れられて叱られた。ついでに、彼らの身柄を引き取りたいと言った際の答えが先ほどの一撃だ。
 正直その感想はもっともだと思うし、私だってわかっている。けれど。

「だって、ビスケさんたちはこれ以上面倒見る……っていうか、裁く気はないんでしょう? かといって、あのまま放っておくと袋叩き一直線じゃないですか。じゃあ、貰ってもいいかなーって。私、あれが欲しいんですよー」
「……どうせ、いくらダメって言っても聞かないんしょうが」

 あんたのことだから、と頭を抱えられて私の方まで困ってしまう。

「まったく……あんたって本当に男の趣味悪すぎだわよ」

 ええ、まったくです。自覚しております。でもあの人たちを気に入っているんです。ええ、返す言葉もありませんとも。
 そんなやり取りをまじえつつあれこれと世間話も交わすうちに、アナウンスが告げるクイズ番号は残り十問を切ってしまった。

「じゃあ、あたしはそろそろあの子たちのとこへ戻るわさ。ま、あんたも色々あるだろうけど、元気でね」

 はぁぁぁぁ。もう何度目かわからない溜息を置き土産にしてビスケさんの姿が遠くなる。
 いつもの軽やかな足取りが嘘みたいな荒々しさが誰のせいかという自覚はある。ひよこ時代に見つけてもらってから、本当によくしてもらってきた。あの人にとって今も私はあの頃のまま、困った子どもの姿でいるのだろう。ごめんなさい。そして、ありがとう。
 ああ、久しぶりにもっとお話ししたかったなぁ、けれど私が選んだのはこちらなのだから仕方がない。

「お待たせしました」
「知り合いだったのか」

 相変わらず、ぼそぼそと話すゲンスルーが痛ましい。他の二人にも声をかけたが、こちらも各々覇気がない。しかし、落ち込んでいるからといってゆっくりはさせてあげられないのです。初のクリア者に注目が向いているうちにさっさとここから離れなければ。
 他のプレイヤーたちが冷静になったら、次はどうなるか?
 答えはビスケさんにも言ったとおりだ。そんなの、確実にまずい事態に発展するであろうことは目に見えている。だから、さあ。早々に退散しようじゃありませんか。

「じゃあ、とりあえずさっさと離れますよ……《同行》使用!ブンゼンへ!」



(2014.01.27)
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