■ 下

 ブンゼンの門の手前でゲンスルーの拘束を解く。というのは別にゲンスルーだけを贔屓した訳ではなく、単純にその後の効率を考えての行動だった。

「さ、あとは《一握りの火薬》で焼き切っちゃって下さいね」

 普段のゲンスルーなら言われる前にさっさと動いているだろうに、今日の彼は集中しようとすらしない。期待した軽やかな爆発はいつまで経っても訪れず、それどころからしくない自分に焦ることもなく覇気のない表情で佇むばかりなのが癪に障る。先日別れた時はあんなに傲岸不遜に笑っていたくせに。私のいないところでこんなにぽっきり折れてしまうなんて面白くない。
 結局、硬く縛ってある縄なんてさっさと燃やしてしまえば楽だろうという私の算段はまったく期待どおりにはいかなくて、バラとサブが自由になる頃には私の手は赤くなっていた。
 

 一歩踏み入ってみるとその賑わいに驚いた。
 振り返ればずいぶんとお世話になったブンゼンという町が、まるで初めて辿り着いた日のように目新しく映る。確かに日頃から賑わいがある方だとはいえ、こんなに騒がしいのは初めてだ。ゲームクリア者の出現によって一帯の設定も書き換わったらしい。町の住人達はみな口々にあの三人を讃え、リーメイロで行われるというパレードについて説明してくれる。皆が皆、お祭りムードで楽器を奏で、声高に歌い、笑顔で踊る。あるいは御馳走を用意するため市場を走りまわっている。誰も彼もが笑顔で、町全体が底抜けに明るい。今ですらこれなら、夜を迎える頃にはいったいどうなってしまうのだろう。
 クリア目前まで行った身にはなかなかに辛い仕打ちだろうと振り返れば、案の定三人組のオーラは今にもかき消えそうなほど薄く儚くなっていた。どこも見ていない目はなんの熱も持っていないし、きっと私の声も聞こえていない。これならば、悔しさや悲しみという感情が浮かんでいる方がましだ。
 居た堪れない姿から目を逸らし、傷口に塩を塗りこむような大通りを足早に抜ける。標識もない道を抜けてまっすぐ目指すは愛しの我が家だ。
 大通りから、小道に入って一本二本三本目。曲がって降りる階段の先にある、何てこともない小さな小さな一軒家。

「なんだ、ここ」

 小ぶりな鍵を差し込む私の後ろでバラがぽかんと口を開けた。多少は意識が戻って来たことにほっとしつつ、扉を開ける。さあどうぞ。と言ったところで、まあ、戸惑うのも無理はない。成り行きでこの家を入手したのはもうかなり前のことになるけれど、彼らには仄めかしたことすらないのだから。
 逢引用と言っても差支えない普段使いのもう一軒……というか一室とは違い、こちらは仕事部屋としての機能性重視のとっておきだ。玄関ですら誰かをもてなす為のものではない。一歩足を踏み入れれば見渡す限りが私の城だ。どの部屋もより円滑にこの世界での仕事を遂行できるようにと揃えた道具と、蒐集した情報を書き留めた書類やリラックスタイムのための諸々だったりで溢れている。本当なら、誰にも許すことがない場所だ。

「お前、こんな家も持っていたのか」
「つーか部屋でもレアなのに家って正気かよ、普通手に入らねえよ。なんでどっちもあるんだよ」

 そりゃ、真面目に守銭奴してきましたからね。結構なマネーとコネと運さえあれば、大体はなんとかなるものよ。
 きょろきょろと所在なさげに視線を彷徨わせるバラとサブはまだいいとして、ここまで来てもなおなんの反応も示さないゲンスルーが問題だ。
 メガネが無くてもある程度は見えていると以前に言っていたけれど、こうも鈍った状態ではうっかり何か踏んだりぶつけたりするのではないか。そんなことを心配してさりげなく彼の進路に視線を送ってしまう私は、実のところ結構気が利く"いい女"だと思う。誰も言ってくれないけれど。


 さすがと称えるべきか。
 適当に集めた椅子に座らせていい香りのお茶を勧める頃には、彼らは今後について話せるほどには回復していた。けれど「残念だった」だとか「次は何をしようか」だとか、落ち込みながらも普段どおりの調子でいようとする彼らは明らかに無理をしていて、でもその無理を隠そうとしていて、端から眺めている身としては痛々しくて堪らない。

 ……けれどまあ、こういう不器用なやせ我慢は嫌いじゃない。

「じゃあ、私は二階で休んできます。よかったらシャワーとかタオルとか毛布とか適当に使って下さいね。だだ、ご覧の通り小さな家なので寝室はもうないんですけど」

 言うだけ言ってさっさと部屋へ引っ込み扉を閉め、ただちに全神経を総動員して階下の様子に集中する。
 わずかな音も聞き漏らさないよう耳を澄ませていると、やがて。

「あーちくしょう! ……くそっ、もう少しだったのになぁ!」

 ひとつの慟哭をきっかけに、堰を切ったように声が響く。
 漏れ聞こえる涙声につられて私まで眼球の奥がつんとしてくる。五年以上の月日と、幾多の困難と、数多の流血の果てが今日のこの有様だというのだから報われない。全部とは到底言えないけれど、せめてその幾らかを見てきた身としてはなにか言ってあげたい気もするけれど、見てきたからこそ安易な慰めなんてかけられない。本当に、こういう状況は苦手だ。

 でも、と考える。彼らのことを本当に想うなら、放っておいても別によかったのではないかと考える。例えば今日をやり過ごしたとして、取り繕った顔で現実に戻ったとして、そのうち結局こんな夜は訪れるだろうから。流れに任せて落ち続けるような人たちならいざ知らず、彼らならやがて立ち直るだろう。
 でも、と首を振る。そんなのはつまらないと首を振る。私の立ち入れない場所で傷ついた男たちが私の及ばない場所で完結して新しい道を行くという物語は、部外者の私にとってなにひとつ面白いところがない。

 だからこうすることにした。
 気が済むまで、嘆けばいい。悔しがればいい。
 声も涙も枯れるまで、思う存分浸ればいい。他のどこでもないこの場所で。



(2014.01.27)
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