■ 瞬きのあいだに永遠を繋ぐ

「ちょっとはサービスすればいいのに。ねえ、どうせタダなんだし試しに睦言でも囁いてみてよ。きっと段違いでよくなるわよ?」

 私の気分も盛り上がるし、貴方にとってもイイ事尽くめよ?なんて提案してみたものの、検討の余地も見つけて貰えないままハッと笑い飛ばされた。却下されるのはいいとしても、さすがに冷た過ぎではありませんか。ああもう、だからこの人は……情事の最中くらい甘い言葉で酔わせて欲しいと思う乙女心をもうちょっと理解してもいいと思うんだけどなぁ。朴念仁め。

「生憎なことに俺はこれでも商売人だからな。タダより高いものはないと重々承知している」
「……つまらないわねぇ。商人だったらなおさら、おべっかくらい言えなきゃ務まらないわよー」
「"おべっか"と承知している相手に対して、わざわざ言う必要性などあると思うか? 」

 ほら、またそんな身も蓋もないことを言う。
 愛想も何も有ったものではないし、まして甘さなんて一欠片も見つけられない。けれどそんな皮肉屋に対して唇を尖らせる前に、これ以上つまらないやりとりを続ける気はないとばかりに繋がっている腰を突き上げられた。

 深く、深く、行き止まりすら抉ろうとする程に強く、深く、熱烈に。

 思いやるというより焦らすという意図だろうか……とにかく散々繰り返されていた浅く緩やかな挿入のおかげで充分ほどけていたそこは、ようやく与えられた段違いの刺激に悲鳴をあげるどころか諸手を挙げての大歓喜で応える。押し潰し磨り潰されそうな刺激を与えられてすらも、苦痛でなく快感と認識してしまえるのだから──我ながら、この身体のおめでたさには感心してしまう。抑える気もない喘ぎと共にもっともっとと強請るように接合部に力を入れれば、シュウの口からも押し殺せなかった声が零れ落ちてくる。


 ぽとりと落ちてきた汗が首筋を掠め寝台にシミを作った。立ち昇るのは、あらがえない程に魅力的なオスの芳香だ。

 それに反応したのは性欲か、それとも食欲か。とにかくそんな曖昧な境目で火花を散らす衝動に導かれた私は、(繋がった部分をきゅうきゅう締め付けている自覚もないまま)ただただ次に落ちそうな雫に狙いを定めると重い頭を上げてぺろりと舐め取っていた。
 汗水垂らしての肉体労働なんてものとは無縁のような、書類と図書と机が似合う男が流した液体は、その喩えようもない甘さを堪能する前にあっさりと口内に溶けてしまう。ああ、勿体無い。未練に震える舌先を慰めるように、そして湧き上がる飢餓感に煽られるように、気が付いた時には男の筋張った首に再び唇を寄せていた。もう一滴。もうひと舐め。最早、先程までのような色気や雰囲気こそないものの一応私たちにとっては"じゃれ合い"に分類できるような──そんな問答に興じる余裕すらない。無我夢中のまま、不自由な姿勢で許される限りにシュウの肌を求めて舌を這わす。ああ、なんて美味しいのだろう。
 口内に溢れる味だけではない。身体深く突き立てられているソレだけでもない。密着した肌も、落ちてくる黒髪も、とにかく男の身体のどこもかしこも美味しくていい匂いがして、内と外の区別もつけられない程に全身を侵される感覚が堪らない。

 そしてなにより、私はこの先を知っている。

 今は堪えるように瞑られている目が、再び私を捉える時──その瞳には、誰がどう見たって冷静沈着とは程遠い輝きが宿っているのだということを。
 シルバーバーグの系譜は伊達や酔狂では名乗れない。有能過ぎる程に有能なこのシュウという男が"同盟軍の軍師"としての立場も世間体も責任も計算も全て取り払い、女の前で無防備になり欲のまま行動するなど常なら有り得ないことだ。けれど確かにこの瞬間の彼が見せる輝きは、抜け目のない皮肉屋が幾度もの夜を越えてようやく見せてくれるようになった、軍師でも商人でもエリートでもない……剥き出しのオスの性そのものなのだ。
 本音を言えば、決して精気たっぷりなわけではないシュウを相手に得られる"食事"としての効率は実はそこまでいいものでもない。倒れられない程度に頂き、更に、無理しがちな彼を整えてやるために使うことまで考えれば、正直なところお腹いっぱいには程遠い。けれど、いつまでたっても本当には満たされない筈なのに──そんな事実など軽く上回るような満足感に包まれるのは、この人間が私をどれ程特別な位置に置いているかわかってしまうからだろう。


  ***


 強請ってみたものの、実際のところはこの男からの甘い言葉なんてものはいらないのだ。むしろ、無い方がいい。
 私と彼らの時間は違う。元より、目紛しく形を変える人の心というものは嫌という程知っている。だから私はいつだってこの刹那しか望まない。愛も恋も所詮は睦言だ。夜が明ければ白々しい戯言でしかないと気付かされてしまうような、保証も確証も何もない薄っぺらい言葉だ。それでも、そのただの戯言がうっかり心に刺さりでもしたら……きっと、笑い話にも出来はしない。だったらこうして、わかりやすく魅力的なこの身体に、わかりやすく酔われる方がずっといい。薄っぺらな言葉を吐く為の余裕も思考も全て置き去りにして、こんな風に求めらえる方がずっといい。
 ましてそれが、本来ならば女に酔うことも溺れることも無いだろう、このシュウという男によるものならば値千金だ。

「……シュウ、好き」

 ──愛しているよ、私の"恋人"。
 言葉にならない言葉の代わりに即物的な行為を求め唇を突き出せば、聞き飽きただろう言葉を素通りして薄い唇だけが降りてくる。
 そう、きっと、貴方にとってもこの言葉は"戯言"にしか聞こえないだろう……けれど生憎なことに、わざわざ"刹那"の内しか持続しないような感情を口にするような趣味は私にはないのだ。

 でもまあ。
 そんなことも、この戯言に込めた思いも、私だけが知っていればいいことだけれど。



(2015.08.05)(タイトル:亡霊)
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