■ 再会の足音

※シュウ夢の主人公と同設定/別ルート。シュウへのフラグも立てずのんびり協力中。
 各ステータス:ネクロード討伐前。シエラ参戦前。主人公空腹中。


 ああ困った。本当に困った。いくらこのご時世とは言っても「黒い鎧の強い奴」なんて、そうそういるもんじゃない。


 向かってくる王国軍を軽快に蹴散らし、背後の部隊へと突っ込んで来た軍団を一掃する私は実に輝いていた。
 今日も今日とてルックが指揮を執る魔法部隊の盾として存分に働いていたところに水を差したのは、たった一つの新事実だった。伝令を受けたルックの表情がみるみる硬く強張るのを遠目に認めた私はすぐさま背後の彼の元へと馬を走らせた。

「何、なんか不味い事態!?」
「いや……東の戦場に、あいつが出て来たらしい」

 あいつって誰と返そうにも舌がもつれて言葉にならなかった。嫌な予感に震えかける私に、ルックは続きを口にする。
 東で目撃されたというその将は、前の戦争で敵側に居た、残虐で凶悪な黒騎士に違いないだろうと。

 いやああああぁぁぁぁぁ……!
 長くなりそうな悲鳴を早々に引っ込めて、突然の過剰反応に目を見開くルックにごめんと手を合わせる。
 取り乱したのは数秒なのに、今もどっくどっくと心臓は高鳴り、噴き出した嫌な汗が身体を伝う。細部まで確かめなくても、充分だ。話題になるような「黒騎士」なんてそうそういない。まして残虐だとか凶悪だとか加虐趣味だとか、そんな騎士らしくない表現をされる黒騎士は探そうとしてもそうそういない。かつ、ルックが言う「前の戦争」って言えば……あの、魔女一味との戦争じゃないか!
 思えばあれもこの辺りでのことだった。しかもほんの数年前。そして、今日もまた、こんな戦のど真ん中に現れた黒騎士……ああそうだろう。普通に考えたら同一人物だ。そして、だったらもう間違いない。むしろ、疑う余地もない。鎧の中身は、あの男に違いない。

「……ルック、うちの軍師はあいつの事を詳しくは知らないわよね」
「ああ。ビクトールたちみたいに奴と対峙したメンバーも、今回はみんな別隊で出ているからね。まあ知らせは本部にも行ってるだろうし、聞く限りでもやばい奴ってのはわかるだろうけど……」
「実物を知らなきゃ、言えないこともあるわよね。ごめん、ちょっと抜けて早馬してくるわ。あいつが出たなら早急にどうにかしないと総崩れしかねない!」
 ここの守護は任せたからねと健闘中の分隊長に声をかけて、軍師の所へと急いで馬を走らせる。


  ***


「シュウ! 東に出た『黒騎士』の報告、届いてるわよね!」
 次々入る戦況を整理し策を編み続ける軍師の姿を捉え、駆け寄る。

 そこからはもう、矢継ぎ早だ。
 如何にあいつが危険で、規格外で、相手にすればするだけこちらが削られるだけだと語り、倒すのではなくどうやり過ごすかを考えるべきだとか、そんな策の手掛かりになりそうなことを必死でかき集めて喋る。喋る。喋る。本音を言えば、あいつのことを考えるだけで、口にするだけで精神が消耗する。身体が震える。怖い。それでも、私は喋り続けた。

  ***

 結果としては、無事に勝利を収めることが出来た。
 被害は……なかったとは言えないが、それでも、あの状況にしては随分とましなものだと思う。それは軍師殿の策の見事さはもちろん、それ以上に王国軍側の事情が幸いした──奇跡のような決着だった。


「で? なぜあなたは今、出て行こうなどと言うのです」

 離脱したいという私の申し出を受け、シュウは困惑に満ちた瞳を向ける。
「あなたの力はかっている。去るのは自由だが──あなたの不在は、痛手にはなるだろう」
「……私はもう、戦えないわ」
「先日の防衛戦から態度がおかしいとは思っていましたが。あなたは、何に怯えているのです?」
 びくり、と肩が震える。嫌だ。せっかく、極力考えないようにしていたのに。
「戦場にいた黒騎士との因縁ですか」
 ルックにでも聞いたのだろうか。
 口にされた言葉に、血の気が引くのが情けないほどよくわかる。いつの間にか、シュウの視線は射抜くようなものに変わっていた。これはもう仲間を見る目ではない。少しでも利を引き出すために、何事も見逃さないとする、軍師の視線だ。悲しく思うより、私は嬉しく感じていた。これならもう大丈夫。この人間たちならもうきっと大丈夫。この先も無事に戦い続けていけるはず。

「ごめん。あいつだけは、本当に駄目なのよ……。あいつが何なのか、詳しくは知らない。でも、逢ってしまったら最後なの。私はどうやっても、きっとあいつに逆らえない。あいつに、跪いてしまう」

 本当に、シュウが望むような情報など何も持ち合わせてはいない。
 あいつのことは、特に本質的なことは、何も知らない。

「確かなのはそれだけよ。以前ちょっと失敗してね……なんかもう、本当にあいつ相手は駄目なの」
「ほう。では、ここを出てどこへ行こうと言うのです」
「ここの皆に切り掛かるなんて、さすがに冗談にもならないしね。あいつと接触しない様に、早々にこの辺りから離れないと」

 訪れたのも突然なら、去るのも突然か。
 久しぶりに、見届けたいと思える命もあったけれど、この身が禍の種になるのなら意味がない。

 これ以上話しても、私から得られる情報は無いと判断したのだろうか。シュウは溜息の後、明日エルネスタに挨拶だけはお願いしますと言って私の退室を促した。

  ***

「たいした置き土産も出来なくてごめんなさいね」

 せめてこの先に幸があるようにと、城を中心にささやかな"まじない"をかけ、そっと呟く。
 ああ、ここは本当に、皆いい子ばかりの……陽だまりのように暖かい所だった。だから、本来の"食事"──特定の誰かを決めて存分に吸い取るような、そんな精気の吸い方をする気にもなれなくて、けれどだからこそ今の私ではまだ力が弱い。悲しいかな、この無いよりはましな程度の"まじない"でも精一杯だ。
「ああそっか。ちゃんと捕食しておけば、あいつに会ってもまだ平気だったのかも……」
 今更思いついたところで、もう遅い。


 あいつが、怖い。
 あいつに、逢いたい。
 あいつの味を、もう一度、味わいたい。

 もうずっと忘れていた筈の疼きが、蘇る。

 人間相手の"恋"とは違った。"恋人"相手の"食事"とも違った。
 これは禁忌だと、口にしながらわかってしまうような毒だった。でも止められなかった。
 それでも自分を騙しきれなくて、これ以上喰らってはまともではいられないと逃げたのはいつのことだっただろう。

 今なら、逢いに行ける。ルルノイエまではこの衰えた身体でもほんの数日間の距離だ。
 今なら、あいつはそこに居るだろう。ああ、けれどもその門を叩いてしまったら駄目だ。
 私は、彼らを裏切りたくはないのだから。彼らを、手にかけたいわけなどないのだから。



(2014.02.17)
[ / 一覧 / ] 

top / 分岐 / 拍手