■ キャンディハニーロリポップ

 ──なまえさん。
 漏らした声がどこまでも情けなさに染まり切っていることに、僕は勿論気が付いていた。



「なまえさん!? だ、だめですそんなところ汚いです!」

 慌てふためいて叫んだ声は確かになまえさんの鼓膜を震わせた筈なのに、足の間に陣取った彼女は相変わらずだ。どこをどう見ても身を起こそうという意思はまるで感じられない。
 それどころか制止の声も軽々と無視して、ふぅと熱い息を吹きかけられたら……もうダメだ。なまえさんの、僕の手のひらよりずっと小さなぬくもりが僕のオスに触れているというだけですでに眩暈がしそうなのに、あまつさえ至近距離で見詰められ、感じる吐息の先にある柔らかい唇を意識してしまえば──「ダメです」「汚いです」「やめてください」「そんなことしちゃいけない」──常識と羞恥を捨てきれない理性がどれだけ訴えたところで、それが結局のところ"立前"でしかないことなど、なにより僕自身が一番よく理解してしまっている。だって、本当にその気になればこの細い指から逃れることなど容易い筈だ。両足の間にちょこんと収まる僕よりずっと華奢な身体だってやすやすと持ち上げられる筈だし、ひっぱり起こしてそのままスプリングを軋ませ組み敷くことだって出来ないわけがないだろうに──こうして"まるでさっぱり打つ手がない"という振りをしておろおろわたわたする僕は、どう取り繕おうとしても取り繕えない程に清廉潔白とは程遠い。
 こうなってしまえば、いっそ手や口を使っての愛撫について、もっとずっと知識が欠けていればよかったのにと思わずにはいられない。だってそもそも、知識すらないのならこれから行われることに予想が付くこともない筈で。だったらまるでわけがわからない展開に本気で慌てることも、逃れようとすることも出来ただろうから。
 けれどどう考えてみても現実は手遅れだ。「どうせ使う場も訪れない、ただの知識だけれど」なんて冷めた想いで聞きかじっていた筈の男女のあれこれは、彼女という存在のおかげで他人事では無くなってしまったし、今だって乏しい知識でも充分過ぎる程に彼女がこれから何をしようとしているのか予想が付いてしまっているし、つまり期待してしまっている。

「やだなぁ、ツェッドくんに汚いところなんて……。ほら、こんなに熱くて、こんなに美味しそう」

 ああそうだ認めるしかない。僕はこの状況にどうしようもなく期待してしまっている。
 困ったように首を振り、慌てて腰を引こうとしながら、それでも僕は期待してしまっているのだ。だってこの状況を本気で嫌がれるわけがないだろう。甘い甘い時間を経てすっかり出来上がってしまったなまえさんの蕩けきった瞳にまじまじと見詰められて、熱い手のひらで愛おしげに撫でられて、柔らかく甘い唇をそっと近付けられて──ああダメだ。お願いですなまえさん、僕はもう待ちきれません。もっと触って欲しいです。早く続きが欲しいです。そう強請るように震えたソレになまえさんが小さく笑ったことに気が付いてしまって、顔がカッと熱を持つ。
 けれども、僕の浅ましさなんてお見通しに違いない彼女相手に今更ながらの理性を取り戻し、結果どうにもならない自己嫌悪に陥りそうになった寸前……ちゅっと軽い音と共に待ち望んでいた瞬間を迎えた僕は、勢い良く肩を跳ね上げた。

「んっ……ツェッドくん、可愛い」

 彼女の体には存在しない歪な形を確かめるかのように丹念に這い始めた舌は、べろりと一思いに舐め上げたか思えばゆっくりと筋をなぞり、先端を抉ろうとせんばかりの鋭さを見せたかと思えばチュッチュと亀頭に吸い付いた。そんな風にとにかく自由奔放に動き回り、更にはしっとりと包み込む口腔と合わせて僕の昂りをふんわりきゅうきゅうと巧みに締めあげ翻弄するのだから堪らない。そんな、なまえさんの"中"に入っている時とも微妙に違う、これまで感じたことのない刺激の数々に思わず声が漏れ始めるのは時間の問題で──耳に届いて初めてその声の熱に気が付いてしまった僕は、これ以上の失態から逃れるため慌てて口を押さえるのだった。
 けれどその手はなまえさんの意には沿わなかったようで、結果待っていたのは「隠さないでよ」という言葉と先程以上の激しさだったのだから……ああ、もう目も当てられない。

 愛おしい相手の口に決して綺麗ではない筈のそこを含ませて、ただ快楽を貪ろうとすることの浅ましさ。
 知った時にはそんな行為にすら"愛"という言葉を当てがい成立させようとする人類にただただ呆れを覚えたものだが、いざ当事者となってしまえばそんな感想を持った過去の自分こそが愚かだったと認めざるを得ない。
 絶対の急所である性器を無防備に曝け出し、まして凶器に成り得る他者の歯列の間に預けることなど余程の信頼がなければ出来ないだろう。そして、敏感な口腔に他者の性器を招き入れ舌を這わせるなんてことも、やはり余程の思いがなければ難しいだろう。ならば確かにこれは愛を感じ合う行為に違いない。
 そしてそれを実感することは……事実、目眩のするような肉体的快感と、それ以上の精神的な喜びを僕に与えてくれるのだ。この人類ですらない(けれど他の何と呼べる種族でもない)僕がまっとうな人類である貴女を愛し、その上確かに貴女からも愛されているのだと自惚れることが出来るということが、いかに得難い幸福か。

「ツェッド……くん……っ」

 熱い吐息に乗って、湿った音が零れ落ちる。先も、裏側も、側面も、更には根元まで……小さな口いっぱいに僕のそれを含み、懸命に舌を這わせ、時に喉の奥まで深く深く飲み込むなまえさんの姿は健気でいやらしくて目が離せない。目尻に涙を見つけた時はぎょっとしたけれど、夢見心地に蕩けきった眼差しに気が付いてしまえばその涙が苦痛によるものではないことなど明らかだった。
 何を隠そう、ただでさえなまえさんという人は口内が弱い。普段の食事の時も、口に含むという行為自体と食感を結構な割合で楽しんでいるらしいこの人の唇は、いつだって貪欲だ。
 唇を合わせればより深く長くと求めてくれるのはいつものことだし、舌を絡めてどこまでがどちらの舌で唾液で熱なのか分からなくなる程混ざり合うことも珍しくはない。互いの温もりを愛おしみ抱き合えば、剥き出しの肌のあちこちに当たり前のようにキスの雨を降らせてくれる。ちゅっと軽くついばむものから、強く吸い付くものまで様々で──時折軽く歯を立てられたり、舐められたり。そして特に、深く繋がった時は尚更、そこが確かに性感帯なのだと実感するのだ。この指の先を飾る硬い爪が彼女を傷つけてしまうのでは……と恐れる僕の躊躇なんてあっさり跳ね除けて指を咥えた彼女が、紛れもない快感に表情も身体もどろどろに溶かしていく姿を目の当たりにするのは一度や二度のことではなかったし、前後不覚の快楽の最中ではその性癖は益々顕著だった。更なる快感を求める為か、或いは本能というものだろうか。見れば見るほど、知れば知るほど、なまえさんの食事に対しての貪欲さに繋がるものがあると思わずにはいられない。
 つまり、だから今こうして僕の性器を含み僕の漏らす低く小さな声に嬉しそうに眼を細めるなまえさんは、確かに僕の反応を楽しんでいることもあるのだろうけど、それと同じくらいに、いや、或いはそれ以上に彼女だってちゃんと気持ちよくなってくれているに違いないとわかるから──こんなにも素直に全身で僕を求めてくれる恋人の姿に、いつだって胸の内が沸き返りそうになるのだ。


 こんなに頑張ってくれているなまえさんに感謝を伝えたいのと、こんなに気持ちよさそうになってくれているなまえさんにもっと気持ちよくなってもらいたいという思いで、僕はすべすべの彼女の身体に手を滑らせた。
 柔らかく揺れる二つのふくらみの先端は既に固く尖っていて、ここもまたこの行為が一方的な奉仕ではないと主張してくれているようで嬉しくなる。ふわふわの乳房の重みを楽しみながら、いつものように周囲を撫でつつ水かきで引っ掛けるように乳首を弄ったり、時折きゅっと摘んだり、或いは爪の先でピンと弾いた時の反応を思い出してそっと指先に力を込める。さあなまえさん、もっと僕を感じて下さい。もっともっと夢中になって欲しいのです。もっともっと甘い声を聞かせて欲しいのです。
 ──けれども、より深い快感を彼女にもたらそうとしたその手のひらは、明確な意思を持って身体を捻られたことによってあっけなく剥がされた。

「え」

 ここにきてのまさかの拒否に思わず声をあげれば、眉間にしわを寄せたなまえさんがじろりと僕を見上げる。勿論、彼女の口には相変わらず僕のあれが含まれているわけで……つまりなんと言うか、上目遣いってとんでもない破壊力だと思い知った。その上、口に含んだままもごもごと話し始めるのだから勘弁して欲しい。何を言いたいのかと耳を澄ませる前にまず心臓の音が邪魔をするし、とりあえず気持ちよすぎてそれどころじゃなくなってしまうんですけど!という僕の内心の訴えに果たしてどこまで気が付いてくれたのかは定かではないけれど、しぶしぶといった様子で口を離したなまえさんはやっぱり眉間にしわを寄せたままぷうと頬を膨らませた。どうしよう、不安に思わないわけではないけれど、可愛過ぎてやっぱりそれどころじゃない。
「今は、こっちをいっぱい感じたいの」
 言葉足らずな一言を補足したのは、意味深な視線と器用な指先だった。さわさわ、なでなで。
 要は、口元への集中を乱さないでということらしい。けれどボードゲームやトレーニングでならまだしも、まさかこの状況でそんなことを望まれるとは思いもしなかった。嬉しい。それは勿論嬉しいけど、でも。
「……あの、その、そんな熱心にしていただくとその……あまり余裕が……」
「ああ。うん、嬉しいし、そういうの大歓迎! 我慢しないでくれて大丈夫」
 このままの勢いだと程なく貴女の口の中で限界を迎えてしまうわけで、と非常に言い難い意味合いのことをもごもごと口にしたところ返ってきたのはある意味予想通りの言葉だった。けれど、だからと言って「ああそうですかではお言葉に甘えて」なんて頷けるわけもなく、「さすがに貴女の口内に体液を吐き出すのは今までとは比較にならない程にハードルが高いんですけれど」との思いを込めて首をぷるぷる振るしか出来ない。それに、あれはそもそも口に出すようなものじゃないですから。だって、臭いだって人体から放たれたと思えないようなものですよ。どう考えたって、味だって普通じゃないですよ。
 ただ単なる卑下とは違って、あくまで常識を常識として説いたつもりだった。だというのに、だというのに!

「言ってるでしょ、"食べちゃいたい程"好きだって──ツェッドくんでお腹いっぱいになりたいなぁ」

 だから、ねえ……なんて甘ったるい声で囁かれて、その上ねだるように唇を寄せられては、ギリギリの淵から手繰り寄せて繋ぎ直した正気なんて呆気ないものだ。
 "お腹いっぱい"だなんて、全くなんて無理難題を。僕を干からびさせるつもりですか。いや勿論、嬉しいですけど……嬉しいんですけど……ただむしろ貴女が言うと比喩に聞こえないどころか、本当に食べられそうな気がするんですが……なんて突き詰めようとすればする程どんどん甘さをなくしてしまいそうな思考は端から排除して、歯を食い縛る代わりにシーツをぐっと掴む。


 ああなまえさん──誰にも見せたことのない、僕自身知らなかった姿を曝して──貴女に溺れることを許してくれますか。



(2015.06.24)(タイトル:銀河の河床とプリオシンの牛骨)(ベタな台詞は女の子側に言わせ隊)
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