■ 下

 なんだかんだと酒場で話す機会が増えて、なんだかんだと二人で飲みに繰り出すことも多くなって。
 なんだかんだと線引きもあやふやになってきた気がしたので、この度ついに思い切って、思いを告げてみることにしたのだった。


  ***


「俺は、きっと、お前が望むように振る舞ってやれねぇぞ」

 今日も今日とて、たっぷり飲んだ帰り道。
 私の告白を受けた男は一瞬驚いた顔をして……そして。夜目にもわかる程、苦しそうに顔を歪めてこう応えた。


「お前も聞いているだろう。俺は大切なものを守れなかった……」

 グレッグの奥さんと娘さんの話は、義勇軍の誰もが知っている。彼が戦う目的であり、理由であり……。そして、その一件があったからこそ、彼がこの義勇軍というある種の疑似家族のような集団に、特別な思い入れを持っていることも承知の上だ。
「あいつらへの思いが、俺を生かしている。あいつらの仇を打つために、俺は戦い続けることを選んだんだ」
 その口から出る言葉は、決して私の望んだ言葉ではなかったけれど、予想出来たものではあった。ああ、やっぱりだめか。多少距離が近くなったからといって、彼が今なお愛する死者には、やはり適いようも無かったか。

「俺の全てはあいつらのもんだ。お前の気持ちは嬉しいし、正直、悪い気はしねぇ。お前のことを……その、魅力的だと思うのも、確かだ。……だが、俺は妻を愛したように、お前に接するわけにはいかねぇんだ」

 そんな苦しそうな顔をさせたいわけではなかったのに。笑い飛ばして逃げることも出来るのに、真摯に言葉を紡いでくれる男に、胸がぎゅっと軋む。

「だから俺は、結局お前の好意をいいように利用しちまうことになるだろう。便利に扱って、お前を傷つけちまうことになるだろう。だから……」
「それでも、何もないよりはましだと思うの」

 予想だにしないグレッグの言葉に、気が付けば口を挟んでいた。「攻めるなら、ここしかない」と私の本能が告げている。女としての私に、それでもいくらかは勝算があると言ってくれているのなら、それだけで僥倖だ。充分、活路はある。
 私が欲しいのは、二人でいる時間。彼を独り占め出来る肩書と、彼の傍にいられる現実なのだから。

「こんな世の中よ? 毎日毎日魔物は現れるし、街中だって安全とは言えないし。しかも、私たちは義勇軍。正直、いつ死んだっておかしくないんだから。……だったらせめて、今この目の前にあるチャンスくらいは掴まなくちゃ、勿体ないじゃない」
「おい……」
「気休めだろうと、逃避の道具だろうと、構わないと思う程に今の私はグレッグが欲しいの」

 一夜の人肌を求めて花街に繰り出したり、寄って来る商売女を相手にするくらいなら、私に触れればいい。
「別に、あなたの中の、奥さんや娘さんの場所を侵す気は最初から無いって。大事なものがあるあなたに惹かれたんだもの……ただまあ、我儘を言うとするならば、義勇軍の中では私だけにして欲しいくらいなもので」
 悪戯っぽく笑って見上げれば、グレッグは呆気にとられたようにこちらを見つめてくる。
「お前、どうしてそこまで……なまえだったら、引く手数多だろうが」
 あらまあ、随分と高く買ってくれたものだ。実際は、美女揃いのここではすっかり埋没してしまう程度ですがね、なんて余計な補足はせずにさくっと流す。
「それでも、私はグレッグが良いの。もうずっと、ここに来て初めて戦闘に参加した時から、ずっと……」

 正直、ここまで言って振られたら、もう今後どんな顔で接すればいいのかわからない。それくらいに、捨て身だった。

「だから、私と――」
「ああもう、違ぇ。そういう話じゃなくてだな。いいからちっとは黙って聞けって」

 はぁと大きなため息と共にくしゃりと髪をかき上げて、グレッグが声を詰める。

「……だからな、お前みたいな女に、好意を示されてその気にならないわけねぇだろうが。だがな、俺は俺全部でお前に応えることは出来ねぇんだ。つまりだな、その、あーもう、一度しか言わねぇからな」
 グレッグの視線は、いつの間にかまっすぐに私に向かっている。

「あいつらの事を大事にしたままで、お前に触れてぇ。狡いと思うし、酷えって自覚もある、ロベルタの奴にもお前が可哀想だと散々なじられた」

 ちょっと、ロベルタってばそんな事一言も言わなかったけど。なによそれ。ちょっと詳しく聞きたいんだけど。

「だが今の俺には、記憶の中のあいつらも、目の前のお前も、どちらも大事で……手放したくねぇんだよ。……ああ、勝手な男だよ。だからな、今なら見限ってくれていい。けれど……もし、こんな勝手な男でもいいって言うんなら……俺はもう、遠慮はしねぇ」
「え、気にしないって言ったじゃない」
「だから黙って聞けって。これでも、酷ぇ男なりに、どう口説くか考えてきたんだからな」
「え、口説いてくれてるの!?」
「だああもう、ったく、台無しじゃねぇか! そうだよ口説きにかかってんだよ。お前に押されっぱなしじゃ男が廃るからな!」

 見上げたその顔が、うっすら赤い気がするのは声を荒げたからだろうか。照れていると見えるのは私の願望だろうか。


 差し出された手をおずおずと受け入れると、そのまますっぽりと腕の中に包まれた。
 おいおい、まさかこう来るのか。突然の包容に心臓が跳ねる。
「ちょっ」
「今度こそ、俺が守ってみせる」
 上擦った声は、振ってきた言葉に掻き消された。その低く響く声のあまりの痛々しさに、私も常を取り戻す。
「……ありがとう。でも、大丈夫よ。なんたって私、なかなかに強いんだから。グレッグに守られるだけじゃない。横に立てるくらいの実力は、持ち合わせているつもりだし」
 にっこりと笑って見上げれば、グレッグの目が大きく見開かれる。

「だから、一緒に、みんなを守ろうね」

 貴方の胸の中の人たちに、為り替わろうなんて思いはしない。
 男の中の核に据えられた死者と、同じ土俵で張り合おうとしたところで不毛なだけだ。ならば、生者は生者らしく、共に在ることができる強みを生かすのみだ。私には、私のやり方があるのだから。

 抱きしめる腕の力が増すのをうっとりと受け入れながら、今度こそ私はゆっくりと目を閉じた。



(2014.02.11)
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