■ 愛の聖人の日

*「愛の聖人の日」=ユグドのバレンタイン
 (愛する人や親しい人に、愛情・感謝の気持ちを込めてお菓子を贈る日)(2014年バレンタイン期のイベント紹介より)



 ぱたぱたと自分に駆け寄ってくるなまえの姿は、何度体験しても変わらずグレッグの心を温める。
「ねえねえ、今日も飲みに行くの?」
「ん……まあ、そんつもりだけどよ」
 どうかしたか?と聞き返すグレッグに、なまえは顎に手を当てて視線を返した

「んー。まあいいんだけどねー。ちょっと早めに切り上げて、私のとこで一緒に飲めたら嬉しいなぁ……なんてね」
 ね?と見上げてくる瞳はきらりと輝き、口元は悪戯っぽい笑みを形作っている。きっとまた、何か思いついたのだろう。この手の誘いを断ったところで、なまえは怒ったり拗ねたりはしない。だが、可愛い恋人のこんな誘いよりも酒場を選ぶ理由こそが"ある筈が無い"。
「勿論いいが……つーか、そんなら酒場にゃ行かねぇぞ」
 最初っからお前と飲みに出かけるか、部屋で会う方がいいだろう。
 そう提案するとなまえはぶんぶんと手を振った。
「いいのいいの。行くつもりだったんならいいの。せっかくだし、酒場に顔出すのも楽しいと思うし。でも、できれば、あっちに顔出した後は、早めに私のとこに来て欲しいなって」
 と言われても。なにせ馴染みの連中ばかりが集う酒場だ。自身も常連であるなまえは、グレッグがすぐに帰路に着けないことも充分知っているだろう。だったらやはり二人で行く方がいいのでは。疑問符を浮かべれば、にやりと笑みが返ってくる。

「部屋で、お土産いっぱい期待して待っていますので」

 遠慮しないで、総ざらいする気でいってらっしゃいませ、と意味深に言われても、グレッグには何の事だかさっぱりわからない。いや、そういえば、朝から随所で話題になっていたことがなかったか……?

「…………ああ、あの日か。つーか、俺がどんだけ貰えると思ってんだお前は」

 そういや今日は"愛の聖人の日"だったなぁと、恋人の意図に気が付いたグレッグは苦笑を浮かべる。

 愛情や感謝の気持ちをチョコレートやクッキーなどの"菓子の贈り物"で表現しようというこの日は、恋人同士や友人同士は勿論だが、それ以上に片恋の心を告げる日として定着している。
 義勇軍内でもそわそわとしたムードは漂ってはいたが……生憎、この日に一喜一憂するほどにグレッグは若くはない。

「自慢じゃねぇが、昼間だって律儀に配り歩いてるような菓子しか貰えてねぇぞ」
「ああ、配ってる人もいるね。そう言えばミシディアも張り切ってたっけ……。まあ、酒場でもなんかイベントやってるだろうし、いつものメンバーなら何個かくれるじゃなかな」

 だから楽しんでいってらっしゃいねーと笑うなまえこそ、とても楽しそうだ。

「つーか、仮に俺が貰ったとして……おい、仮にだぞ。仮に、万一、本格的なのがあったとして、お前嫌じゃねぇのかよ」
「本命ってこと? ……んー、そりゃあ確かにライバル出現は望ましくは無いんだけれど……でもまあ、グレッグってば実際凄くいい男だし。まあ、今日という日に渡されたチョコくらいは大目に見ようっていう余裕はありますよん」

 さらりと口にされたいい男という単語がくすぐったい。まったく、そんなことを言う奴はお前ぐらいだとグレッグは口に出さず思う。そして、そんな彼女の余裕の素振りと向けられる笑顔がまた、なんだか悔しいような、気恥ずかしいようなむず痒い感情を呼び覚ます。

「……で、そんな余裕の発言が出るってことは、お前からのには期待してもいいんだよなぁ」

 せめて、一矢報いてみようか。
 そう思ったグレッグは、出来るだけ甘く淫猥に聞こえるようにと捕らえた耳に向かって愛を囁く。そして"とどめ"のつもりで、柔らくひんやりとした頬に手を当てて顔を寄せれば、狙い通りなまえの頬は見事に染まった。同時に、鍛え上げられながらも女性的な肉感も併せ持っている身体がびくりと震えて固まったことに気付いてグレッグの笑みはますます深くなる。
 前言撤回。やはり、あれっぽっちで"とどめ"になんて出来るわけが無い。素直な反応に気を良くしたグレッグは、もう少しだけ悪戯心を解放する事にした。
 もっとなまえを楽しもうと、綺麗で強くて何よりとても可愛い恋人の唇へと、ゆっくりと指を動かす。そして、薄く紅の塗られた柔らかな唇を、無骨な指でそっと撫でて……ゆっくりと、手を離す。それだけで、なまえはより赤くなって、もう駄目だとうめき声を残してしゃがみ込んでしまった。
 伏せた頭から覗く耳もうなじも見事に赤くて、そのひどく愛らしい姿にグレッグは感動を隠せない。
 こんなに可愛い女が、こんなに自分を好いている。自惚れるには充分過ぎる程、なまえの口と身体はいつだって素直に好意を告げてくる。


 務めを終えた仲間は殆どが先に行っていたが、今もちらちらとこちらを窺う視線は一人二人ではない。見ようによっては口づけ以上に手管に長けた振舞いに、我関せずを装っていた何人かが息を呑んだことなど、けれども二人には関係のない事だった。


「もう……突然そういうの、ずるい」

 赤く染まった顔の熱を奪うように隠すように、頬に手を当てて恨めし気にグレッグを見上げるなまえ愛らしさに眩暈すら覚える。決して初心なわけではない筈の恋人は、時に驚く程に大胆かつ扇情的に振る舞うくせに、逆にこの手の事にこそ少女のようによく照れるのだ。
 昼は淑女、夜はなんとやら……というやつか。
 弛む口元を抑えられないグレッグに、さらになまえは唇を尖らせる。
 すまんすまんとグレッグが手を差し伸べると渋々といった様子で、けれどしっかりと柔らかな手が重ねられた。その仕草がいちいち可愛らしくていじらしくて、ぐいと引いて立たせる際に支える振りをして腰に触れ、抱きしめるようにさりげなく力を込める。

「やっぱり、今日は酒場はやめとくわ。だから……メシが終わったらすぐ、お前のとこへ行きてぇ」
「……もう、しかたがないなぁ」

 ただでさえ可愛い恋人の、こんなに可愛い姿を見せられ続ければ男としては堪らない。酒がなんだ酒場がなんだ。イベントだって知った事か。今夜こいつを存分に可愛がって甘やかすこと以上に、大事なことがあるだろうか。


  ***


「ねぇ、ちょっと。ツカム、フィーナ、今の見てた?」
「はい。……前々から思っていましたけど、グレッグさんって、なまえさんが絡むと凄いですよね。軽薄さとは違う、こなれた感じが漂っていました」
「あーフィーナってば顔赤い! 」
「なっ、だってあんなの見たら!」
「まあねぇ。なまえがグレッグとって聞いた時にはびっくりしたけど、なんだかんだでお似合いだよねぇ。別に外でキスしたり見せつけてたわけでも無いのに、いつの間にかしっかり公認の関係だし」
「……今のは思いっきり"二人の世界"だったけどなぁ」
「でもほら、キスはしてなかったじゃん。まあ……それが逆にえっちいよね、あの二人の場合は」



(2014.02.11)
[ / 一覧 / ] 

top / 分岐 / 拍手