| ■ 3 二杯目の蜂蜜レモンをテーブルに置くと<冷血>が嬉しそうにした……ように見えた。 「……ありがとう。気になるとこはあるし、いいのかなって気もするけど、色々教えてくれたのは凄く嬉しい」 出来れば本人の口から聞きたかったというのは、知った今だからこそ思える贅沢だ。あのまま気持ちを知らずに過ごせば、どれだけの切なさに身を焦がすことになっていただろう。いや、きっと身を焦がすどころか……独り相撲に疲れてしまって<冷血>の読み通りにそのうち諦めてしまっただろう。 「まあ、せいぜい頑張れ。逸人は只でさえ経験が無く色々と面倒だろうが、その分好意を持たれていると期待させればちょろいぞ」 「さっきは、わからないって言ってなかったっけ」 「あれは目覚め際に好意を告げた場合だろう。やるからには、もっと上手くやれということだ。逸人は、好意に慣れていないからな」 目を細めて笑うその身体は派出須くんのものだ。 中身が違うと分かっていても、思わず見惚れてしまう。 「なんか今日、凄く<冷血>さんに優しくしてもらっているなあって思うのは、気のせいじゃないよね」 「逸人と相思相愛になれる相手など、次にいつ現れるかわからないからな。……逸人は、守る者がいる方が張り切る傾向にある。伴侶がいた方が、餌場として具合が良いのだろうというだけだ」 それは嘘ではないかもしれないが、百パーセントの真実でもないだろう、という気がする。 何度か見かけた彼の大事な生徒ちゃんの長髪少女といい、彼に好意を向ける女は決して多くは無いだろうが、いないわけでも無い。そんな私の思考は、どうやらそのまま顔に出ていたらしい。 「『相思相愛』と言っただろう。それに、どうせならお前が相手の方が俺も都合が良い」 「……はて、どういう意味でしょう」 前後どちらの言葉に対しての問いかと言われれば、両方に対しての問いだった。口角を上げた<冷血>は、そのことに当然気づいている筈なのに、前半には触れてくれない。 「今日、俺が逸人と代わったことに気が付いたお前は何をした?」 愉快そうに口にされた言葉に思い返すも、特筆に値するような心当たりはない。間抜けな顔で記憶をたどる私に付き合う気は無いらしく、あっさりと言葉は続けられる。 「餌場の伴侶に媚びる気など更々無いが、いちいち騒がれ邪険にされるのも面倒だからな。きゃんきゃん喚く女より、お前のような女の方が楽だ」 ……拭えない違和感に、また私は首を傾げる。騒がなかったからと言われても、これが答えとしては正確ではないことくらい、さすがに気が付く。 だってそもそも、最初に優しい声をかけてくれたのは<冷血>の方だし。私の反応を理由に挙げるのは順番がおかしいのではないか。けれど<冷血>はそれ以上は応える気は無いようで、送った視線はあっさりと躱された。 「さて、そろそろ俺は戻るが……お前は、どうする?」 「へ?」 「どうせ逸人は朝になるまで起きない。腕枕でも仕込んで驚かせるのも一興だろう」 おお、<冷血>ってば意外とおちゃめさんでもあるらしい。 「えーと、大変に魅力的なお誘いだとは思うけれど、現状で派出須くんと眠るのはなかなかにハードルが高く……っていうか、本人より先に<冷血>さんと同衾っていうのはさすがに……。私はもうちょっと飲んでるんで、どうぞ先にお休みください」 芝居がかった身振りでベッドを勧めると、そうか残念だと<冷血>が立ち上がった。まったく。心臓に悪い冗談にも程がある。そのまま派出須くんの身体はベッドに潜り込み、目を閉じ……ふっと力が抜けたように見えたと同時に、彼を取り巻く雰囲気が変わった。 こうもはっきりと見せつけられると、さすがに驚く。 耳を澄ませ、かすかに聞こえる寝息の存在を確認して、そこまでしてようやくひとまずほっと息が吐けた。これで今度こそ、私一人の時間だ。さてと呟いて鞄を片手に洗面台へと向かう。泊まるなら泊まるで、女性には用意というものがあるのである。 「<冷血>さんかぁ。……会えてよかった、かな」 目の当たりにした派出須くんの病魔は、派出須くんから聞いていたのとは随分雰囲気が違っていた。これこそまさに百聞は一見にしかずというアレか。おまけにその<冷血>に応援されていて、かつ脈ありのお墨付きまで貰えたというのだから……ああ、鏡に映る顔がにやけるのを止められない。 思っていたよりずっと明るいものらしい恋の行方を思えば、どきどきと鼓動が高まる。 「さて。あんまり追いかけても空回りしそうだし、ここは気長に『相思相愛』を目指しましょうかね」 とりあえず今夜は、当初の予定通りに眠る横顔を肴に夜を越すとしよう。 洗面台を後にした私は、そのまま手元の缶を飲み干して、替わりに手近なグラスに濃い目の水割りを作ってベッドへと向かう。 まだまだ、夜は明けない。 (2014.03.19) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |