| ■ 4 「……へ!?」 翌朝、いつもの時間に目を覚まし、それからああ今日は休みだったと息を吐いた青年は、そのまま何気なく視線を動かし……そこでぴきりと動きを止めた。 ベッドに凭れ掛かるようにして眠っているのは、見間違えようもない。焦がれて止まない想い人だ。 微睡みなど一瞬で吹き飛び、必死の形相で靄の向こうの記憶を手繰り寄せる。そうだ、昨夜はなんと部屋に呼ぶことが出来て、お茶を飲んで、色々作ってもらって、お酒も飲んで……で、僕がベッドで寝ていて、なまえさんがそこに座って眠っていて……? どうしてそうなったかは置いておくとして、失態を犯したことだけは確かだ。だってそもそも、ベッドに入った記憶すらない。けれど彼女がここにいて、自分だけはベッドに横になっていて。となれば見事なまでにみっともなく酔い潰れたことだけは間違いない。 「す、すみませんなまえさん! 起きて下さい! そんな姿勢じゃ身体が痛くなる……」 「……ん、ああ、寝ちゃったんだ。おはよう派出須くん」 うーんと息を吐いて伸びをした彼女は、固まった身体に目を顰めながら肩や首を回し、続けて眠りが足りないというように小さく欠伸をした。そんな姿に可愛いなぁ……と目を奪われた後、我に返り慌ててベッドから跳ね出る。 「すみません、本当にすみません! なまえさんを置いて寝てしまうなんて! しかも床で寝かせてしまって! さあ、どうかそっちでゆっくり休んで!」 「あはは、そんなに気にしないでいいよ。私の方こそ、遅いからって勝手に泊まっちゃってごめんね。でもおかげで助かったわ」 パタパタと手を振り笑うなまえの様子はいつも通りに明るく優しくて、失態だらけの自分が見限られていないことにほっとする。それと同時に、そんな優しいなまえにこそ一刻も早く身体を休めて欲しいと気が焦り始める。 「その姿勢じゃ休んだことにならないよ。身体も固まってるだろうし……ほら、とりあえず少しでも、横になって休んで」 「そんなに言ってくれるなら、ちょっとだけ使わせてもらおうかな」 もぞりと布団に潜ったなまえに安堵する。 はぁぁと顔を伏せた先で、くすりと笑う気配があった。 「どうしたの?」 「ほら、まず姿勢の話をしたでしょう。そんなに必死でベッドを勧めるなんて、さすが先生だなぁって。なんだか派出須くんの生徒になったみたいで新鮮」 くすくすと笑うなまえにさりげなく必死と言われてしまい、今更ながらに自分の慌て具合を自覚する。せっかく戻りかけていた頬がまたも熱を持ち始めたことに気づいているのかいないのか、彼女がとどめの一言を放つ。 「ああでも、保健室のベッドはこんな風に温かくはないか」 今度こそしっかりと赤面するしか出来ない。そうだった。ただただ慌てて勧めていたけれど、そこはいつもの保健室のベッドでは無く今まで自分が寝ていたところだったのだ。当然自分の熱や汗や体臭が……ああ、けれど今から出て下さいと言うのも……いや、せめてシーツくらいは換えるべきでは……。 ぐるぐると回転する思考を現実に引き戻してくれたのは、やはりなまえの声だった。 「ねえ、派出須先生」 聞き慣れた呼び名だが、当然ながらなまえの口から聞くのは初めてだ。 慣れている筈なのに、相手が違うというだけで違和感が胸の鼓動を速める。落ち着かない。 「なまえさん?」 「派出須先生、せっかくだし、派出須先生も一緒に寝ちゃいましょうよ」 「はい!?」 「ほら、今の私は可愛い可愛い派出須先生の生徒ですよー。愛しの生徒のお願いに、優しい先生は応えてくれますよねー? まさか、ここでひとりで寂しく寝ろだなんて突き放しませんよねー? ねえ先生、お茶にお菓子まで用意しちゃう先生ですもんねー?」 くすくすと笑うなまえは、まだ酔っているのだろうか。 甘美で意地悪な申し出は「はいそうですね」と頷いてやるには随分とハードルが高い。 「えっと、その、なまえさん? 僕はさすがに生徒に添い寝は……いや、勿論そんな事を言われるわけも無いのですが。でも、仮に、万一そんな申し出があったとしても……まあ、その、藤くんたちならば別ですが女生徒には、やはり……!」 「もう。そんなに必死に嫌がらなくてもいいじゃないですか。傷付くなぁ」 「そんな、決して嫌がっているというわけでは……!」 「ふふ、ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたかな。えーっと、じゃあ、飲み過ぎで倒れてまだまだ休み足りなそうな"派出須くん"に向けての提案をひとつ」 「え?」 「せっかくお互い休みなんだし、一緒にもう一眠りしよう」 ふわりと布団をまくり上げ、おいでおいでと招くなまえは有無を言わせぬ満面の笑みである。 ちなみに、言っている内容も先ほどと何ら変わってはいない。ここまでくれば、さすがに遊ばれていると気が付こうかというものだ……意識して、少し低い声を絞り出す。 「あんまり人をおちょくってばかりいると……後悔することに、なるかもしれないよ」 「……そこは、『後悔させてやる』か『後悔することになるぞ』って断言しないと。もう、肝心なところで押しが弱いんだから。そんなんだから舐められるのよ」 「え、駄目出し? そこで駄目出しがくるの? ねえちょっと、なまえさんってば何の話をしているの!?」 「えーやだなぁ、そんな困った顔で見ないでよ。ただ、私がベッドを使わせてもらったら派出須くんはどこで休むのかなぁ、休むとこあるのかなぁ、って気にしているだけ」 「僕は別に床でも……」 「えー? でもそれじゃあ、派出須くんの姿がここから見れないじゃない」 「なっ! ……いや、じゃあ、なまえさんが寝付くまでここでこうして居るから」 「ならいいかなぁ。なーんて、でももしそのまま派出須くんも寝ちゃったら、それこそ身体痛めちゃうよね。さっき自分で散々言ってたのに」 「それは……」 何を言っても余裕の笑みで自信満々にぽんぽんと投げ返す彼女には、まるで適う気がしない。けれども、やられっぱなしだとしても、こんな風にじゃれ合うのはとても楽しい。 困った顔をしてみせながらも、ひび割れた身体の奥では心がずっと踊っている。この風貌や体質を恐がるでもなく、けれど逆にずかずかと無遠慮に踏み込むこともせず、憐れむでもなく慰めるわけでもなく、一緒にいて楽しいのだと笑ってくれる姿が目の前の孤独な男にどれほど眩しく映っているのか……この人は気付いていないのだ。 尤も、こうしてこっそりと焦がれている自分に気が付かれてしまった日には、きっと立ち直れないのだけれど。 (2014.03.21)(でも実は冷血に全部バラされているという……) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |