| ■ 5(完) 君と僕が話していて、君が笑っていて、僕も笑っていて。そんな時間は、とても幸せだった。 いつもの部屋に君が居いるだけで、ここが自分の部屋じゃないように素敵に思えた。 けれど、楽しい時間はそういつまでも続きはしない。 「さぁて、あんまり苛めるのもよくないかな……ってことで、そろそろ失礼するわ」 「え、そんな。結局寝てないんじゃ……」 「横にならせてもらったから楽になったし大丈夫よ。ぱぱーっと帰って家でのんびり休むから、派出須くんもせっかくの休日を満喫して下さいな」 ベッドをありがとうと言うが早いか素早く抜け出た身体が横を通り過ぎていく。ポーチを片手に水場へと消えた彼女が出て来た時には、すっかり支度は済んでいた。 *** 「昨夜は本当にありがとう。よかったらまた、呼んでね」 「……本当にもう、帰っちゃうの?」 口をついて出た言葉は自覚していたよりずっと心細い響きをしていたのだと、彼女の顔で気が付いてしまう。直前まで笑みの形に細められていた瞼はぱっちりと見開かれ、慌てたように自分を見つめている。 自覚から数秒遅れて羞恥心がやってきた。ああ、と思う間もなく頬が熱くなる。どうしよう、大変に気まずい。どうしてあんな言葉を口にしてしまったのだろう。らしくない。不思議に思ってみても、今更もう遅過ぎる。行かないでとかもっと居てとか寂しいとか、保健室では生徒たちを相手に言い慣れている筈だった。けれど、きっと今の言葉がいつものそれらとは異なる意味合いで響いたことくらいは幾ら鈍くても理解できてしまう。 どう思われただろう。これ以上彼女の視線を感じることが怖くて、目を伏せる。今の発言を、藤くんやアシタバくんに対しての言葉の様に受け取り聞き流してくれと願うにはどうしたって無理がある。 どうにかしてこの場をやり過ごそうと、ドキドキと煩い鼓動の中必死に言葉を探すも、見つからない。 だって、そんな言い方で、引き止めるようなことを言える間柄ではない。だって、たまたま、本当にたまたま、昨日はうちに来てくれただけで。なのに、どうしよう。ああ……今なら笑ってごまかせるかな。 そうだ、なんでもない振りをして、普段通りに…… 「え……っと、あの、今のは……別に……」 「……派出須くん、私ね、多分そろそろお腹が空くんだけれど」 「へ? え、え?」 「帰り道にその辺でさくっと食べようかと思ったけど、誰かと一緒にゆっくり食べるご飯っていうのも、いいよね」 吸い寄せられた視線の先には、訝しむでもなく、迷惑がるでもなく、いつもと変わらない微笑みを浮かべる彼女がいた。 その姿と先ほどの言葉が結び付かずに凝視を続けていると、コホンと軽い咳払いと共にちらりと上目遣いが発動される。その口元には小さな笑み……さすがにここまで重ねられれば、優しい彼女がくれたこの"きっかけ"にも気が付こうというものだ。 掴んでいいよと差し出された手をこの期に及んで逃すような間抜けなことはしない。 「その……なまえさん、よかったら、もうちょっと居て、一緒にごはんにしない?」 うちで……と室内へと顔を向け、はたと気が付く。 「……あああ、でも何もないかも。えーと……どうしよう、どこか食べに行こうか」 間抜けな展開にはしない筈だったんだけど、そう上手くは決められなかった。 けれど、よくやったと言うように笑ってくれたから、いいんだ。 揃えられた靴の出番は、もう少しだけ後にしてもらおう。 (2014.3.21) 実は冷血も、ちょっとずつ変わっていたのですよというつもりで。 好意や感謝を食べて派出須先生を孤独にする反面、保健室組との交流により、「"特定の誰か"が居た方がより具合がいいんじゃないか?」とある方面に関しては咀嚼をセーブしていたのですよという夢設定。 [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |