| ■ 遭遇、三途川先生!? 「おっと、では、私はこのまま用具部屋に戻るよ。苗字さん、本当に今日はありがとう。休みの日に悪かったな。……また、何かあったら頼むかもしれないが……」 「もう、そんなこと言わず、いつでも呼んで下さいって。円先生からの呼び出しなら、超特急で仕事終わらせて、朝からだって駆け付けますから」 切れ長な目で見つめられ、盛大に張り切った返事を口にする。 ああ、今日も円先生は素敵だ。きっちり決まっている七三スタイルと、神経質そうな目がたまらない。けれどもう、どれだけ望んだところで、今の私がその目で蔑まれることも、嘆かれることも無いのだ。……学生相手とは違う態度が、嬉しいやら寂しいやら。 社会人になったと実感するのは、意外とこういう時かもしれない。 そんなこんなで、駆り出されたお手伝いを終え、敬愛する円先生と職員室の前で別れて数メートル。 そのままさあ帰宅しましょうかと廊下を曲がると、そこには大層派手な格好の美少女が立っていた。はて。校内でこの装いということは、演劇部か何かだろうか。 「こんにち──」 「保健室なら真逆だぞ」 こんにちは、という一言すら言わせてもらえなかった。 「……え?」 「保健室は、このまま後ろに真っ直ぐ戻って折れた先だ。もっとも、卒業生なら当然知っているだろうが」 謎掛けのような言葉の意図がわからず、とりあえず首を傾げる。すると、少女の表情は呆れたものになり、来たまえ!と真横の部屋へと引きずり込まれた。……って、あれ、この部屋って。 ──少女・校長室・恩師・年齢不詳・不思議── "彼"から聞いていた断片と現状が、脳裏で瞬時に結び付く。 「ああ、三途川さ……先生ですね!」 お初にお目にかかります、卒業生の苗字なまえですと教師用の挨拶をすれば、実際はどうあれ外見は愛らしい少女以外の何者でもない彼女は、ふむと呟き考える表情をつくった。 「……なるほど。確かに君の頭の回転は、なかなか立派なようだな」 「はぁ。けれどまあ、方程式を解くのには向きませんでしたが」 数式にロマンは感じるし、授業も大好きだったのだけれど、成績は芳しくは無かった。真面目なのに点が取れない生徒は、当時の円先生に随分と頭痛をもたらした……らしい。 「なまえくん。時に、今日はお仕事がお休みだそうじゃないか」 「そうです。そして、円先生の用件も終わったところです」 「よい返事だ。ならば、少し茶に付き合わんかね」 まあ、断る道理はないわけで。というか、彼女が噂に聞く"あの"三途川さんなら、この状態で断ることなど出来そうもないわけで。 *** さて。"彼"との会話の際は、「三途川さん」と言ってきたが、校内で本人を前にそれもおかしなものだ。ということで「三途川先生」と呼ぼうとするのだけれど、どうにも慣れない。途中で言いなおすこと三度目にして、呆れた声で三途川さんに言われた。 「やれやれ。君自身は私の生徒ではないのだから、『先生』と呼んでくれなくても構わない。呼びやすいように呼んでくれ」 そんなわけで、以後はお言葉に甘えて遠慮なく「三途川さん」と呼ばせてもらうことになった。 むこうは、どうやら私を知っている。私も、"彼"の話により、彼女のことは少しだけれど知っている。となると……話題は当然の如く"彼"のことになるのだった。ただその内容は、少しばかり予想とは違う方向を向いていたけれど。 「単刀直入に聞かせてもらうが、君にとって逸人くんとの関係はどういうものなのかな」 なんだろうこの二者面談は。いや、この場合は保護者面談なのだろうか。 「え、えーっと……この年になり巡り合えた貴重な仕事の絡まない友人と言いますか、良き飲み友達と言いますか……その……」 「ああ、すまない。これは上司としてでは無くてだな。つまり、聞きたいのは"恋バナ"というやつだ」 にやりと悪戯を仕掛けるように笑う三途川さんは、やっぱりとても可愛かった。 進展らしい進展も無い派出須くんとのこの微妙な関係について、人に話したことは無かった為こんな風に改めて詳細を語ることは新鮮だった。おまけに、この三途川さんというのがなかなかの聞き上手で、つい語る舌も滑らかになってしまうというものだ。 「ほうほう。つまり、部屋に行ったが何も無かったと」 「そうなんですよ。で、まあ結局、買い物に行ってお昼も一緒に食べて、それで夕方にはさよならですよ。キスも肩抱きも告白もなく、今もいたって綺麗な関係ですよ」 「まあ……逸人くんだからなぁ」 「そうなんですよねぇ……なにせ、派出須くんですからねぇ」 はぁ、と溜息が重なる。 「しかし、私の得た情報によると、君の恋は脈ありとのことだが」 「それは嬉しいです。実は私も、現状はそう悲観したものではないと思っていまして」 思わずにやける私に、三途川さんがほぅ、と目を見張る。 「失礼ながら、君は若くて健康体で見目も良い。その気になれば、他に幾らでも相手を見つけられるだろう。何も好き好んで、逸人くんのように面倒な人種に行かなくてもいいだろうに」 今度は私が、目を見張る番になった。 「失礼をお返ししますが……。彼ほど、面白くて格好良くて可愛い人など、そうそう見つかるとも思えません。せっかく芽生えた感情ですから、ここはせめてもう少し様子をみるか……せめて玉砕するまでは、大切に育ててみたいのですが」 「……それは、彼の体質や特殊な家庭事情を知っていても、かな?」 「はい。ってまあ、家族とか家関係については改めて聞いたことはありませんが……まあ、病魔との付き合いが長いことと、現状と、加えて後ろ盾が三途川さんって辺りで大体の予想は付いています」 「……それでも、思いは変わらないと」 「そうですねぇ。まあ、ひっくるめて私が逢って惹かれた派出須くんですから。この思いが叶って彼が私の腕に飛び込んできてくれるなら、思う存分甘やかして愛して愛されたい所存です」 自分でも、酒に酔っているのかと思う程に、つらつらと次から次へと言葉が出てきて驚いている。 私の言葉が終わっても、今度は三途川さんは何も言わない。訪れた沈黙が辛いと感じる寸前で、三途川さんの口元が大きく開いた。 「ふっふっ、ふふふふふふはは! いいだろう、私も君が気に入ったよ。その恋、この三途川千歳も噛もうじゃないか」 「あ、いえ。お気持ちだけで結構です」 下手に外野に引っ掻き回されると、ろくなことにならないというのは小学生だって知っている。 「まあまあ。そう遠慮するな。なに、私は嬉しいのだよ。あの逸人くんが惹かれた人間はどんなものかと思ったが……」 ちらり、と意外と鋭い視線が向けられる。 「ふむ。君相手ならば、面白いことになりそうだ。それに、例え傷付いても……傷口が膿むことは無いだろう」 ぼそりと付け足された言葉に首を傾げるも、それには答えてもらえなかった。 が、まあ、ひとまず二者面談は合格点をいただけたようだった。 *** 警戒を解かれたのか随分と居心地がよくなった空間で、その後しばし派出須くんのことを中心に取り留めのない話をして……気が付けば、窓の外ではすっかり日が暮れようとしていた。 遅くまで引き止めてすまなかったなと三途川さんに見送られて校長室を出ると、閉じた扉の向こうから最後の言葉が投げかけられる。 「おい、何度も言うが、保健室は逆方面だ。逸人くんなら、この時間もそこに居るぞ」 「ありがとうございます。でも、いいんですよ。お邪魔しちゃったら悪いし、気を使わせちゃうと思うんで。それに、無理に彼のテリトリーを荒らす気は無いんですよ」 声だけの彼女に、私も声を返す。室内にあの尊大な笑い声が響くのを確認してから、失礼しますと声をかけ玄関へと足を向けた。 やれやれ、とんだ休日になったものだ。 すっかり生徒の居ない校内を進み、靴を出し、踏み出し……動き出した足は、けれどもすぐにまた止まった。 「やあ」 「……え……どうしたの派出須くん」 まだ保健室に居る筈の彼が、なぜ下駄箱の陰からふらりと現れるのだろう。 「三途川先生から、お客様を送って帰るようにって連絡があってね」 待っていたんだとひび割れた顔で笑う姿は、相変わらず、とても、可愛い。そんな場合じゃないのに、つい、胸がきゅんと音を立てた。 「……養護教諭って、そんなことまでしてるの?」 「まさか。先生が言う『お客様』って多分、なまえさんだと思ったから」 何その勘の良さ。いつから派出須くんの病魔は<千里眼>になったんですか。 「やす……目の良い生徒がね、円先生と一緒に、何度か見たことのある女性が歩いてるって教えてくれて。ほら、なまえさん、前に円先生の手伝いで大きなイベント前によく来てるって教えてくれたじゃない。だからきっと、そうだと思って」 せっかくだし、保健室にも来てくれたらよかったのに。ああ、でも三途川先生に捕まってたなら仕方ないよね。 そう言って微笑む派出須くんに、先ほどの自惚れだらけの言葉が思い出されて顔がほてり始める。ああ、赤い顔がばれない時間で、本当に良かった。 それはそうと。 道中確認したところ、彼が三途川さんからの使いから指令を受けたのは、丁度あの部屋で先日の顛末を話していた頃のようだった。そう言えば、あの人が何度か窓を開けていた気もするが……まさか。 私の帰宅時間はどうとでも出来るだろうが、私が最後まで派出須くんに会わずに帰ることまであの時点でお見通しだったとは。なるほど、あれはつまり……。ようやく私は、最後のあの笑い声の意味を理解した。 (2014.04.04) 安田君はきっと、見覚えのあるおねーさまの登場に大変に危なく興奮して喚いていたのでしょう。 円先生のお手伝いってのは、きっと部活動などで使う機材の設置とか貸出とかそういう系。 [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |