■ ご飯を食べよう〜焼鳥編〜

 わいわいがやがやと賑やかな店内で、焦がれる男と顔を突き合わせて焼鳥を食べる。
 そんなロマンスの欠片も期待できないような状況に有ってなお、楽しめてしまう自分は年頃の女としてはもう駄目なんじゃないかと思う。
 思うけれど、美味しいものは活力の源なのだから、仕方がない。

  ***

「いらっしゃい! ……お、顔の怖ぇ先生じゃねぇか! 早速来てくれて嬉しいねぇって、なんだい、今夜は別嬪さんと一緒かい。先生もなかなか隅に置けねぇなぁ」
 にっこり笑う大将に、そっちの席へ座ってくれやと案内された角のテーブルに落ち着き、熱烈歓迎を受けた同行者を見つめる。
「派出須くん、ここよく来るの?」
「えっと……来るのは初めて、なんだけど……」
「先生にはこないだの運動会で世話になりましてね。さぁ、せっかく来てくれたんだ。どんどん注文してってくれよ!」
 派出須くんの答えを待つこともなく、焼き場からの声でなんとなくの経緯はわかった。
「そういえば、会場って常中だったね」

 生憎、ちょうどその頃は納期に追われて、昼も夜も無いような状態だったので。
 なんて言ってみたところで、ただのいいわけだ。たとえ暇だったとしても、今年も変わらず行く事は無かっただろう。そんな興味の欠片すら無い私の耳にも入るほどに、今年の運動会は違っていたらしい。それはもう、桁違いにぶっ飛んでいたらしい。
 ……本職か特技か、どちらにせよ派出須くんとしてもさぞ腕の振るい甲斐があったことだろう。

 おしぼりを広げながら、店内に目を向ける。
 商店街の一角にある、こぢんまりとした焼鳥屋。常連さんらしき一人客も多ければ、近所の人とわかる親子連れの姿もある。カウンターの端を見れば、並べてある酒の銘柄もなかなかに面白い。
 状況を確認すればするほど、これは美味しい筈と経験が告げる。
 ごくりと、喉が鳴った。


  ***


「あー、凄い。凄いよ派出須くん。すっごく美味しい」

 何度目かの感嘆の声を上げれば、焼き場で大将がにかりと笑う姿が見える。
 期待通り、いや、期待以上の焼鳥の数々に、食べる手も飲む手も止まらない。

「なまえさんは、焼鳥屋さんってよく来るの?」
「まあ、会社の近くにあるからね。時間が合う時にたまーにだけど。どうして?」
「なんか、慣れてるなぁって思って。注文とか、食べ方とか上手だし」

 笑う顔が可愛すぎて、心臓が跳ねた。
 というか、まさかこの年で、しかも同年代から、「上手」という褒め言葉を頂くとは。正直なところ、なかなか気恥ずかしいものがある。
 しかもあまりの美味しさに感動した結果……つまり、食欲のまま串に齧り付くという食べ方を選択した姿を、そんな風に評されてしまうなんて。まったく……これが嫌味でなく本心からなのだから、君の感覚と言語センスは本当に罪作りだよ。
 赤くなっているであろう顔を誤魔化すように、会話を繋ぐ。

「そ、そういう派出須くんは、あんまり無さそうよね」
 メニューの部位どころか串の食べ方にも四苦八苦していた姿を見れば、言葉にするまでも無いことなのだけど。
「そうだね……まあ、こういうお店に食べに行く相手も、そうそう居なくて……」
 ……あ、失言だ。派出須くんの顔に浮かぶ困ったような微笑みに、上がっていた熱が急速に醒め始める。
「でもほら、今日は私と一緒だし! 誘ってくれて凄く嬉しい」
「ありがとう。僕も、なまえさんが喜んでくれて嬉しい」

 取り繕う為に慌てて言ったことに、本当に嬉しそうな顔を返すから。
 あっという間に戻ってきた火照りを誤魔化すために、今度はくいっとお猪口を傾けた。


 他愛のない会話を楽しんでいると、時間なんてあっという間に過ぎるもので。
 壁際のテレビが野球中継を止め、定時のニュースに切り替えたのを切っ掛けにして、私たちも席を立った。それに気付いた奥さんが、手を止めてレジへと向かってくれる。


 カタカタと打ち出され手渡されたレシートに何気なく目をやり、あれ?と首を傾げる。予想していたより、ちょっと少ない。というか、多分、最後に飲んだ一杯が入っていない。

「あの、これ……」
「ふふ、ちょっとだけおまけです」

 レジスターを挟んで、奥さんが悪戯っぽく笑って囁いた。
「彼女さん、本当に美味しそうに食べてくれるから、こっちも楽しくて……ねぇアンタ?」
 声量を上げて続いた言葉は、焼き場にいる大将に向かってのもので、すぐにおうよ!と元気な声が返ってくる。

 また来てくれよと見送られて道に出て、どちらともなく顔を見合わせて一秒、二秒。派出須くんと私は、同じタイミングで笑い出した。

「ちょっと得しちゃったね」
「ね。でも本当、なまえさんって凄く美味しそうに食べてた」
「だってお酒もお肉も大当たりだったんだもの。連れて来てくれて、ありがとう」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
 すっかりシャッターの降りた商店街を、いつもよりもゆっくりと歩く。
「また、来ようか」
「いいねぇ。じゃあ今度こそ、品切れだったあの『希少部位』ってのを食べなきゃ」
「なまえさん、凄く残念がってたもんねぇ」

 ふたりで、またくすくすと笑い合う。
 ああ、程よく回ったアルコールが心地よい。

「あ、じゃあ、私こっちだから」
 来てしまった分かれ道を残念に思いながらも、楽しかったとありがとうを詰め込んだ笑顔で手を振る。
「今日もありがとう。またね」
「……なまえさん、暫く忙しくなるんだよね。あの、あんまり、無理しないようにね」
 言っても無駄だろうけど、と思われているのは明らかで、乾いた笑いを返すしかない。
「ありがと。ねえ、その仕事が終わったらさ、またご飯行きません?」
 そういう約束があれば、それを楽しみに乗り切れる気がする。そう冗談めかして言ってみたけれど、結構本気だ。サプライズなんて期待しない。修羅場の後のご褒美は、自分で設定するに限る。

「いいね。じゃあ、連絡もらえるのを楽しみにしているよ」

 ……その笑顔だ。
 そうやって、社交辞令じゃない笑顔を向けてくれるから、あなたと過ごす時間は楽しいのですよ。
 なんてことは、わざわざ言うようなことでも無いから思うだけにしておく。



(2014.04.04)
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