| ■ 5(旅路はいつも前方不注意) 案内屋一行による倚門島攻略の第一歩は、早々に躓いていた。 当然ながら誰の姿も見えない船着場に船を置いた一行は、とりあえず道なりに進めばいいだろうと集落跡地を抜けることにした。生者はもとより霊の一匹も見かけない道中は考えるまでもなく不自然なもので、誘導されるように到達した廃墟もやはり見るからに怪しい。 だが、だからと言って「関係ない」もしくは「罠だ」と避けて先へ進めるほど、この島を理解している者など当然いない。 ということで、だ。 戦前の研究施設らしいこの廃墟を探索するにあたり、一行は二手に分かれる事にした。エージやアズミ、澪たちという年少者と年長者からなる留守番チームは廃墟の出口付近を守りながら待機することになり、明神・ガク・なまえという腕に覚えのある面々に、頑に同行を望んだ姫乃を加えた四人が廃墟探索チームとして行動することになった。 だが、しかし。 時計が半周回る間もなく、探索組は更なる分断を強いられていた。 *** やめてって言ってるでしょうが! 追いかけてくるだけでは飽き足らず、鋭い牙を光らせて飛びかかって来る人魂型の霊を躱しながら、 怒声と共になまえが引き金を引けば紫色に輝く残像を残して弾が発射された。対陰魄用の弾丸は、抜群の命中率によって的確に人魂たちの数を減らす。だが、それでも散った分だけ次々と湧く霊たちは、消滅への恐怖も理性も無くただ生者への執着心だけで押し寄せて来る。 警戒しながら進んでいた筈が、見事に罠に嵌まってしまっていた。 なまえはぎりりと奥歯を噛み締めるが、当然ながらまずい状況は何一つ変わらない。突如空いた穴から湧き出した陰魄の攻撃を、咄嗟に横に飛んで避けたまではよかった。 しかし、気が付けば白髪の案内屋及び庇護対象の少女とは逆方向に立ってしまったのが不味かった。挙句、後から後から湧いて来る陰魄を反射で躱しているうちに、気が付けばたった一人離されて分かれ道の先へと誘導される事態に陥っていたのだから最悪だ。 嵌められたと罠の仕組みにようやく気が付いたところで、一方向に追い立てる陰魄たちの流れに突っ込んで皆の元へ戻る事はこの状況では並大抵のことでは無い。 どこかの誰かが考えた罠に期待通り引っ掛かった事が悔しくて、なまえは奥歯をぎりりと軋ませる。人魂には知性も何も無い。そんな雑魚中の雑魚を集めた、鬱陶しいだけの罠である。挨拶がてら、とでも言うような嫌がらせ程度の小賢しい罠である。 苛つきながらも、なまえの冷静な部分は罠を仕掛けた者はここには居ないだろうと見当をつけていた。 「一体どのアニマが仕掛けたのか知らないけど……こんな力任せの雑な罠で、私たちをどうこう出来るなんて甘い事、思ってはくれないでしょうしね」 だが、なまえがどんな反応をしどんな問いをかけたところで、この場に溢れる陰魄たちはそのことに何の関心も払わない。 誰の手引きで何のために集められ、なぜ使い捨てられているのか。そんなことを考える思考など、まともな姿も保てない人魂たちには微塵も残ってはいない。 魂の姿すら忘れた低級霊に許されているものは、「殺したい」「羨ましい」という妄執だけだ。 「ああもうっ、これだから脳味噌の無い奴らはっ!」 あっという間に弾切れになった対霊用の銃をホルターにねじ込み、なまえは立ち止まった。そして遅疑の瞬間にまた構えた手には、もう別の得物が握られている。 「ふん。そんなに生者が羨ましいなら、さっさと生まれ直せばよかったのに」 "どいつもこいつも"、馬鹿の一つ覚えみたいに。 舌打ちをしながら、なまえは手に構えた道具へと気を集中させる。その構えとふわりと動く霊力の波動もまるで気に留めることも無く、陰魄たちは思い思いに口を開けて鋭い歯を光らせて飛びかかる。 「……発動」 最初の一匹が、牙を柔肌に歯を突きたてる。 そしていざ薄い皮膚を突き破り血を噴出させようと力を込めたのと、なまえが最後の言葉を口にしたのは同時だった。ボンという軽い爆発音が響いた瞬間に、まずなまえを取り囲んでいた陰魄が跡形も無く消え失せる。そしてそれより数秒遅れて現れた光により、背後数メートルにわたってひしめいていた陰魄までもが静かに消し飛んだ。 「さっすが私。いい仕事してるね」 役目を終えて残骸となった道具を懐に戻し、なまえは満足げに笑った。 ちなみに、もう使えないとわかっている呪具を回収するのは、捨てていって敵に拾われでもしたら厄介だからである。 さて、ではさっさと姫乃ちゃんたちと合流せねば。 すっかり離された事に舌打ちを鳴らしつつ来た道へと駆け出したなまえだったが、角を曲がったところで更なる現実を突きつけられた。迫っていた結構な量の陰魄は一網打尽にしたとはいえ、それらが湧き続ける源泉へ突っ込む形で戻るとなれば、結局のところ相当な量の陰魄を相手にすることには変わらない。 しまった。なんとかして別の道から戻ればよかった。そう気が付いたものの、既に遅い。 思わず天を仰ぎたくなるものの、実際の所はそんな暇さえ無いこともわかっている。仕方が無いので、早くも疲れ始めている両手に静かに霊力を集中させて前方を睨んだ。 *** そうして暫く。 先ほどのものよりは幾らか控え目な、時限式の扱いやすい道具を発動させ続ける傍らで、物理的な攻撃でもって霊の接触を拒んでいたなまえははっと顔を上に向けた。 正面と下からの二段構えの攻撃を受け、ほんの数秒それらに意識を裂いた隙に……一匹の陰魄が跳躍していたのだ。 反射的に避けようと周囲を確認するものの、軌道の先に待ち構えている別の陰魄の気配を感じて舌打ちを鳴らす。まともに思考も出来ない低級だというのに、本当に小賢しい。このまま、上から襲い掛かって来る霊を排除し、横に居る数匹を攻撃するにも、取りこぼしてしまう可能性は高い。 ならば先に横の数匹に攻撃を叩き込み、そのまま脇にそれて攻撃を避けられるだろうか。けれど、避けた先で体制を整えるまでに、霊の牙だか爪だかの一撃は食らってしまうだろう。 どうするにせよ、さすがに無傷では済ますことは難しい。 肉を切らせて、骨を断つ。 まあ、それしか手段がないのなら仕方が無い。 一瞬で覚悟を決めたなまえは、脇から迫ってきた数匹に蹴りを放ち、上からの攻撃を避ける為に空いたスペースへと身を躍らせる。だが、その先で退路を断つために待ち構えていた筈の、陰魄の姿は無かった。覚悟していた痛みも感じない。 何がどうしてと疑問に思う前に、こちらへ飛んで来ていた陰魄が突如、ギャッと鈍い叫びをあげて視界から消えた。赤い残像を目が捕らえた瞬間に、また別の陰魄が一匹姿を消した。 毛色の違う霊気を見極めようと目を凝らすなまえに応えるように、赤い固まりはなまえの前でくるりと回った。 そうして、突風を纏い現れた炎がとんと地面に足を着けたことで、ようやくなまえはそれが数刻前に顔を合わせた焔狐だと気が付けた。見つめる視線の前で、獣はもう一度激しく燃え上がる炎となり、口に捕えていた陰魄を見せつけるように一瞬で燃やし尽くす。 「……うわぁ」 手を伸ばせば掴むことが出来る程の近距離で、あっさりと陰魄は消滅した。続いて獣が地面を蹴り上げて跳躍すれば、周囲の陰魄たちも次々と消滅していく。 瞬く間の早業と的確さで対象を燃やし尽くした炎は、やがて一匹の獣の姿を取り、えへんと胸を張るようになまえの前で腰を落とした。その姿に、あっけにとられていたなまえの表情も柔らかいものに変わる。 「ありがとう。さすが焔狐の業火は凄いねぇ」 感謝の声に気を良くしたのか、身を起こした狐はくるりと尾を翻し、もと来た道……なまえの向かっていた方向へと歩き出す。数歩進んでは振り向く姿に「エスコートしてくれるの?」と尋ねれば、肯定を示すようにふわふわの炎の尾がひらりと揺れてなまえを誘った。 *** 炎の獣との帰り道は随分と快適だったが、それは次々と現れる陰魄を一瞬で葬る獣の優秀さだけではなかった。 そもそも明らかに、現れる陰魄の数が減っていた。それになまえが気が付いたのは、道を半分以上戻った時だった。さて、腐る程出現していた陰魄がどうして今は殆ど居ないのだろうか、量の底をついたのだろうか。首をひねった彼女だったが、その理由はほどなく見えてきた光景が全てである。 快適な一本道の始まりの場所は遠目にも相変わらず淀んでいて、その先にある穴から今なお霊が湧き出ていることは遠目にも明らかだ。だというのに、なまえの進む一本道まで霊がやって来ない理由と言えば……。 「俺の婚約者に手を出すなぁぁぁ!」 陰魄が寄せ集まる禍々しい妖気の中心において、負けないくらいに鬱蒼とした陰の気を垂れ流してハンマーを振り回す男の姿を認め、なまえははぁと深い息を吐いた。 婚約者なんてものになった覚えは無いし、そもそも第一に陰魄さながらのあの淀んだ気はなんなんだ。話から想像していた以上に不安定な力を目の当たりにして、思わず自分の正気を疑ってしまう。 あんな風にどす黒い気を垂れ流す陽魂など、見た事が無い。陰とも陽とも括り難い霊魂は、日々あんな調子なのだろうか。そして、あんなに乱れておいて、何事も無かったように陽の姿に戻り、人の傍に戻るのだろうか。 ……まったく、まだ若いうちに死んだとは思えないほど、大層な精神バランスだ。 そこまで考えて、いや今は人魂たちを片付けるのが先決だと思いなおしたなまえが改めて周囲を見れば、穴から湧き出た陰魄の流れは大変単純なものだった。 穴のすぐ後方に居る姫乃や明神たちにはほとんど被害が無いのも納得である。人魂の八割は、見えないレールに沿うように一直線になまえの進んだ道へと流れ込もうとしている。そして、それを排除しようとするガクが、たったひとり一心不乱に飛び回って健闘中というわけだ。 「だーかーら、召還口を塞がないと意味無いんだって……あの感じだと、きっと鏡とか魔法陣とかが傍にあるんだけど……アレは絶対わかってないわよねぇ。……ねぇ焔狐くん、私は大丈夫だから、先にあの人を補助した方がいいんじゃないの?」 悠々と歩いていた獣はその言葉にふわりと振り返るものの、けれど前方の主人の元へと駆け寄ることはしなかった。代わりに、閉ざしていた愛らしい口元をがばりと開けた。軽い拒否なのか、誰があんな男の為に頑張るものですかという苦笑なのかわからなかったが、とにかくその大きく歪んだ口はそれまでの愛らしさを否定するものだ。 それはこの獣が従順な使い魔では決して無く、獰猛な本質を持っている焔狐の一匹なのだと知らしめるもので……だが、もちろんそれを忘れていたなまえではない。 怯えるでも無く、むしろ軽い苦笑を浮かべて、能天気に獣に話しかける。 「仕方が無いなぁ。じゃあ雑魚退治はあのままガクにお任せすることにして、私は仕掛けの方をどうにかしよっかな。ねえ、手伝ってくれる?」 助けてくれる?と腰を落としたなまえに、獣は先ほどの拒否とは全く違う反応を示した。任せてくれと言わんばかりに大きく尾を振った焔狐をひと撫ですると、熱くも冷たくも無い炎の毛並みはふわりと揺らぐ。 この世の動物とは違う、ちりりと僅かな刺激にすら楽しむように目を細めたなまえは、さてとと呟いて粉塵の中を走り出した。 さあ、反撃開始である。 (2014.08.17) (焔狐に好かれました) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |