■ 初めての日の話(上

 綺麗で可愛い年下の彼女と知り合いになって、恋人と呼べる間柄になるまではよかった。
 けれども、その後がなかなかよろしくなかった。

 仕事終わりに待ち合わせて店で食事をして別れる日もあれば、お互いのスケジュール次第でもう一軒足を伸ばしてバーへと赴く日もあった。彼女との時間は確かに楽しかったし、話が尽きることも無かった。けれど、そんな付き合いだけで間もなく二箇月が過ぎようとしていた。

 ……いくら淡白と評されようが、笹塚衛士も男である。人並みかは疑わしいものとはいえ、それなりに欲求も持ち合わせている。しかも、可愛い恋人が出来たばかりとあれば、疼く思いも当然のところそこそこ以上に存在していた。
 というわけで、放っておけばいつまでも進展しないであろう関係に業を煮やした笹塚は彼にしてはいつになく強引に段取りを組み……こうして見事、今日という日になまえと共にホテルの一室に滞在することに成功した。いい年をして何をしているんだ俺はと冷静に思う自分も確かに心の奥には居るのだが、それよりもようやくという期待と欲望が笹塚の胸を浮かせた。今の彼を見れば、誰も淡白だの枯れているだのとは言えないだろう。


  ***


 だが、シャワーを浴びて出てきた彼が対面したのは、大きなベッドの上にちょこんと座り慣れた動作で真礼の姿勢を取るなまえの姿だった。

「……え?」
 自分が間抜けな声を上げたことに気が付きながらも、笹塚はそれどころではなかった。
「ごめんなまえちゃん、とりあえず、顔を上げてくれるかな」
 慌てる彼の言葉を受けて、彼の大事な大事な恋人はゆっくりと上体を起こした。
「ちょっとなまえちゃん、なんでいきなりお辞儀なの」
「ああ、やっぱり今の時代にこの始め方は無いですよねぇ。うーん、でもまぁ、一応これから多少ご迷惑もおかけしてしまうわけですし……」
 一応うちの方ではこの後、簡単な口上もあるんですが……まあいいか。なら、そっちは省いちゃいますね。そう話すなまえに、さすがの笹塚も困惑する。
「……あのさ、なまえちゃん……その、失礼な聞き方をするけれど……いつも、こんな感じなの?」
 デリカシーもなにもあったものでない質問に、けれどもなまえが怒る様子はみられなかった。かわりに、当然のように笑って返事を口にする。
「まさか。毎回手順を踏むのは、逆に野暮ってものですよ。ただまあ、ウチの女が教わるのは初回の口上までです。後の閨事自体になるとてんで知識も無いもので……すみませんが、ここから先をどうするのかは、笹塚さんが教えて下さいますか」

 目を合わせてにっこりと微笑む彼女を彩るのは、普段の愛らしさに加え艶やかな色香だった。そして、にもかかわらず経験が無いと告げる言葉は──正直予想だにしなかったもので──
笹塚の困惑なぞ強引に吹き飛ばす激しさを持っていたし、既に薄皮一枚となっていた理性を完全に崩壊させるにも充分過ぎるものだった。


  ***


 手で、唇で、触れる度に震える身体。溢れこぼれる甘い声。不器用ながらも、応えようと笹塚に向かって伸ばされる腕。
 恥ずかしがりながらもしっかりと喜びを、快感を伝えてくる女の身体が愛おしくて、笹塚はそうと意識することもないまま当然のように彼の知る範囲でもっとも丁寧な愛撫を彼女に施していた。自分が触れる度に解けていく強張りに愛しさが募っていく。おそらく初めて感じているであろう快楽を身を捩りながらも享受する姿は、健気に映ると共に淫靡で、おまけにいっそ神々しくすらあった。
 そして、そんな彼女を蹂躙しているのが他ならぬ自分だという事が尚更、笹塚という男を昂らせていた。

 やがて、すっかり潤った秘所から指を引き抜いた笹塚は、代わりに自身をあてがう。
「ごめん、多分やっぱり、痛いと思うけど。……いくよ」
 さすがに恐怖を感じたのか。とろけた瞳が一瞬小さく揺れた。けれど今更止まってはあげられないし、自惚れた思いを言えばなまえ自身も本心から終わることを望んでいるようには見えなかったから──びくりと身を固くしたなまえに微笑みかけて、その唇に口付けながらゆっくりと腰を進める。
 たっぷりと時間をかけてほぐした甲斐だろうか。とろとろに潤った膣内が笹塚の浸入を歓迎するようにすかさず絡みついてきた。初めて男を受け入れるとは思えない程に出来上がった身体に、思わず笹塚の息も詰まる。ただでさえ、ここのところご無沙汰だったし。さすがにこれは辛いな……。
 不意に、今すぐ思うままにこの身体を蹂躙したいという仄暗い欲望が鎌首をもたげた。胸の奥に繋いでいる獣が今すぐ解けと咆哮をあげた。けれどもその欲望に身を任しかけてそれでも寸前のところでなんとか留められたのは、恋人の顔を見たからだった。自分の下で苦しそうに息を吐くなまえの姿は、崩壊してただの瓦礫となっていた理性をもう一度かき集めさせるには充分なものだったから。

「……大丈夫?」
 こくこくと無言で頷くものの、その目にはうっすら涙が滲んでいる。どう贔屓目に見たって辛そうなことに変わりはない。けれど、笹塚としても限界だった。
「えーっと、ごめん。ちょっと動くけど……どうにも無理だったら、言って」
 やはりこくこくと頷くだけの彼女に本日何度目かの口付けを落とし、腰の動きを再開する。ただしなるべく彼女が快感を得られるように、幾ばくかの配慮をして。それでも結局……程なくしてなまえが漏らした甘い声により、笹塚の動きはあっという間に余裕のないものへと変わってしまうのだが。


  ***


 カーテンの間から差し込む光を受け微睡んでいた笹塚は、傍らの彼女がもぞりと動く気配を感じてそちらへと意識を向ける。どうするのかとこっそり見守っていると、ゆっくりと布団から抜け出そうとして──ひゃん!という大変可愛らしい悲鳴を残して毛布ごとベッドから掻き消えた。
「なまえちゃん!?」
 慌てて身を起こして覗き込めば、毛布の間からぱちぱちと目を瞬かせる彼女の顔が覗いていた。
「……凄い。本当に、身体に力が入らないんですね」

 感心したように呟かれた言葉に、笹塚は盛大に噴き出した。



(2014.07.20)
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