| ■ 12月25日午後 「おめでとうございます!」 違いは朝一番からあった。部屋から食堂までの道ですら、いつになく多くの者が彼の姿を求め歩いていたし、その姿を見るとぱあっと顔をほころばせた。 皆が我先にと声をかけたがるのも無理もない。だって今日は、我らがリヴァイ兵長の誕生日なのだから。朝から大小の贈り物を受け取り、夜は夜で酒場への登場を熱望される人気ぶりである。そんな上官の姿を見て、なまえは嬉しくて仕方がなかった。自分がなによりも大切に思う人が祝福される姿、それはなまえを大変に喜ばせるから。 *** なまえが上機嫌で上官宛ての贈り物を整理していると、廊下を近づいてくる足音が耳に入った。今ではすっかり聞き慣れたその足音になまえは姿勢を正し、出迎えの言葉を用意し扉が開くのを待ち構える。だが、いくら待ってもその扉が開けられることはなく、かわりに「おい」と声がかけられた。 「はいはいー?」 なまえがすぐさま扉を引けば、案の定リヴァイが立っていた。ただし、両手にたくさんの小包を持って。なるほど、これではドアノブは握れない。 「あらあらー。これはまたもの凄い量ねぇ」 とりあえず、一番上に乗っている小さい箱や指に引っ掛けられている小袋から受け取り、用意していた袋の中へと入れていく。小さな箱、黄色いリボンの袋、茶色の小袋……形や質感を確認しながら潰れないように入れていき、さあ次のものをと伸ばした手はすっかり身軽になったリヴァイによって遮られた。 どうしたの?とリヴァイを見れば、彼は彼女が次にと定めた包みを持ち直し、幾らか丁重な仕草で差し出した。 「これは、お前にだそうだ」 「へ?」 「その、赤い包みのもお前に、だと。そっちがエレンで、こっちがミカサ・アッカーマンからだ」 唐突な展開に、さすがのなまえも理解が遅れる。えっと、今日はリヴァイの誕生日の筈だけど……? どうして私に?と至極もっともな疑問を投げかけるなまえに、リヴァイは憮然と答えた。 「お前が喜べば、俺が喜ぶからだそうだ」 少し考えてなまえはああと理解した。なるほど。 要は、兵長の恋人である私が喜ぶ姿こそが兵長への祝福だと、そういうことだろうか。そういえば、商人や貴族たちのやり取りで何度かそういう光景を見たっけと、中央での記憶がなまえの脳裏によみがえる。 「若いのに、なかなか粋なことをするのね。ちょっと意外だわ」 そんなことを思いつくような子たちだとは思わなかったと、二人の顔を思い浮かべ感想を述べる。 そして、自分に……と言われれば、俄然中身が気になりはじめるもので。なまえはリヴァイに断ると、早速開封させてもらうことにした。 「わあ、素敵! あの子たちセンスいいじゃない」 エレンからは、蜜蝋にハーブを混ぜて固めたクリームだった。つい二人まとめて褒めてはみたものの、エレンにこの手のものが選べるとは正直思えない。多分これを選んだのはミカサだろうな、と予想する。そのミカサからは、なまえの愛用の口紅と同じものだった。同じもの……?と小首を傾げて、すぐにああそうかと先日のやりとりを思い出す。戯れに彼女の唇に紅を付けた時のことを覚えていたのだろう。気が付けば随分と残り少なくなってしまっていた口紅を片手に、新しいものを買いたいが休みが取れないとぼやいた記憶がある。 意外性は無くてもいい。相手が確実に必要なものを、か。ミカサったらよく覚えていたね、えらいえらい。 後でお礼を言いに行こうと上機嫌でなまえが顔を上げると、リヴァイの眉間にはくっきりと皺が寄っていた。 「俺は、お前にそういうものをやったことがなかったな。今日という日に、お前に何か……なんて発想もなかった」 ……はい? 何を不機嫌になっているのかと思えば、変な対抗意識を持ってしまったのか。 「何言ってるの。めでたいのはリヴァイなんだから、こんな日まで貴方が気を回さなくていいのよ。ていうか、貴方は貴方でいつも色々気遣ってくれているじゃない」 こないだの砂糖菓子も、嬉しかったし。それに、貴方がそんな顔をしたら二人のプレゼントが不発になっちゃうわよ。そう笑顔を向けると、多少は機嫌が直ったようで皺はいくらか薄くなった。 *** 「……ということが、昼前にあってねー」 恒例となった午後の個人授業の際に、ふとアルミンにその話をしてみれば見事な補足が得られた。 「エレンの家では昔からそうでした。おじさんの誕生日には、おじさんとエレンとミカサで、おばさんへのプレゼントを用意するんです。おばさんが喜ぶ顔こそが、おじさんへの何よりのプレゼントだからって」 「へえ、素敵ね。じゃあ、反対にお母様の誕生日ならお父様宛に?」 「……いえ……その……同じ理由で、おばさんの誕生日にも力が入っていました」 「わお。……お父様ったら素敵な愛妻家だねぇ」 なるほど。イェーガー家の教育方針は子供たちにしっかりと根付いているのね。二人の行動に合点はいくが、しかしイェーガー氏、あなたはそれでいいのか……。いや、まあ、他所の家庭のことはいいや。うん。なまえは強引に思考を切り替え、アルミンへと視線を戻した。 「よしアルミン、せっかくだし、今から効果的な贈り物についての話をしようか。エレンの家は別としても──こういう、主人の記念日にかこつけて奥方への贈り物をするっていうのは、結構使えるやり方でね。貴族連中や豪商、まあ、軍上層部なんかもそうだけれど、とにかくそこらの裕福な奴らにはもっぱら受けがいい方法なのよ……」 もっとも、その場合は勿論、主人にも相当の贈り物を用意するわけだけれど。 そしてそれらは時に、口に出すのも憚れる様ないかがわしいものだったりもするわけで──そんなところまで、なまえは詳細に解説を始めた。無論、本来は少年に聞かせるような話ではない。そして一方のアルミンも、顔を赤めることもなくなまえの講義に聞き入っている。 なまえは考えていた。この子にはもっと、知識が必要だと。 綺麗なことも汚いことも、知識はこの子の糧となるだろう。この子の相手として想定されるのは、壁の外の巨人だけではないのだから。この子がこの子としての戦うには、その頭脳を生かすには、まだまだ知識が必要だ。 ただ一人のためだけに生きる"魔女"は鋭い嗅覚で同類を嗅ぎ分けていた。まだ幼い"魔女の弟子"のために、なまえは今まで蓄えて来た彼女の財産である頭脳を存分に振るい、アルミンへの講義を続ける。 (2013) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |