| ■ 君が真夏にしてしまった 帰宅ラッシュをすっかり過ぎ……たどころか終電から数えた方がいいような列車ともなれば居合わせる人はどこか皆同じような顔をしてい。 今にも寝落ちしそうなほど疲れきっているか、程度の差はあれど気持ち良さげに酔っ払っているか。 勿論、私はそんな後者の一員だ。改札を抜けていつものベンチに座りこめば、やがてそれとなく注がれる視線は好奇のそれである。これが単なる自意識過剰の類では無いことは、程なくしてかけられた声が証明となるだろう。けれど心配はご無用だ。純度の高い親切も、よこしまな下心も、ひとを待っているのでという一言でたちまち解決するのだから。 「冷たーい、甘ーい、美味しーい!」 「おい。ガキじゃねーんだからそんな安物ではしゃぐなよ」 「だってかき氷ですよフラッペですよ! コンビニでこんなのも売ってるって凄いじゃないですか!」 「……いいから、さっさとそれ食って頭冷やせ」 買ってもらったばかりのカップを片手にフラッペフラッペと浮かれる女にこれ以上突っ込む気力は無いらしい。 だが、しかし。脱力気味の口調を追うよりも言葉の方が気にかかった。 「普通そこは酔いを覚ませって言いません?」 「けどお前、そんな酔ってねぇだろ」 「"ねぇ"ですけどね」 よく分かりますねと続ければ呆れたものだと溜息がひとつ。そういう春樹さんだって、いつもよりも赤い顔こそしているけれど足取りも物言いもしっかりしている。(スーツに染み付いた煙草とお酒の臭いは別として)とても二軒目帰りには見えない。せいぜい"ちょっと引っ掛けた"という程度だ。 「顔見りゃ分かんだよ。大体、こっちに合わせて切り上げるなんて生意気なことを言う酔っ払いがいてたまるか」 「でも、こうして帰ってくれるんですねー」 「……遅いことには変わりねぇからな」 「かき氷も買ってくれちゃうんですねー」 「……どっかの誰かが馬鹿みたいに喜ぶんだから仕方ねぇだろ」 「ふふふーん。あー美味しいなぁ、冷たくって気持ちいいなぁ」 ご期待通りに喜んでみせればフンと鼻で笑われる。けれどそれをするのが春樹さんだからちっとも嫌な感じがしない。ああ、やっぱり前言撤回だ。やっぱり、やっぱり、春樹さんも結構酔っている。でなければ幾ら人通りがないとはいえ外でこんなに甘い顔をする筈がない……きっと。 「ねえねえ春樹さん」 「あぁ?」 「はいあーん」 「……いやさすがに食い難いから」 かくして、冷たいカップは春樹さんの手の中へ。 真夜中とはいえそれなりの気温だ。かき氷はもうシャリシャリを超えてジュルジュルに近付いてしまっていたけれど、飲むように吸い込んだ春樹さんは「久しぶりに食った」と満足気に笑ってくれる。 「たまには、こういうのも悪かないな」 「じゃあ今度は夜店に食べに行きませんか」 駅前の神社で今度お祭りがあるでしょうと誘いをかければ、蕩けるようだった目が大きく見開かれる。 「あれ、知らなかったんですか? 夏樹が友達と行くって言ってたお祭りですけど」 兄のお古でよければ着付けてあげるという約束をしたのはつい先日で、いつもの夕飯時だったから春樹さんもいた筈だけれど。 「いやそういうことじゃなくて」 いよいよジュルジュルになった元かき氷を飲み干して、もう一度「そういうことじゃなくて」と繰り返した春樹さんの顔はやっぱり赤い。あれっぽっちの水分では足りなかっただろうか。次の角まで駆けて行って、自販機で何か買ってこようか。「全部あげるとは言っていないんですけど?」なんて軽口を叩くタイミングを逃してしまった私はすぐさま次の行動に移ろうとするのだけれど、それよりも春樹さんの唇が動く方が早かった。 「神社って……。それこそ何年ぶりだ」 理解が追いつくまでの時間は少しでよかった。理解出来た途端に、どうしようもなく顔が熱くなる。 また、そうと気付かないまま子供っぽい事を口に出してしまっていたのか。この間まで制服に包まれていた私にとっての"夏"は、とっくに春樹さんの当たり前ではなかったということか。 背伸びはしないでいいとは言ってくれたものの、あまりにこんな事ばかりでは呆れられても文句は言えない。せめて、近所のお祭りではなく一大イベントである花火大会を挙げればよかった。 けれども。 今が夜である事が不幸中の幸いだと顔を伏せた私の表情になど、まるで気付かないふりの春樹さんがくれた言葉はどこまでも私に対して優しいものだった。 ああそうだ。春樹さんは、待つと言ったら待ってくれるひとだったと自分の浅慮を反省する。私がもっとちゃんと春樹さんに追いつけるまで「気長に待ってやる」と言ってくれたあの日から、ガキみたいだとは言ってもガキだとは口にしなくなった春樹さんがどれほど律儀で優しくて格好いいひとか知っている筈なのに。 お気に入りの浴衣を着て、髪も綺麗に結って。うんと可愛くして隣に立ちますからねという決意を胸に顔を上げた拍子に、足元をふらつかせてしまった私はどこまでも締まらない酔っ払いだったけれど、そんな私をしっかりと受け止めてくれる春樹さんは最高に素敵な酔っ払いだった。 (2017.08.21)(タイトル:インスタントカフェ) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |