■ 週末の天気予報

 リビングのソファは父のお気に入りの場所だった。休みの日はだいたい朝から晩までソファにいたから、幼い兄と私はよく隣を取り合ったものだ。まあ、負けた方は父の膝に乗せてもらえたから言うほどに不平等感はなかったけれど。
 あの日々からどれだけ経っただろう。父の単身赴任が決まり、兄が進学で家を出て、先日ついに母も父のところに行って。それでも、ソファだけは変わらずこの部屋にある。もちろん幾らか草臥れてはいるけれど、まだまだ現役だ。一人暮らしには少しばかり広すぎるリビングも、このソファのおかげで心細く感じない。ただいまと荷物を放り投げてダイブすればいつだって優しく受け止めてくれるから。

 とまあ、そんな幼少期からの思い出と信頼を積み重ねたソファの上で"私たち"が今何をしているのかといえば、ちょっと口に出しにくい事である。おおよそ休日の真昼間には不釣り合いな過ごし方を自分でもどうかと思う。父も母もこんな用途を想定したわけではないだろう。これが親の心子知らずというやつか。違うか。
 かつての父のように深く腰掛けた膝に私を乗せている男性は真下の部屋に住む兄弟のお兄ちゃんの方だ。
 うんと昔から家族ぐるみの付き合いをしてきたとはいえ、素行不良な青春を送ったこの人と真面目でいい子のなまえちゃんとでは幼馴染より単なるご近所さんという表現の方がしっくりくる。数年経ってにそれなりの変化があったとしても、働き盛りの社会人と今をときめく大学生の溝なんてそうそう埋まらない──筈だったのに。

 スカートの内側。後ろからまわされた手のひらが太ももの内側をするりするりと確かめる度、じんわりと広がる痺れに脚の力が抜けていく。分厚い胸にくてんと倒れ込めばすかさずもう片方の手が裾を乱しにかかった。大きな手のひらで脇腹を撫でられるとくすぐったくてぞわぞわする。けれど、このまま胸も触られたらどんな感じがするのだろうと期待させておいて、ここぞとばかりに焦らしにかかるのが春樹さんだ。かさついた指先は、もう少しでブラにかかるというところでお腹をつーっと降りて今度は鳩尾あたりでくるりと円を描く。これはこれで気持ちがいいんだけれど、そうじゃなくて。たまらず身体を捻っておねだりすれば、仕方ないなと楽しそうに胸を鷲掴まれた。待ち望んだ大きな手に下着ごと捏ねくり回されて今度こそ甘い声が出てしまう。
「……んあ、あぅ春樹さぁん…それ、それ好きっ……」
 少し強めに揉みしだかれているというのにちっとも痛くない。それどころか、分厚い布で守られた分もどかしさばかり増していく。でも、そのもどかしい感じがいかにも始まりっぽくてどきどきするのも事実だった。

 ぎゅっと掴んだ指の間で先端を押しつぶされて一層声を張り上げれば、太ももを揉んでいた手がもっと奥へと入ってきていいところをかすめていく。気の早い私の腰はもう随分前から物欲しげに揺れているのだけれど、春樹さんはそれ以上は応えてくれる気がないらしくまた脚を撫でる体勢に戻ってしまった。茂みを掻き分けて、どろりと熱いものが湧き出すそこを追求してもらえることを期待していたんだけどな、残念だなあ。わかりやすく落胆していると、ブラの先端を引っ掻きながら器用に布をずらさられた。強引な誘導によりカップからあふれたそこはもうずっと前から硬く尖っていて、次なる刺激を今か今かと待ち望んでいる。その先端を容赦ない指先がいきなりぴんと弾くものだから、鋭い刺激に腰が跳ねてしまったのも仕方のない事だった。動いた拍子に、乱れた胸元からひしゃげたブラと不自然に盛り上がった肌色が垣間見える。春樹さんも気付いたようで、筋張った指がボタンを摘む。もっといい眺めにしてやろうか。問いかけではなく確かめるように囁かれてまた足の間が熱くなる。ただでさえ襟元を大胆に開けた前開きのシャツだから、こうして一つ二つと外されてしまえば、ああ、なんていやらしい格好だろう
「こんなにおっ勃てて……ってなんだその声。こんなんじゃ全然足りないってか?」
 苦笑を隠しもしない春樹さんは、私の答えなんてもちろん承知で言っている。だから、今度は両手を使って露骨に先端に狙いを定めて、でも時折わざとらしく逃しながら甘く強く意地悪にいじってくれる。じんじんして、もどかしくて、きもちいい。自分で触るのとは比べ物にならない感覚が身体中を駆け巡るのを夢中になって追いかけていると、もっと翻弄されろとばかりに春樹さんの唇が首に押し当てられた。意外なほど柔らかな唇がうなじを撫でたかと思えば、軽く歯を立てられたり、舐められたり。ふうっと息を吹きかけられて竦んだ瞬間、耳朶を甘く食まれたり。
 縦横無尽でそつのない愛撫はさすが年の功というか経験の差というか、とにかく余裕たっぷりで、不慣れな私は言葉にならない喘ぎを漏らしながら付いて行くだけでやっとだ。取り残されないように、ずり落ちないようにと後ろ手でせいいっぱいに春樹さんを捕まえる。
 そんな有様だから、きゅんきゅんと疼く下腹部を慰めるように重心を移動させたのは完全に無意識だった。どうにかして春樹さんの太ももにいいところを擦り付けようとした結果、周囲の膨らみごと圧迫すればいいと結論付けた私のお尻は股間全部を押し付けるような短絡的で乱暴な動きに始終してしまう。まともな頭なら事後のことも考えてもっと優しく動けたのかもしれないけれど、とにかく今は刺激が欲しかった。春樹さんのズボンを汚してしまうこともおかまいなしに、冷たい下着に守られたどろどろのそこを硬い布に擦り付ける。本当ならば春樹さんにしてもらいたい。あんな触り方じゃなくて、もっと露骨に、もっと意地悪に、ぐずぐずと疼く陰核を直に刺激してほしいし入口にも触れて、何なら穴もいっぱいに押し広げてほしいのだけれど、現状どうしたって春樹さんの両手はふさがっているのだから仕方ない。何もしないままならゼロのままで、自分で動けばイチは得られるとなれば、どちらを選ぶかは自明の理というものだろう。なんてぐだぐだ考える余裕は本当は少しもなくて、ただ目先の快楽に流されているだけだった。
「で、どうする?」
 なにがと身を捩れば分かってるくせにとからかい混じりに問い直される。
「そろそろだろ。とりあえずこれでイっとくか?」
 先端を捏ねる指先にひときわ力を込めて「これで」と強調されても答えるどころではない。ただ、ぼうっと靄のかかった頭の片隅で思うのは、この状況で色々振り絞って懇願したところで本当に欲しいものは貰えないんだろうなということだった。だったら、目先の快楽を優先するしかないだろう。つまり、展開に身を任せて甘い声を上げ続ければいい。さっきからずっとお尻に当たっている熱くて硬いものを突き立ててほしいとか、いっしょに達したいだとか、そういうことを言ったところで押し問答が始まるだけだから。うん、そういうのはもうちょっと余裕がある時にしよう。とりあえず今はもう限界だから。
 恥も外聞も忘れてみっともなく腰を振り喘いでいるようでいて、本当はこんな時まで人目を気にしている。いよいよ切羽詰まったあられもない姿を春樹さんに見られているということが、気持ちよくてたまらない。春樹さんがどこまで気が付いているのかを確かめたことはないけれど、きっと全部お見通しなのだろう。だからほら、こうやって。
「そらなまえ、好きなだけイっちまえ」
 普段からは考えられない近距離で、どこがとはいえないものの明らかにいつもとは違う声色で、春樹さんが背中を押してくれる。仕上げとばかりに一段と強く噛み付かれて身じろいだ腰に春樹さんの熱がごりっと擦れた。たまらず、しがみつく手に力を込める。引っ張った服の隙間から男のひとの匂いがこぼれてくる。荒い呼吸の最中にあるほんのわずかな隙間が春樹さんでいっぱいになった。
「やぁ、もうっ…いっちゃ……ぁん!」
 目の奥が真っ白になって身体の制御が利かなくなる。毎回、最後の瞬間はこうだった。ひとりでに背筋がぴんと伸びて、胸がどきどきと早く脈打って、腰ががくがくして、身体の中心がぎゅうっとすぼまってひくひくするのだ。こうなってからはしばらく力が入らない。重力に負けてくてんと崩れ落ちかけた身体は、春樹さんの腕に掬い上げられた。

 膝の上で抱え込む形に安定させながら穏やかな手つきで頭を撫でてくれる。あれほどつまんで欲しかった先端も、掻き混ぜて欲しかったあの場所も、終わって暫くはそっとして欲しい。でもひっついていたい。最初にお願いした時は我儘だと言われるかもとひやひやしたけれど、そうだろうなと笑うだけで済ませてくれた。そこからずっと、毎回変わらずこんな感じで甘やかされている。
「ごめんなさい、ズボン汚しちゃった」
「あー……それは。まあ、そのつもりだから気にすんな」
 それにお前が洗濯してくれるんだろう、と言われてしまえばバイト家政婦としては頷くしかない。
「で? 気は済んだか?」
 からかい混じりに訊ねてくれる春樹さんの股間は今も硬いままなのに、顔は少しも出さず私のことだけ気にしてくれる。嬉しくないわけじゃないけれど、ここまで優しくなくてもいいと思う。
「済んだかと言われると難しいところです」
「そういうのはいいから」
 意味深に押し当ててくれない場所を意味深に触りに行ったら結構な力で拒絶された。
 こういうところも春樹さんは一貫している。この関係を頼んだ時からずっと変わらず、私の性欲解消にだけ努めてくれている。でもって、その私が感極まってどれだけ頼もうとも挿入だけはしてくれない。時にはちょっと、いやかなり、頑固だと詰りたくなる。おかげで続きをさせろと迫られる妄想が最近のおかずになりつつ……いや、その話はよそう。
「さわりたいのに」
「だからそういうのはいいって」
「そういうのじゃなくって、興味があるんですってば」
 あくまでこちらの性欲の問題なのですと念を押しても頑なな態度は変わらない。でも、今回は私にだって言い分がある。
「こないだはいいって言ったじゃないですかあ」
「残念だったな。さわるだけって約束で舐めようとしたバカがいたからあれで仕舞いだ」
「……だって……どんな感じなのか気になって」
「なあ、あんまりしつこいと満足したと見做して帰るぞ」
 ああそんな殺生な、とここからどれだけ嘆いたところで終わりは確定だ。春樹さんの切り札を出されてしまったらこの話はここで閉じなくてはいけない。せっかく許されたこの関係を維持するためには引き際が肝心だ。
 たっぷり休んだおかげで全身に絡みついていた倦怠感はすっかりどこかへ行ってしまった。でもって、まだまだ完全にすっきりしたとは言い難い。黙ったまま、春樹さんの膝の上でもぞりもぞりと居住まいを正して、改めてその分厚い胸板にこてんと倒れ込む。言葉の代わりに態度で示せば、まあそうだろうなと笑われる。
「さて。欲張りななまえちゃんは次はどうして欲しいんだって?」
 冗談めかしてなまえちゃんと呼ぶ春樹さんは、私が喜ぶことなど全部お見通しに違いない。ちぐはぐに止めた服の下を筋張った大きな手で撫でられただけで、ぴったり閉じていた膝が隙間を作り始めてしまう。
 春樹さんの言うとおり、私はそうとう欲張りだ。



(2019.04.28)
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