■ 新しい日常の始まり

 某所某日。

 あの日、卑劣漢相手に膝を折った私がその後どうなったかというと、まあ、案の定、慰み者一直線だった。紆余曲折の末、爆弾という鎖付きの首輪がついた状態ながらも一応の自由は得ることが出来た。ただし、スペルカードを含む大半のカードと拠り所となる予定のチームを一気に失って、気分はプレイ開始当初だ。いや、やっかいな関係が出来た分、状況としてはスタート時点よりも後退しているか。


  ***


 絶対的な支配の図式を叩き込むように、執拗に責めたてる男たちと過ごした監禁生活の数日間。その終わりは、最後の最後まで散々なものだった。
 虎の子の《離脱》を含むほとんどの有能カードを奪われるという満身創痍で開放された場所が、町に近い地点だったがせめてもの情けだったのだろうか。それでも前を向くしか出来ない健気な私は、五体満足で青空の下を歩ける幸福を喜び、残った微妙過ぎるカードたちをせめてもの慰みに残念極まりない休養を楽しんだ。多少自棄になりつつも、現状の範囲でめいいっぱいに楽しんだ。


 そしてそこから数日経っての本日のことである。


 恐る恐る、指示されたとおりの時間に拠点に赴くと、私の脱退話はどういうことだかしっかりと出来上がってしまっていた。お人好しのニッケスさんは眉を落として残念だとは言ってくれるものの、ろくな質問も追及もしてこない。結局、今後に関しての幾つかの約束事を確認されただけで、さっさと放り出されてしまう。

 そんなこんなで、今こうして一人寂しく野を歩く私……ああ、世の無常を嘆きたくもなる。脱退自体は正直別にいいとして、あまりにあっけないではないか。日も浅く、まだ様子見くらいの付き合いでそんなに慣れ合ってはいなかったとはいえ、一応少しの間はチームに居たのに。なんて薄情な最後なのかと溜息が出る。
 ごっそり減った手持ちのカードや、連絡の取れなかった数日間とかで誰か妙だと気が付いてくれるんじゃないか。なーんて微かな期待は、幹部側で談笑するゲンスルーにすっかり打ち砕かれていた。
 まあ、そもそも気付いてもらえたところで、体内に爆弾仕掛け済という悪条件の上であの男に勝てそうな人なんて、チームには誰も居なかったのだけれど。
 さて、まあ要はそういうことで、だ。あのチームと縁が切れても、私は未だこうしてゲームの中にいるわけで。
 諸悪の根源であるゲンスルーからは「今日が終わったら次は三日後」とだけ言われているので、その間はもう連絡は無いだろう。となると…この時間をどう過ごそうかと考えなければならない。目ぼしいカードはあらかた没収され、補充も当然出来ていない。相変わらず路銀も乏しい。さすがに、寝食を諦めないでいいだけのカードは残されているけれど……それだけだ。
 かと言って、どっかでモンスターを狩って換金しようにも邪推されると面倒だしなぁ。一人でカードショップに行ったことがばれたら、どうなるかなんて火を見るより明らかだしなぁ。お仕置きはそれなりに楽し……いや、お仕置きは冗談じゃないし、下手なことはしない方がいいかもしれない。

 バラとサブの二人は監禁生活終了の知らせとと同時に早々と帰ってしまったし、今の私に監視は付いていないはず。……なのだけれど、なにせあのゲンスルーのことだ。放置と見せかけて何かしていても不思議ではない。というか、それが普通に思える。あの外道は絶対に何かしている。


  ***


「で? たった数日の間に、また随分稼いだようだな」
「えー。誰かさんのおかげで空だらけになったバインダーに、入るだけモンスター詰めて売りに行っただけですよ」

 その一見温厚そうな笑顔が、今ではいかに嘘くさく危険なものかよくわかる。
「で、今もぎっしりモンスターが入ってるから、《同行》使ってマサドラへ連れてってくれると嬉しいんだけどなぁ、なんて」
 控えめに上目遣いで見上げるも、効果は芳しくなかった。

「何を考えているのかなぁ、なまえちゃぁーーん」

 頭に置かれた手にぐぐぐと力を込められる。いや、これはもう最初から置かれたではなく握られていた。そこにさらに力が加わるのだ……かなり痛い。っていうかこの状態で念を使われたら私は即アウトである。
 でも、でも、でも。そんな結構危機的な状況だけれど、それでも意外と余裕があるのが私のセールスポイント!

「ちょ、痛いですって。ううう、勝手にマサドラで買い物するなって言ったのは貴方たちでしょうがぁ。売ったのはマサドラのお店じゃないもん。だから悪く無いもん。そんで、一緒に買い物行って、一緒にパック開けて欲しいんだもん。私だってさすがに色々持っていたいんだもん」
「『もん』とか言うな気色悪い」

 ちょっと残念な感じに媚びれば、狙い通り毒気を抜かれたゲンスルーの手が離れ、しかたねぇなとバインダーを出してくれた。引き抜かれたカードは、勿論のこと《同行》だ。
 ……まあ、これくらい、おそらく普通に頼んでも叶えてもらえる範囲なんだろうけど。ならなんでこんな茶番を仕掛けるのかと問われれば、答えはもちろんちょっとした嫌がらせである。



 そうやって連れて行ってもらったマサドラのショップは、相変わらず盛況だったものの、幸いなことに列にさえ並べば買えそうな状態だった。

「うわー、有り金全部カードにつぎ込むのって初めて!」

 ドキドキしちゃいますねと一緒に並ぶゲンスルーを見上げれば、がんばってね、とにこにこ優しい笑顔が返された。町に入った途端ずっとこんな感じで、本当に狡い男だと思う。この猫被りめ……。
 ああ、でも。そういえば、私もチームに入っていた数か月間はずっとこんな彼しか見ていなかったのだ。ちょっと押しに弱そうで、物腰柔らかで、控えめで、けれど洞察力のある、静かで頼れる知的な幹部というこの彼しか見ていなかったのだ。
「ゲンスルーって、そういう顔もお上手ですよね」
「ん? 何を言っているのかな?」
 余計なことを言うな、という凶悪な眼力には気付かない振りをして考えを巡らせる。
「でもいつもの方が……。いえ、それでしっかり強いからすごいなぁと。強者の余裕ってやつですかねー。あーあ、いいカード出るといいなー」
 ……駄目だ。うっかり口を滑らしてしまいそうだった。慌ててなんとか適当なことを言ってごまかしたものの、今のは危なかった。無意識って怖い。猫を脱いだ彼の方がずっと魅力的だなんて、とても当人には言える事では無い。



「えへへ《離脱》いっぱいだ……ってあああぁぁ、酷くないですかー」
 充実のバインダーを抱きしめてほくほくとショップを後にした数分前が夢のように遠い。いきなり茂みに連れ込まれ、愛しのカードちゃんたちは即没収された。それも、ポケットに並ぶカードたちを撫でていた手首への手刀という直接的かつ暴力的過ぎる手法によって。参ったなあ、手加減されていたとはいえ突然手刀をくらった手首はそれなりに痛いんですけど。

「そんな方法で奪わなくても、どうせ渡す気だったのにぃ」
「ん? もたもたしている間に使われないとも限らないだろう?」

 その言葉が本心からの懸念によるものではなく、ただの気ままな意地悪だと今の私は知っている。だからこそ、こうして盛大にほほを膨らませて、酷い酷いとわめけるのだ。
 そんな感じで、殺伐とはかけ離れたやりとりをしつつ私たちの舞台は森の奥深くへと移動する。人の気配も獣の気配も感じない一角に目星をつけて、いよいよ腰を据えてのバインダーの点検というわけだ。

 いいカードはここで男のポケットへと移ってしまうが、はじめから予想していた展開なので気にはならない。《離脱》や使い勝手のいい《磁力》は、彼らが行動するにはいくら有っても多過ぎるということはないカードだろうから。

「にしても、これはさすがに私の分が少なすぎじゃないですかー?」

 結局、私が稼いだ私のお金で買った私のカードの殆どが、そのままゲンスルーのバインダーに流れることになってさすがに物申したい気分になる。移動系が無いと辛いと訴え、お情けで《同行》の所有が許されたとはいえ、やたらに出た《初心》と《衝突》は消滅させられるし、これでは割に合わな過ぎだ。が、その訴えすらもうるさいと一蹴されてそれきりにされる。ゲンスルーのポケットに入るなら百歩譲って頷けるが、破棄だなんて勿体なくて泣けてくる。これならまだ損を覚悟でカジノ台に賭ける方がマシなお金の使い方だろう。

「しかしお前、カード運いいなぁ。《離脱》をこんなに出してる奴は初めて見たぞ」
「ねー。私も初めてでびっくりですよ。一枚も手元には残らないですけどー」

 ポケットの上限ぎりぎりまでカードを詰め込んで、ゲンスルーはご機嫌だ。そして私のバインダーは、最初よりちょっぴりマシになっただけだ。これでは私の貴重な労力とお金を遠まわしに貢いだようなものだ……心外なことに。
 それでも、まあ、なんていうか。不本意なことは変わりないのだけれど、でも、こんなに嬉しそうにされると、まあ、悪い気はしない、というか、うん。
 本当に心外で不本意なんだけれど。うん、でも、なんか……。

「まあ、今日はありがとうございました。おかげでささやかとはいえちょっぴりカードも手に入ったし、明日からもなんとか頑張れそうです。ああ、あとちょっと武器カードを見て帰りますね」

 ではでは私はこれにて。足早にマサドラへ戻ろうとしたのだが、すかさずその腕を掴まれる。ぐいと引っ張られ、腰に手が回され……ってああ、その手に念を集中させているようなのは気のせいではないですよね。あの、本気じゃ無いですよね、ただの脅しですよね?
 冷や汗まじりに振り返ると、いつも通りのゲンスルー……いや、いつもより目が笑っていないゲンスルーが居た。これはまずい。

「呼び出したのはこっちだぞ。何を勝手に去ろうとしているんだ?」

 低い声でたしなめられ、私は自分が甘かったことを思い知った。……やれやれ。
 いくら奥まっているとはいえ、いつまでも誰も通らないという保証は無い。こんな町の近くの森でなんて出来れば遠慮したいところなのだけれど、けれど! なんといっても相手は極悪非道の爆弾魔様だ。勿論そんな訴えを聞き入れてくれる筈も無い。
 手近な木に押し当てられた哀れで非力な私には、この暴君の気が済むまで付き合わされ、弄ばれる未来しか残されてはいないのだ。



(2014.01.09)
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