■ 囚われの数日間について 1

「やあ、おはよう。目が覚めてなによりだ」

 ぼけた視界の焦点が合うまでの時間も待ってくれずに、そんな声がかけられた。ぼんやりと、ああ、身体が痛いなあと思う。腕とか、腰とか、頬とか。なんでだろう。

「ではさっそく紹介しよう。こっちはバラでそっちがサブ。今のところこの二人はゲーム外での仕事が主でね。カード保守や実験のために戻って来るくらいだから、こちらにはあまり居ないが……まあ、君を楽しむ程度の時間はあるだろう」

 さわやかな笑顔で男たちを紹介されるが、手足を縛られ猿轡までされた私にはよろしくと笑うことも出来ない。せめて睨もうとするも、身じろいだ瞬間に向けられたゲンスルーの目が怖くて止めた。
「さあ、オレたちの新しい玩具、なまえだ。彼女には前の……何だったかな……まあいい、前の女の役を引き継いでもらう。そんなに長い付き合いにはならないと思うが、せいぜい丁重に扱ってやろうじゃないか」
 え、ちょっと。なんですかその突っ込みどころしかない紹介は。なんて抗議の声を上げることも叶わず、下卑た笑みを浮かべる男たちに取り囲まれているこの状況。誰がどう見ても、大変にピンチです。


 助けて!
 誰か!


 ……まあ、いくら待っても正義のヒーローなんてそうそう現れてくれる筈も無いわけで。
 結局どうすることも出来ないまま、この部屋に不釣り合いな大さのベッドで男たちに組み敷かれることとなるわけで。これ以上なくセオリー通りだ。この状況で出来ることといったらもう、せいぜい彼らが特殊な性癖を持ち合わせていないことを願うことくらいだろう。ああ、かわいそうな私。


  ***


 とまあ、どうなることかという導入部が嘘のように……つまり実際の展開としては、驚く程に私に都合よく事は運んでしまった。口と手足の拘束を解かれた直後こそがっつかれたものの、そこまで無茶もされることなく実にお行儀よく扱われたのにはむしろ拍子抜けすらした。

 まずゲンスルーに手足の拘束を解かれ、仕上げにとばかりに前のボタンを何個か引きちぎられてベッドに投げられた。ちなみに一連の動作があまりにも手馴れ過ぎていたから、別の意味で戦慄した。
 バラと呼ばれた長髪の男は私の口にペニスを押し込もうと性急にのしかかってきて前を開けたし、サブと呼ばれた短髪の男ははだけられた胸に感嘆の声を上げむしゃぶりつこうと一直線だった。諸悪の根源であるゲンスルーはというと、ご機嫌な様子で傍らの椅子に腰かけて高みの見物と決め込んでいた。最悪にゲス野郎だ。
「ほら、舐めろよ!」
 口を閉じてイヤイヤと小さく首を振ればバラはそれすら楽しむように脅しをかける。
「いいのか? お前の爆弾が、爆発しちまうぜ?」
 ほら、オレたち爆弾魔だからさ。
 改めて突きつけられる現実に顔色を変えて震える私に対するは、絶対的な強者の笑みを濃くする三人。この状況でなおも突っぱねることが出来る程に私は無敵でも馬鹿でもない。セオリーに準じて渋々、恐る恐るという様子で口を開けばバラが満足そうに喉をえぐりにやってきた。

 で、だ。
 問題はここだ。
 嫌だ、止めて、汚い、臭い、苦い、と涙を溢れさせ嘔吐感に耐えながら、お口のご奉仕を強要される私。そしていやいやと首を振る事も許されないまま、柔らかなもち肌を不潔な男の手と舌で舐め回され鳥肌だらけになる──筈だったのだが信じられないことにそんな展開にはならなかった。

 突っ込まれたものを認識すると同時に衝撃が走った。
 わずかでありながらも、現状で用意できるだけ必死で掻き集めていた覚悟とか諦めとか、そういうあれこれが全部一瞬で吹っ飛んだ。……だってありえない。ありえない展開すぎる。
 つまり、こんな場面だというのに、どうも、その、洗いたてという感じがしたのである。
 正直ニオイも状態ももっとキッツイのを想像していたから、意外と準備されていてあれー?というわけだ。その違和感に首を傾げたタイミングで、今度はサブの短い髪が鎖骨に擦れる。反射的に不快だと身体をひねりかけ、私はまた気が付いてしまった。下着をずらして乳房を弄ぶサブの髪と頭皮が、意外といい匂いなことに。
 というか、思い返せばさっきから三人とも男のにおいはしても不潔なニオイはしない。
 ……なんだろう、これ。え、ひょっとして汗と土のニオイなんてさせているのは私だけ!? こんな場面にも関わらず私の中の女のプライドが総動員で慌て始める。いや、でも、土は拘束して地面に転がしたゲンスルーが悪いんだし、普通に外で半日動いていれば幾ら海千山千のハンター様だって汗くらいかく。というか捕まった時に散々嫌な汗が吹き出たんだから不可抗力だ。それをそのまま捕まえて運んでってしたゲンスルーがやっぱり全部悪い。それは当たり前だ。うん。私は何も、何一つ悪くはない……でも、風呂上がりの清潔な男たちに、汗と泥にまみれた裸体を晒すというのは──だめだ。どう考えてもアウトだ。
 他の人がどうであれこのプロハンターであるなまえ=苗字様には許されない失態だ。っていうかゲンスルー!最初からそのつもりだったのなら一応の準備くらいさせなさいよ……!
 などという自尊心を傷つけられた怒りのままに頬杖をついて座る男を睨みつければ、視線の意味を誤解しただろう男がまた楽しそうに唇を歪めた。やっぱりゲス野郎だ。

 ああもう最低だ。最悪だ。
 これでクサイとか言われた日には本当に生きていけない。っていうか死んでも死に切れない。しかもこんなクズたちだから「こないだの女クサかったよな」「萎えたわー」とか後々まで笑い者にされるかもしれない。うわ、有り得る。などと悶々と考え込んだ所で実際に動かなくては状況は変わらない。それに、本格的に火がついてしまえば"男の都合"は待ってはくれない。
 状況を変えたいのならまずは行動あるのみだ、ってことはもうずっと前から知っている。
 今までだって、そうやって行動してここまで生き抜いてきた。
 さあ目を閉じて、覚悟を込めて一呼吸。もちろん口はバラのものが入っているのでしっかりと呼吸はできないけれど、もごもごと声を出したいことをアピールしつつ腕で押し返せば力加減がよかったのかこれまた意外とすんなりと自由が得られた。胸を触るサブもきょとんと顔を上げている。
 男共の視線を集めながらせめて出来る限りに愛嬌あふれて見えるように意識して、あの……とか弱げに声を発するとやっぱりみんなしっかり聞く態度をとってくれて益々拍子抜けする。まあ、いずれにせよ、付け込む隙が出来るのは好ましい限りだ。

「えっと、あの、私……シャワーを浴びさせていただきたいので、す……が……?」


 おずおずと懇願する私の全身に、たっぷりと舐めるような視線を這わせた三人はやがて顔を見合わせて口を開いた。



(2014.01.10)
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