■ 11月某日 下のあと

 開店準備に取り掛かる傍で、満善の頭は先程の一瞬を何度も何度も繰り返していた。静かな階段に響いたふんふんという靴音以外の音により、やっと自分が鼻歌交じりで歩いていたことに気付いたくらい、分かりやすく浮かれていた。
 いってらっしゃいと送り出されることなど何年ぶりだろう。単純にハルが居なくなってからという意味では無い。大体の場合、高校生の朝は満善のそれよりも早いものだったし、そうでない日は寝ている少年を起こさないように出るばかりだった。一緒に暮らしていた頃の母もそういうタイプではなかったから、あんな風に屈託無く言われたことなんて、本当に、もうずっと。
 なまえが居たのがリビングでよかった。もしも目の前にいたとしたら、きっと誤魔化せなかっただろう。あの瞬間、いつものように取り繕えなかったことを、胸がぎゅっと痛んだことを、なまえに気付かれでもしたら大変だ。
 尤も、気付いたとしても彼女なら微笑んでくれるだろうけど。そして悪戯めいた目で「ハルくんを思い出す?」とか「まるでごっこ遊びだね」とか、そんな風に笑うに違いない。それはそれで、ある意味とても気楽だけれど、ある意味とても恥ずかしくて悲しいことだから。だから、気付かれなくて本当によかった。
 気恥ずかしさを逃すように掻き上げた髪をエアコンの風が撫でて行った。こうしている間にも、熱を含んだ風は勢いを増して場内へと広がっている。もう幾らか経たない間にいつもの空間が出来上がるだろう。けれど一帯が温かくなるまであと少しということは、営業開始まであと少しということでもあるから、のんびりとはしていられない。まだ残っている煙草を灰皿に押し付けてさあやるぞと気分を切り替える。
 などと張り切ってみたところで、実のところ待っているのはいつもと同じ日々である。落ち込んでいようが浮かれていようが、基本的には仕事への影響は殆どないと言っていい。何せほぼ毎日、それこそ年がら年中ここでこうしているのだから。いっそ稀な筈のアクシデントの内容までもパターン化してしまう程に、とっくに日々が身体に染み込んでいる。始まってしまえばいつも一日はあっという間で、ろくに変化も無いまま週が変わり、大きな区切りもないまま月が変わっていく。
 別に、今の生き方にこれといって不満があるわけではない。
 けれど、毎日目まぐるしく関係を変え、刺激を吸収し、貪欲に成長していく子供たちを目の当たりにして、羨ましく感じる時がある。彼らにとっては、同じ一日などないのだろうと思えてしまう。子供だった頃の自分が本当にそうだったかなんてことも、とっくに忘れてしまったけど。

 ──いってらっしゃい。

 不意にまた、朝の遣り取りが蘇った。
 たった一言をなぞっただけだというのに、身体がかっと熱くなる。ああ、そうだ、今日は。今日はきっと、埋もれない。どうしてこうも彼女のことが気になるのか、あの一言が嬉しいのか、という肝心な部分からは目を逸らして気付いたばかりの喜びを握りしめる。
 それはつまり、今日という日には、始まりがあって終わりがあるのだ。という当たり前のことなのだけれど。
 いってらっしゃいはただいまに繋がっていて、彼女はきっとおかえりと迎えてくれる。明るい部屋に帰る自分の姿を想像するだけで広がるこの気持ちはなんだろう。
 そのあとに待っていることが悪友たちと傷心のなまえを慰めるというイベントだとしても、それによってまたなまえが笑うならいいかと思えるのだから、単純なものだ。



(2019.10.14)
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