■ 重ねた胸の高鳴り

「ああ、いいよ。気持ちいい……上手くなったね」

 跪く姿勢でいる頭を撫でられてなまえは悦びに震えた。
 褒められたことが嬉しい。私で気持ち良くなってくれることが嬉しい。からだ中を駆け巡る感動を伝えるために、咥えたままのペニスによりいっそう吸いつく。唇で擦りながら、上顎を沿わして喉の奥まで。途中、舌先を使うことも忘れずに。最近やっと、あまり歯を当てずにできるようになった。

「ごめん。そろそろ、出してもいいかな」

 普段より数段上擦った声に応えてなまえが顔と舌を激しく動かし吸い上げれば、小さな唸り声とともに熱い体液が口の中に放たれた。
 鼻腔いっぱいになんとも言い難いにおいが広がる。確か最初は、こんなに汚いことなんてと驚愕し、どうにか避けたいとけんめいに首を振っていたのだけれど、今ではなんの抵抗もない。それどころか、恍惚とした表情で喉を鳴らすまでになっていた。心底幸せそうに味わい飲み干すなまえを、ゲンスルーが優しい力で抱きしめた。そのまま頬に軽いキスを落とし、真正面から彼女を見つめる。

「ありがとう。気持ちよかったよ」

 全身で君が愛おしいと伝えるようでありながら、まだ消え切らない熱を見せつけるような視線がなまえを射抜く。いつもの眼鏡を介さない彼の視力がどれほどなのかを彼女が確かめたことはない。これから先確かめる気もなかった。どこまではっきり見られているかわからなくて、だからこそ自分という存在のすべてを見てもらえている気がしたから。
 まっすぐに向けられる柔らかな瞳の中にちらつく激しさと欲望を見つける瞬間がなまえは大好きだった。だから今もごく当たり前のようにこの後を期待し、ぞくりと身体を疼かせる。


 数週間前が嘘のように、今ではすっかり愛される喜びに慣れた心と身体で手を伸ばしてくる女体を抱き止めながら、ゲンスルーはふっと笑みを漏らした。
 人の良さが滲み出るようなお人好しの仮面の下の本性にも、自分が相手にしているのが本来彼女が最も嫌う人種であることにも、憐れななまえは気がつけずにいる。


  ***


 ゲンスルーとなまえの関係は、土壌固めの一環としてデータ収集に向かっていたジスパーたちが、ある遺跡で壊滅状態になったチームを見つけたことから始まった。
 度重なる不運に主戦力のプレイヤーが次々ゲームオーバーとなり、最終的にチームでひとり生き残った彼女はサポートタイプの念使いだった。憔悴した娘を放っておくわけにもいかないと彼等がソレを連れ帰った時には、ゲンスルーは内心酷く呆れたものだった。
 予期せぬ罠に凶悪なモンスターといえばそれらしいが、結局は当人たちの準備不足と実力不足でしかない。傷ついて震える乳臭い小娘に時間と手間を裂くことに、一体何の価値があるのだろう。けれど当然ながらそんな心中はおくびにも出すことなく、物わかりのいい好青年かつ同情を知る常識人として神妙な顔をして言った。しかたがない、すべての決定をニッケスに委ねよう、と。

 雑用係としてなまえが拠点内を奔走するようになったのはそれから数日後のことだった。
 外に行くのはまだ怖いともっぱら中心メンバーの小間使いのようなことをやりながら、徐々に仕事に慣れてきたらしい彼女の態度がただひとりを相手にした時だけ妙な具合になるとゲンスルーが気がついたのは、彼女の加入から二十日を過ぎての事だった。
 ほうと瞳を輝かせ口角を上げ、娘が新しい玩具にふさわしいかを見定めようと視線を送り、やがてどうにか及第点という評価に至ったのはその日のうちだった。狙いを定めてしまえばあとは早い。ろくに認識もしていなかったガキがとっておきのご馳走に見えてくる。さてあの幼さの残る娘でいったいどう遊ぼうかと考えるだけで幾らでも暇が潰せた。


 そして、某日。
「よかったら、相談に乗ろうか?」
 あいつは意外と鈍い奴だからさ、と苦笑しながら誘ってみれば、真っ赤になって手を振り反射的に否定した。もちろんそんな態度は長くは続かない。他人の優しさに慣れていて、気遣われてることに慣れていて、世の中には善人が溢れていると信じているお花畑を前にゲンスルーの胸は何度も高鳴った。
 そうして相談と言う名目を重ねるうちに、周到に張り巡らされた糸に絡め取られ、いつしか娘の恋心はその在り様を変えられてしまう。こんなゲームにやって来てまで自分の在り方を振り返らなかった娘は、目の前の男を羊だと思ったまま、狼ですらない獣に心を奪われていくしかなかった。

 微笑む口元に覗いているのが獰猛な牙であることも、優しい振りで伸ばされる手に生えるものが硬く鋭い爪だという事にも、気がつかないまま。愚かな娘はいとも容易くケダモノに心をひらき、身体をひらいた。


  ***


「さあ、そろそろ帰る時間だよ」

 微睡みを取り払うための言葉に、なまえは不服そうな声で応えた。

「まったく。そんな顔をしたって仕方がないだろう。……いいかい、いつも通り、君は先に戻っているんだ。くれぐれも――」
「『くれぐれも、二人の関係に気づかれないように』ですよね? 毎回毎回繰り返さなくても、分かっていますって。……そんなに隠されると、地味に傷付きもしますけど」

 ゲンスルーの言葉を引き継いだ先、寂しそうに吐露する。

「あーあ。ゲンスルーさんったら仕事中はちっとも構ってくれないんですもん。せっかく同じ部屋に居ても、全然笑いかけてもくれないし。もっと、とは言わないけど、あと少し位は特別扱いしてくれると、私は凄く凄く嬉しいんですけど」

 シーツにくるまって口を尖らせるなまえの言葉を、ゲンスルーの手がそっと押し留める。

「キミには申し訳ないと、思ってはいるんだが……。すまないが、もう少し待っていてくれないかな。なまえの働きのおかげでオレたちは随分と快適に作戦を進められるようになったし、今はそちらに集中していたいんだ。オレたちの関係を伝えて変に遠慮されでもしたら、困るだろう? ……もう少し段階が進んだら、あいつらにちゃんと紹介するから」

 宥める言葉にふんと眉を寄せたなまえだったが、やがて僅かに表情を緩める。

「私こそ、ごめんなさい。ゲンスルーさんがチーム思いなこと、知っていて我儘を言いました……。私、本当に、クリアを応援していますから! そりゃあ、まだまだ全然使えないお荷物ですけど、でも頑張ってサポートしますから!」

 勢いよく起き上がったせいでシーツが落ちたことにもまるで気がつかないようで、こぶしを握って熱く決意表明を行うなまえにゲンスルーは頬を緩ませた。

「ありがとう」


「ただまあ、気持ちは嬉しいんだけど、その格好はどうだろう。オレは構わないけど、もう少し隠した方がいいんじゃないかな……もう一回してからの仕事は辛いだろう?」

 それとも、誘惑してくれているのかな?
 囁きが終わるまでもじっとしていられず、真っ赤になったなまえは無言でシーツを掴むと慌ただしく身体を潜らせた。



(2014.08.04)
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