■ 5

「昨夜は迷惑かけちゃってごめん! お詫びに、今晩飲みに行こう! 奢らせて!」

 反省からは程遠い誘いの言葉に目を剥き、反射的に手刀を繰り出していた。オレは何も悪くない。


 日差しが差し込むその部屋にはいつもの顔が揃っている。彼らの視線を一身に浴びながら、メレオロンは自分が巻き込まれた災難の内容とその残念な顛末をそれはそれは悲哀たっぷりに嘆いていた。

「おいおい、マジであいつの頭はどうなってんだよ!?」

 散々飲んでみっともなく酔っぱらった挙げ句、家まで連れて帰ってもらった分際で言う台詞がそれか。なぜ、よりにもよってまた酒に誘うのだ。反省もしなければ失敗から学ぶ気もないなんて、人としてどうかしている。いくらお前らの友人だといっても、さすがに限度というものがあるだろう。これは腹を立ててもいい案件だろう。そう零すメレオロンにパームとシュートは顔を見合わせ、やがて揃って溜息で応えた。

「別に、悪い子じゃないのよ。……ちょっと周りが見えてないだけで」
「ああ。基本的にはいい奴なんだ。……若干勇み足なだけで」

 フォローにならない言葉をかけられたところでメレオロンの気は晴れない。気まずい沈黙が訪れかけた時、それまで黙っていたナックルがようやく口を開いた。

「まあ、アレだ。アイツがそうもテンパるってことは、そんだけお前を気に入ってんだよ」
「……はあ?」

 一体どういう理屈だよそれは。メレオロンが続けようとした言葉は、うんうんと頷く声に打ち消された。

「まあ、そうね」
「わかりやすくて、いっそ可哀想になるな」

 またも息ぴったりなふたり。どういうことだと尋ねる前に、昨夜は早くに抜けていたイカルゴが詳しく話せと急かしてくれた。

「要は、距離を詰めるのが下手なのよ。仲良くなりたいって思えば思う程、苛烈に詰め寄り過ぎて引かれるタイプね。確か初恋の人がすぐにいなくなったとかで、短期戦で決めないと安心できないみたい」
「そのかわりアイツは腹芸も出来ねぇし、気持ちがいいくらいに直球勝負だから。好かれる奴には好かれるけどな」
「特別な好意を抱いていない相手には極々普通……どころか、ほどよい愛想で逆に好印象だというのに。まったく、難儀な性格だ」

 三人が三人とも大して考え込む様子も見せず言い切った内容に、イカルゴもあっさりと納得の声を上げる。

「そういやなまえのやつ……最初から、明らかにお前にだけ変だったもんな」

 な? と見上げられても、当事者であるメレオロンとしては堪ったものではない。
 しかも何やら、四人ともひとつの結論ありきで話しているだろうことが、信じられない。

「……おいおい。お前ら、一体何言ってるんだ? それじゃあ、まるであいつが──」


  ***


 それじゃあ、まるであいつが、オレの事を好きみたいじゃねェか?


 数刻前のやり取りを思い返したメレオロンは、気を落ち着けるように深く深く息を吸い込むと、たっぷりの紫煙として吐き出した。
 結局あの後、普段通りの能天気さで研究所の待機部屋に顔を出したなまえは、相変わらずの強引さで迫ってきた。したり顔で自分たちを眺める面々に気を取られていると、なんと彼女は次の検査の部屋まで付いてくるという自由っぷりを発揮する。誰か止めろよこの女をよォという訴えも虚しく、施設の人間たちは誰ひとりとしてなまえを拒もうとも制しようともしてくれない。かくして。安全だからと念を押された栄養ドリンクらしきなにかを飲んでよくわからない計器を付けて二時間ベッドに横になるだけ……という単純で退屈なはずの検査の時間は一変した。
 寝ているカメレオンの一体何が面白いのか、ベッドの横に陣取ったなまえはメレオロンから視線を外す事もせず、にこにこと笑っている。

「ていうかさー、安静にしてデータ取るってのに煙草なんて吸ってていいのー」
「いーんだよ、オレの場合は逆に、吸わねェ方がストレスになるから……ってな?」

 研究者泣かせなことを言うのねと笑ったなまえだったが、ふと何事かを思いついたらしくキラリと目を輝かせた。瞬間、なぜか嫌な予感がメレオロンの背筋を這い上がる。

「ねーメレオロン、私いいこと思いついた。やっぱ寝煙草って危ないし、煙草の代わりにキスしよっか」
「……はぁ? ……って、オイ。お前、なんつーことを言うんだ! んな冗談、気持ち悪くて笑えねーじゃねェか!」

 変わらない口調で突然そんなことを言われてさすがのメレオロンも反応が遅れる。挙げ句、上手く切り返せなかった。唾が飛ぶのもおかまいなしで慌てるしかない男心には気づく様子もなく、本当に額面通りに受け取ったらしいなまえが眉間に皺を寄せ唇を尖らせた。

「あ。だめよー。興奮したら、数値がおかしくなっちゃう」

 メッと額に手をあてて叱られると、つい自分の方に非があるような気がしてしまったのだがそれは明らかに気のせいだった。

「いやいや、そうじゃねーだろ!? お前が変な事言うからだろ!? 大体、煙草よりずっと『安静』から遠いだろーが!」
「えーと……あ、そっか。へぇー、メレオロンも『キス』は『キス』なんだー」

 ひとり納得した様子で頷くなまえに、一体何の話だと聞いてみれば"蟻"の感性の話だよと微笑まれる。

「表層はかなり"カメレオン"と"人間"だけど、そもそもは"蟻"で、他の生物も色々混じっているんでしょ? 唇の接触に"食事"以外の意味を持っているのかなー? どうかなー? ってわけ。まあでも、その辺りの感覚は元々の記憶が強いみたいね」

 そう言ったなまえの手は、いつの間にかメレオロンの髪を撫で始めている。くすぐったいが、コードが繋がった腕を動かして撥ね除ける程でもない。おまけに極々自然にやっているらしいなまえ相手にわざわざ言うのも馬鹿馬鹿しい。そう思ったメレオロンは、とりあえず手のことには触れない事にした。

「……当たり前じゃねーの? つーか、変な事を気にすんのな」
「んー……『当たり前』かどうかは、難しいとこだよねー」


「だって、今だったら人間も普通に食べられるでしょ? しかも、血抜きも済んでない、非加熱の丸ごとでも」



(2014.10.21)
[ / 一覧 / ] 

top / 分岐 / 拍手