■ 3.5

 何かを成し遂げたかのような、不思議な充足感が漂う店内に目をやった店主は、フライパンを握りながらふっと頬を緩めた。

 昔気質な店構えと硬派なメニューがこの店の売りではあるものの、それ故に若い客は珍しい。それも、旅人としてふらりと立ち寄ったことをきっかけに、以後も街に来る度に頻繁に顔を出すような若い女は、非常に稀有な存在だった。
 あちこちを転々としているらしいその女性は、いつだってふらりと去ってはふらりと街に戻って来て、そしていつもこの店にやって来た。男くさい常連だらけの店で、彼らの気を害さない程度にひっそりと腰掛けては、満足そうに口を動かし、静かに帰って行く。
 そんな彼女に、最初に話しかけたのは誰だったか。そして、そのきっかけが何だったかも、きっともう常連客の誰も覚えていないだろう。ただ、いつしか当たり前のように、年に数回、数週間ほど訪れる彼女はこの小さな店に集う者たちに認識され、歓迎されるようになっていた。

 そして、そんなことが続いて、数年目。
 いつも一人だった彼女が初めて誰かを連れて来たかと思えば……それは、人間ですらない緑色の皮膚をした"魔獣"だったのだから驚くどころの話ではない。
 いくら魔獣の存在がそこまで珍しくない都市だと言っても、一般人が接する機会はそう多くはないのだ。しかも、あんな見た目の魔獣はそうそう見かけない。けれど、魔獣相手に嬉しそうに笑う彼女の姿を見れば、店主自身だけでなく客たちの不信感も不安もすぐに別の感情へと移り変わった。
 なにせ……実際に少しでもあの魔獣と言葉を交わせば、その妙な人間臭さに気がつかないわけがないだろう。これでも、こんな商売を続けているのだから人を見る目には自信がある。加えて、そこらの下手な若造よりも礼儀を知っているし、かつ骨も見込みも可愛げもあるとなれば、自分たちのような年長者たちには好ましく思えて仕方がないのだ。
 その上、あんな風に見たことのない勢いで押している彼女を前に、二の足を踏んでいる姿を見てしまえば最後、恐れも警戒も吹っ飛んでしまう。

「むしろ……振り回されすぎて、気の毒なくらいかねぇ」
 どうやら彼女は、自分たちが思っていたよりもずっとタフで、そして奇人だったらしい。
 若い常連客たちの顔を思い浮かべる店主の口元は、相変わらず緩やかに弧を描いていた。
 ただそれは、先ほどの暖かなものとは少しだけ異なり、どこか苦笑のようでもあった。



(2014.12.14)(タイトル:銀河の河床とプリオシンの牛骨)
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