■ 6(完)

「そういや、ずっと協会に居たんだよな? あいつら、何処行ったんだろうって不思議がってたぞ」
「ああ。そりゃ、言ってないし」

 いつかのナックルたちとのやり取りを話題にしてみれば、返されたのは当然でしょうという反省の欠片もない言葉だった。呆気にとられるメレオロンに対して、なまえは何がそんなにおかしいのかと不思議そうな顔をみせる。それで充分、わかってしまった。
「……つーかなぁ、そういうのはどうかと思うぞ。つるんでる奴が突然居なくなったら、大概の奴は心配するだろうが」
「あー……それは、そうかも? でもさ、そうすると最初から全部説明しなきゃいけないし、多分みんなもそんなに興味はないと思うんだよねー」
 それにまあ、実際いつもこんな感じだったし。へらへらと笑う彼女の呑気な言葉に、メレオロンは流しきれない引っかかりを覚えた。
「『最初から全部』だぁ?」
「え、そりゃあ、まぁ、協会に軟禁ってだけで充分物騒なイメージだし。絶対、始末書ものっぽいし、私がヘマしたみたいじゃない。けど、資料室と関わりがあるって言えば、もう当然のように能力のことも言わなきゃいけないしー」
 違和感の正体がみるみる明らかになっていくにつれ、まさかという思いが呆れとなって唇から漏れていく。
 さてはこいつ、「言ってない」ってのは能力も含めての「全部」って意味だな。
 メレオロンの反応を意外に思ったらしいなまえが続ける言葉を受けて、その考えはあっという間に確信へと変わっていく。
「別に、本をコピーして念空間に収納できることと、本の内容を読み取って記憶できるってのは、外側から見たらそんな差はないでしょ? そういう念能力者は珍しくもないし、まあ実際、例の資料室にも居るしさぁ。ついでに言えば、みんなを私の"書庫"に招くことなんてまずないわけだし」
 だったら、あえて能力を説明する必要もないじゃない?
 あまりにもあっさりとなまえが告げるので、メレオロンは先ほどから驚かされっぱなしである。
 能力者が自分の能力を隠すのは、確かに至極当然のことだ。実際に、メレオロンも自身の能力を彼女に開示したことはない。(もっとも、成り行きで透明化は知られてしまったのだが。それでも「神の不在証明」に関しては、今もあの戦場に居た面々だけしか知らない能力だ。)

 ただ、そんな"常識"でも彼女が持ち合わせている保証はどこにもなかったし、ましてそんな慎重さは確実にないと思っていた。
 何がきっかけかまでは忘れたが、「歩く本棚(ブックシェルフ)」「書類整理庫(レターケース)」という呼び名を知ったのは出会ってすぐのことだった。そしてその後、実際に"書庫"へと誘われて彼女の能力を目の当たりにした時も、なるほどそれでこの名なのかと納得したものだ。
 つまり、それくらいメレオロンにとって彼女の能力は、誰もが知っている二つ名のように周知のもので、秘匿の必要性を感じる類のモノでは一切なかったのだが……。
「おっと、ちょいと待てよ? じゃあお前、オレを連れてったのは何だったんだ?」
 聞けば、彼らへの"協力"というのは、記憶分野に優れた能力者を彼女の"書庫"に連れて行き、その場で覚えさせたものを後で出力させるらしい。そんな風にして、たった一人の記憶係を"書庫"に入れるというだけでも散々に不満を訴えるなまえである。
 前提が異なり、いくら好意が有ったとしても、本にそこまでの熱意を持ち合わせていないメレオロンを何度も連れて行ったのは、一体何だったのか。当然といえば当然のメレオロンの問いかけにも、やはりというべきか……返されたのは彼の思考の斜め上を射抜く答えだった。
「ああ、ほら。だってさぁ、メレオロンは別に本が好きってわけでもないでしょ?」
「お前なぁ、頼むからもうちっと分かりやすく話せ。な? 自分の思考回路がスタンダードなんて大それた考え、持ってちゃいけねェぜ?」

 なによとむくれてみせる姿が、やはり何故か今夜は妙に可愛く見える。
 などと決して悟られる訳にはいかないことを思いながらも、一応は呆れた眼差しを向け続けた甲斐があったのか、じきになまえの唇が動きだす。
 もともと本への興味など人並み程度しか持ち合わせていないと自覚するメレオロンにとっては、言い直されてもやはり理解しにくいことに変わりはなかったが、それでも順序立ててればまだマシだ。当初に比べれば格段と言えるほど、幾分かの見当はつけられるようになる。
 もともと彼女は、先ほども彼女自身が語ったように書物に執着する者が自分をあてにするのは嫌がるくせに、愛書家でも読書家でもない者に対しては寛容なのだ。だから、ハンター仲間から情報を求められれば、集めた知識をフル活用して選りすぐりの情報として売り渡してきた。
 しかし彼女にとって、執着しない者が持つ"価値観"という視点もまた、ある意味煩わしいものだったらしい。

「だから、そもそも知らないメレオロンなら……この本が珍しいだとか、あの本が高値が付いているとか、そういうつまんない事言わないだろうなーって思ってさ。そりゃあまあ、私だって稀少な分類に入るものはいっぱい"写して"きたけど……でもさ、なんか、人に言われたくはないっていうか。あの書庫にある本は、稀少だとか昨今のベストセラーだとか関係なく、全部私が好きで集めて"写した"ものなのよ? だからなんか、あの本を手に入れるのに総額幾らかかったとか、これを集めるのにどれだけの手間がかかったとか、そういう尺度で話されたくなくて」
 言っている本人は気がついていないが、それはつまり「見たところでその本が珍しいことも高いこともわからないに違いない」と思われていたということだ。
 それくらいに、NGL自治区の平凡な一般人としての下地を持つ自分は、彼女にとって衝撃的な知識レベルだったらしい。けれどそう理解したところで、今のメレオロンの胸に広がるのは、侮られた怒りでも観察されていたことに対しての羞恥でもなかった。

 そんな考え方をしていたら確かに、「稀少本を写させろ」という意図が前提となる"資料室"の介入はストレスにしかならないだろう。そんな考え方をしていたら確かに、興味がある者に対しても、ない者に対しても、門を開く気にはなれないだろう。そんな考え方をしていたら確かに、コレクションは誰かに見せびらかすものではなくなるだろう。

 誰かに見せるという意識がないから"写本"という形式を取ったのだとばかり思っていたが、実はそれは正しいわけではないのかもしれない。ひょっとしたら……そもそも、現実を侵さない"写本"という幻想を己の中に収集するしか、愛でる術を持たなかったのかもしれない。

 器用なように見えるだけで、実は不器用だったことの証明になってねェか?

 思わずそんなことを考えてしまい、メレオロンは慌てて歪みかけた表情を戻した。
 こんなことを面と向かって言ったところで、なまえは決して認めないだろう。
 なに、そんなに私が繊細に見えるの? なんて笑ってみせて、ついでに冗談の一つや二つも重ねてはしゃいでみせて、ころりと話題を変えてしまうに違いない。だから、過去の彼女を勝手に想像したところで、そして勝手に湧き上がってきたこの感傷にも、何の意味もない。
 ならば、今本当に気にすべきものは、目の前で顔色悪く笑っているこの現在の彼女だということは明らかだ。
「どこまで話すかは別にどうでもいいけどよ、まあ今後は離れる時くらいは言っとけよ。じゃねーと、仮になにかに巻き込まれてても……誰もなーんも気づいてやれねェぜ?」


 とりあえず、お前が戻ってきたこと、あいつらには声かけとくか。
 ……いや、待て。なあ、明後日かその次くらいに、いつもの店に顔出しに行っとくか?

 さらりと言ってみたこの言葉が、「次回のお誘い」であり「約束の提案」であることに、なまえはいつ気が付くだろうか。



(2014.12.21)(タイトル:銀河の河床とプリオシンの牛骨)
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