■ 5

「そーれ、がんばれ、がんばれ。あ、そこの木の根元から覗いてるやつがいるよ!」
「本当に……手伝う気はないんだな……っと、邪魔だ!」

 今回の獲物こと賞金首ビノールトが悪態とともにハサミを振るえば、あっという間にモンスターたちはカードに変わってヒラヒラと落ちていく。期待以上の働きぶりをみせてくれる賞金首に向かって「がんばってねー」と"いかにも"な声援を送りながら、私は優雅に足を組み替えた。
 この一幕の為に買ったリス風モンスター避けのパラソルは大活躍で、影の中にいる限りはあれらに狙われる心配はいらない。けれどここから一歩でもはみ出てしまったら効果無効となってしまうから気は抜けない上に、直接狙われないだけで流れ弾は普通に当たる。なので、今もこうして賞金首さんに声をかけてボディガードばりの活躍をお願いしているわけである。


 ほらぁ、やっぱりこの人って強いじゃないか。
 キラキラと眩しく輝く刃物とそれを繰り出す手元を見つめながら、そんなことを改めて思う。


 本人が知ったら怒りそうだけれど、少年二人にぼこぼこにされていた光景が衝撃的過ぎて最初は少々舐めていたのだ。
 二週間前のあの日、たまたまあの岩場を見付けてそれはそれは驚いた。プレイヤーとはとても思えないようなお人形みたいな少女がいるなぁと近寄ってみればそれはなんと"あの"ビスケット=クルーガーで(女性ハンターなら誰もが一度は彼女の噂を耳にしたことがあるだろう)、にんまりと笑う彼女が見つめる先には二人の少年と見覚えのあるハサミ男の姿があって……思わず自分の目を疑った。
 ビノールトといえば、札付きの異常者でありど変態である。その存在がここに潜伏していると小耳に挟んで以降、絶対に認識されてなるものかと警戒し続けてきたくらいには"出会いたくないPK"ランク上位に君臨している。弱い女をいたぶり殺して食べるのが好きだなんて能力者に、しかも明らかに自分より強い男に、進んで関わりたいわけがない。私だって一応は賞金首を相手にしている身だ。万一にでも下手を打って返り討ちに合ったとするならまだ諦めのつけようもあるだろうが──獲物扱いとなると話は別だ。変態に食われて死ぬなんて"死んでも御免"。
 けれど、その日そこには確かにその男がいた。彼女たちの都合で"使い捨ての玩具"として生かされる姿は、子猫のために用意された"猫じゃらし"のように哀れで、詰んで見えた。

 とまあそんなこんなで、刻一刻と擦り切れてぼろぼろになっていく猫じゃらしを見ていた結果、私は少しばかり調子に乗ったのだ。
 満身創痍かつ改心直後──狙うならここしかないという絶好のタイミングに付け込んで、ネクタイでもリボンでも革紐でもなく、麻縄を選んでこの人を"縛った"。そう、麻縄だ。印象的かつ手荒なイメージでごりごりに縛って、力任せにねじ伏せようと思った。極悪非道の異常者を徹底的に利用して搾取して、最終的に引き渡す時に生きていればいいだろうとか、そんなことを考えていた。

 けれども。極限の身体に無慈悲な念の呪縛を叩き込まれるというコンボの結果、当然のように倒れた身体が纏う念は無意識にしては大したもので……ただの異常者と一蹴出来ない何かを感じないわけにはいかなかったのだ。
 例えば、岩石地帯から宿へと移動した後だとか、私がちょっとオーラをセーブして気配を消した時だとか。周囲への警戒と肉体の修復を天秤にかけながら纏と絶を使い分け、少しでも生存への確率を上げようとするだなんて真似は、バランス感覚が天才的な完璧超人かすっかり身に付いてしまう位にコツコツ修錬してきたような努力家でないと出来ない芸当だろう。少なくとも私はまだ、あんな風には動けない。

 数日分の汚れが染み付いた服をさっさと剥いてしまおうかと思って、けれども結局めくった裾をそっと戻したのだって……なんだか、だまし討ちのようなこの状態でそれをしてはいけない気になってしまったからだ。少年たちとの攻防で流れた血があちこちこびりついていたし、皮膚だってところどころ嫌な色をしている。けれど、それだけではなかったのだ。あちこち。本当に、あちこち。一方的な快楽殺人犯にしては随分と"らしくない"肉体は、この人にとって"生きる"というだけのことが相当に困難だった日々があったのだろうと容易に想像出来てしまえるような、そんな有様だった。
 
 ……誤解しないでいただきたいのだが、別に、浅く深くえぐれた無数の傷跡や引き攣れた皮膚を目にしたところで哀れだとは思わない。ただ、そんな環境にありながらもこうして今まで生きていたという事実と、ここまで這い上がれるだけの刃を研いで来たという事実は感嘆に値する。そう思っただけだ。


  ***


 サファイヤにもダイヤモンドにも成り得ない真っ黒な小石だろうけど、己自身をこんなにもどうしようもなく鋭くいびつに磨き上げるに至ってしまったこの石塊は──これはこれで興味深くはありませんか?
 ──なんて、今もこのゲームのどこかにいる彼女を思い浮かべてひとり呟いてみる。勿論、仮に告げる機会に恵まれたところで、真っ当な価値観で真っ当に宝石を愛でるあの人には愚か者の戯言としか受け取られないだろうけど。


「さあさあ港まで残り三分の一を切ったよ! この調子で張り切っていっちゃいましょー!」

 リスの巣穴を越え、ねじれた木の根元をくぐり、襲い掛かってきた巨人達を残さずカードに変えた頃。
 意気揚々と拳を突き上げれば、こちらを振り向いたビノールトが「呆れ果ててもう返事をする気も湧かない」という顔をして静かに肩を落とした。

 うん、今の所、すこぶる順調と言えるだろう。

 私は存外臆病なのだ。だから普段は、結局のところ"表"の社会やせいぜい浅い"裏"の世界で賞金稼ぎの真似事をしているに過ぎない。能力者なんて滅多にひっかからないし、やり手のハンターと敵対するような物騒な事態もない。
 けれど、たとえ相手が"普通"と呼べる程度の賞金首であろうとも、念で"縛った"からと安心するようではこの道ではやっていけない。
 窮鼠だって猫を噛むし、憎悪の視線一つすら条件を満たせば呪いとして成立してしまう。
 だから"縛る"だけでは完璧ではない。更に必要なのは、関係と立ち位置について上手く錯覚させることだ。例えば目の前にいるのが"ただの女"だと気付かせないように振舞って、まともにやり合うという発想自体を失わせるとか。



(2016.07.18)(タイトル:いえども)
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