■ 01

「ねーねーアクタベくん和尚のとこの子供引き取ったんでしょ、私も見たいなー」
「……うるさい」
「酷い。アクタベくんなんだかんだで私に冷たいよね。さくちゃんの時だってなかなか見せてくれなかったしー」
「どうせ、そのうち顔を合わせるだろうよ」
「甘い! 田舎産のピチピチ純粋培養中学生男子なんてナマモノなんだから! 都会の荒波に揉まれる前に美味しく愛でないと価値ないじゃない!」
「……お前の頭はいつも幸せそうで羨ましいよ。幻想を抱いたまま失せろ」
「まーたそんなこと言って。独り占めよくないよ。ていうかあんまり頑なだとショタ疑惑がかかっちゃうよー?」


 数日前の会話が苦い響きを持って脳裏に蘇る。あんまりに苦すぎて、気分はすっかりどん底へと急降下だ。
 いざ引き合わしてもらったらなんてことない──淡い期待など軽々真っ二つにしてくれるような小生意気なガキだった。しかも年上のおねーさまに真っ赤になってガチガチになるなら可愛いのに、女だと見て露骨にみくびっているのが伝わってくるから、素直な感想を漏らせば「腹立たしいことこの上ない」というやつだ。
 あの様子ではグリモアも契約悪魔も"便利なマジックアイテム"程度の認識でしかないだろう。思慮が足りないのは子供全般に言えることだとしても、さすがにアレは可愛げの欠片もない。確かに悪魔使いの素質はあるかもしれないが、いくら将来的に使えそうだからといってあんなガキを好んでそばに置くなんて。いっそ、じゃじゃ馬馴らしでないと萌えないショタ趣味だと言われた方が理解しやすい。

「……頭は冷えたか」
「なにあれ可愛くない。詐欺だわ。ていうか子供の頃クラスに居た鬱陶しい苛めっ子を思い出して……今の内に踏み躙ってやりたくなった」

 失望のあまり崩れ落ちたいところだが、ここで崩れ落ちかけたところで優しく支えてくれるような腕の心当たりもないのでいつも通りにソファに腰かける。アクタベくんにそんな気遣いを求めてはいけないのだ。

「考えてみりゃそうよね、あの和尚が育ててたガキだもんねぇ」
 にしてもあなたって本当に顔に似合わず面倒見がいいっていうか律儀っていうか。仏頂面の黒尽くめに笑いかければ、返事の代わりにじろりと睨まれた。
「で、いつまでいる気だ? 用は済んだだろう」
「うっわぁ意地悪。本日のなまえさんは傷心なのでさくちゃんに癒して貰うまでは帰りませんー」

 ……やはりというか、なんというか。
 面倒臭さと蔑みに溢れた露骨な視線を投げかけこそすれ無理矢理に追い出そうとはしない辺り、この展開も織り込み済みだったらしい。


  ***


 おねーさん、夢が壊れちゃったわー
 膝に乗せたベルゼブブさんをふにふにして癒されていると、さくちゃんが困り顔でお茶を出してくれた。

「……いや、まあ、確かにあの子は結構アレですけど、なまえさんの思い描くような少年こそなかなか居ないものかと」
「田舎でしかも山の近くって言えば、定番は龍神信仰に山神信仰でしょ。加えて天狗とか蛇とか鬼とか狐狸の類とか美味しいネタが満載なのに。せっかく魔に好かれやすい環境なのに、本人があんなんじゃ妖怪変化の類から接触されるわけないじゃないー」
 おまけに唯一繋がっている悪魔にしても、あのグシオンである。以前ですらかなりアレな知能レベルだったのだから、今の状態では「御宅の近くで素敵なお狐様を見なかった?」なんて聞いたところで有益な情報が得られることは万に一つもないだろう。

「ぷぷっめっちゃ引くわぁ。なまえはん、ええ年こいてオカルト趣味なんかいな」
「オカルトでしかない悪魔に笑われたくないんですけどねー」

 若干上の空な省エネモードで会話を続けながらも、手元だけはしっかり動かす。
 ふにふに撫で撫でもみもみ擦り擦りやわやわ。無抵抗な羽毛玉をこれでもかと楽しんでいたのに、突然その手がぱしんと叩き落された。はっと見やれば相変わらずの眠そうな半眼と目が合う。

「今日の分は終了ですよ」
「え、嫌だ。もっと触りたいですよまだまだもふり足りないですよ! 延長希望!」
「さくまさんのカレーに甘えてどんだけタダもふりするつもりだァ! このクソビッチがァ!!」

 罵声と羽音をだけ置き土産に、あっさり飛び降りようとする燕尾服──って、そうはさせるかぁ!
 燕尾服のひらひらした尻尾をなんとか反射で掴み、巻き毛の下辺りを目掛けてひそひそ声を流し込む。

「……そう言えば、物産展ではお馴染みの豪運堂が新たにカレー煎餅を売り出したって知ってます?」
 ──ぴくり。
「実は私、さっそく通販してみたんですよ。生憎今日には間に合わなかったんですけど、発送の連絡はあったから明日には届く予定で……」
 ──ぴく、ぴくり。

 しばしの無言の後、そっと羽音が止んだ。
「し、仕方ありませんねぇ。いいですか、そもそも生贄というものは次回に回すなんて甘っちょろいことは出来ないものなのですよ」
 戻ってきたぬくもりをぎゅーっと抱きしめれば、少しは待ちなさいとまたぺしりと叩かれたが……今回は随分とゆるい。
「けれどまあなまえさんは私の契約者でも悪魔使いでもないですから、大目に見て差し上げましょう」
 わあ有難うございます、さすがベルゼブブさんは懐が深いですねと感謝を言葉にすると、ペンギンさんが得意気な表情で踏ん反り返った。

 ああもう本当に、悪魔のくせになんて愛らしい。いや、悪魔だからこそ、この可愛さというべきか。



(2015.09.04)
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