■ 02

 ふわふわ撫で撫でもみもみ。
 カレー煎餅をちらつかせて手に入れた時間を堪能すべく、私は早速もふもふタイムを再開させる。

 本性が蝿なのになぜこんなにもプリチーなペンギン姿になるのかはひたすらに理解不能だが、悪魔の正体もアクタベくんの魔術センスの方向性もこの羽毛をもふりたいだけの今の私には些末なことでしかない。
 こんなことを言うと「猫飼ってるんでしょ?」と言われるかもしれないが、生憎家にいる猫達は大人になるにつれどんどん二匹の世界を作り上げてしまい最近ではちっとも構ってくれないのだ。
 そうでなくとも、相手あってのコミュニケーションであるからして……こちらの気が済むまでひたすらもふり倒すなんてことをすれば愛玩を通り越して動物虐待になってしまう。
 その点、このペンギンさんは悪魔だから多少の力ではびくともしない頑丈さを持っているし、人語もジョークも解してくれるので多少の無茶も交渉次第なところがあるし、何よりこの羽毛の触り心地は新鮮で堪らない。猫は猫で素晴らしく、鳥は鳥で素晴らしい。それはどうしたって事実だし、その上この特大サイズとなれば文句のつけようがない。
 堪え切れなくなって思わずぷっくりと愛らしいほっぺたに顔を寄せれば、なぜかアザゼルくんが過剰に反応した。

「ああなまえはん今ちゅーしたやろ! ベーやんにちゅーしたやろ!」
「そりゃ人間誰しも口があるんだから、ちゅーくらいするって。ていうか羽毛に唇寄せたくらいで何その言い方」
「うわぁ、聞いたかさく!? この女誰にでもちゅーしよるらしいで!! あかんで、こないなビッチに気ぃ許してたらさくの処女なんてあっという間に奪われるでぇ!!」
「ひ、人の身体のことをそんな大声で叫ばないでください!」

 ぎゃーと悲鳴を上げて、淫奔の悪魔が半分に溶けた。
 ……反射でここまでグリモアを使いこなすとは。最近のさくちゃんの成長には、本当に目を見張るものがある。

「ちょっとあなた、感心するより先にすることがあるでしょう。まずはこの私に無礼を謝罪したらどうですか」

 これで終了かと気を抜いていたところ、思わぬ方面から非難の声が寄せられた。
「えええ、もしやほっぺにちゅーは別料金なんですか!?」
「な!? この高貴な私を、そんな夜のお店みたいな言い方で表さないで頂きたい! 」
「──当たり前やろ」

 プンスカ荒ぶるベルゼブブさんに、驚異の復活を遂げたアザゼルくんの声が重なる。

「ベーやんはええとこのボンボンやねんでぇ。爛れたま○このなまえはんが軽々とセクハラ出来るような相手とちゃうのやでぇ。舌使いもろくに知らん綺麗な綺麗なピュアボーイなんやからなぁ、あんさんみたいなど助平穴の相手は荷が重いわ。ここはひとつ、この淫奔の悪魔こと百戦錬磨のおいちゃんが相手したるってことで堪忍したってくれへんか……ほなさっさとこっち来てパンツ脱ごうや──って痛い! 痛い! ベーやんごめん堪忍して! ちゃうねんてベーやん聞いてぇや! ワシ、ベーやんの為を思ってうぎゃぁぁぁ」

 相変わらず下品に吠えてはいるけれど、その暴言がグリモアを警戒した結果、高速で壁際を這いながらのものとなれば受ける印象はずいぶん変わる。なんていうか、怒るとか呆れるとかを超えていっそ可哀想にすらなってくる。

 そしてどん引き状態のさくちゃんと私とアクタベくんがゴキ顔負けのカサカサさに不快指数を急上昇させた結果いつもどおりの乱暴な実力行使に出ようとする頃には、私の腕の中でふるふる振るえていたベルゼブブさんが動いていた。私の膝をぺしんと蹴り上げ躍り出て、アザゼルくんを攻撃する姿はまさに悪魔だ。

 ああ、私に対しての暴言って随分優しいものだったんだなぁ……なんて思ってしまう程度には、聞くに堪えないレベルの暴言を繰り出し続けるペンギンさん。
 黒い燕尾服は返り血でますますしっとりとどす黒くなっている。白い体毛までも真っ赤に染めての鉄拳制裁は、容赦の欠片も見当たらない。完璧に殺す気ってやつだろう。
 堪えず響く叫びと肉が引き千切られる音とピー音必至の暴言をBGMに日々の幸せを噛み締めていると、困り顔のさくちゃんにちょいちょいと裾を引かれた。やだ、なにこの可愛さ。

「……なまえさん、うちの悪魔が大変失礼いたしました」
「いや、まあ、発端は私のキスが原因みたいだし。……あれ、でもちょっと待って。よくよく考えれば、撫でる流れでちゅーしただけであの言われようって理不尽にも程があるね?」
「……お詫びの言葉もありません、後でキツくお仕置きしておきます」

 現在進行形でミンチにされていて更にさくちゃんのお仕置きだとか、凄そうだな。全てが終わった時のアザゼルくんは一体どんなことになってしまうのだろう。

「にしても、『爛れた』だとか『ど助平穴』だとか、こんなに身持ちの堅い女に向かって吐く言葉じゃないっての。なによさくちゃんだけが清らか乙女みたいな言い方してさぁ」

 失礼しちゃうわねと漏らした独り言に、ぴきりと空間が凍ったのがわかった。


「「「──えええ!?」」」


 おいコラ、なんだその息ぴったりな反応は。

 さくちゃんはまだ許すとして、絶賛スプラッタショー開催中な悪魔たちまでもが声を上げたのだから、これはさすがに青筋の一つ二つも立とうというものだろう。



(2015.09.04)
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