■ 03

「うっわー失礼しちゃうわ。じゃあなに? あんた達ネタじゃなくて本気で私のことビッチだと思ってたわけ?」

「……すまんて。そないに怒らんといてぇな。だってなまえはん、さくほどピチピチちゃうしなぁ。そりゃホンマにヤリマンとは思うてへんかったけどなぁ、けどまさか未使用やとはさすがのワシも思わんかった……ちゅうかな?」
 さてはお前こそが蝿の化身だろうと言いたくなる勢いで揉み手を繰り出す淫奔の悪魔には、冷ややかな視線を浴びせかけよう。
「"淫奔"のくせに、そこを見間違えるんだー」
「うっ、け、けど、それを言うんならなまえはんが紛らわしいのが悪ぃ……わけないですよね、すんまへん。あ、ほな、責任とってこのワシがあんさんの処女貰ったるさかい……!」

 さくちゃんに私刑開始の合図を送れば、あっという間に悪魔の口が閉じられる。
 あーあ、まったく。誰もそんな肌色の贅肉悪魔の為に後生大事に取ってるわけじゃないですし、まして捨て損ねたみたいな言い方やめていただけます?



「……なまえ、その辺にしておけ」

 居る事を忘れそうになる程に傍観に徹していたアクタベくんの声に、ハッとベルゼブブさんとさくちゃんが顔を上げた。ひょっとしたら本当に忘れていたのかもしれない。そしてその隙を逃さずアザゼル(今日はもう"くん"を付ける気にもなれない)が拘束を抜け飛び上がった。

「あーわかったで! さてはなまえはん、アクタベはんに初めてを捧げる気ぃなんや!」
「ハァ!? 誰が誰に!? まあ百歩譲ってアクタベくんの下半身が大蜘蛛だとか正体が狼男とかマーマンってのなら恋愛対象になるかもしれないけど、でも残念ながらこんな冷血漢でも人間なんだから!!」

 ただでさえ苛ついていたところにトドメの一言である。ぎりぎりで踏ん張っていた青筋が、とんだ言い掛かりを受けて一瞬で焼き切れた。
 そりゃぁ、アクタベくんのことは評価している。悪魔使いとしての腕もいい上に単純な喧嘩にも強いし、裏稼業寄りとはいえ稼ぐ能力も高い。つまり、そこらで声を掛けてくるような連中よりよっぽどマシだし頼りにもなる。付き合いが長い分、お互いに余計な気を使わなくていいところも楽でいい。私の好みも知っているから割り切った関係が望めることまで合わせると、偽装結婚の相手としては申し分ない好物件だろう。
 けれど、私はまだ大恋愛を諦めてはいないのだ。戸籍も身体も含めて正真正銘の純白の乙女としてユニコーンに見初められたいのだ。もしくは龍神に侍る巫女にと願われたいのだ。

「え……なまえはん……なぁ、何言うてんの……?」

 おいちゃん、どん引きやで。直前の勢いが嘘のような焦点の定まらない目で見つめられても、意味がわからないのは私の方だ。
 とりあえず首を傾げて見下ろしてみたものの、悪魔の呆け面はなかなか元に戻りそうにない。ああそうか、職能・淫奔にとっては純潔の乙女より黒薔薇の娼婦の方が魅力的ってことだろうか。

「しかし本職の悪魔にまで誤解されるのは頂けないなぁ。せっかく、いつ運命の出会いがあってもいいように磨き上げてるってのに見る目なさ過ぎよ。ああでも、どうしよう、ひょっとして実はこれってフリーの龍や一角獣にも気付いて貰えないっていうフラグ……!?」

 もうやだぁ疲れたぁと溜息と同時にソファに向かって倒れると、いつの間にやら真下に来ていた枕をむぎゅうと抱え込み、ついでに全身で押し潰す形になった。まあ、そんな言い方をしてみたものの実際のところここには枕もクッションも有りはしないので、押し潰したのは案の定ふわふわもふもふのペンギンさんである。
 うんしょうんしょと隙間から顔を出したペンギンさんは、ピギィと一鳴きした後で呆れたとくちばしを開く。

「……いや、そもそも、あなたに寄って行くようなユニコーンはユニコーンとして失格だと思いますけど。というかあなた、人外だったら何でもいいんですか?」
「だからなんでそう人をビッチみたいに……あくまで志は高く、藤原紅虫様とか楽俊さんとか『トワイライト』の皆様とかそういう系が理想の男性像なんですから。あ、そうだ、トワイライトは小説のイメージですからね」

 けれども聞いたくせに「誰ですかソレ」と悲し過ぎる反応しか得られなくて、ただでさえボロボロのなまえさんのライフゲージはあっという間に赤ライン点滅ですよ。
 さくちゃんはさくちゃんで、動かないアザゼルばかりかこの状況自体をまるっと放置してお仕事に戻ることにしたようだし、頼みの綱のアクタベくんまで知らぬ存ぜぬで読書に戻ってしまっている。この冷血漢め。心優しい私が布教という名の下に菊池先生と小野先生とトワイライトシリーズを貸してやったこと忘れたのか。まあ、忘れてるんだろうなぁ。文字を追えたら何でもいいって感じで、いちいち感情移入とかしてなさそうだしなぁ。でもせっかくなんだから、少しくらいさぁ。

「なんだよぉ、別に女神の転生体なんじゃないかとかそういう厨二なことを言ってんじゃないんだからさぁ。だって、実際に、こんなにあっちこっちに悪魔がいるじゃないの。なら、ひょっとしたら理想の男性もどっかにいるんじゃないかなって。そんな夢見る私がなんでダメなんですかー」

 若干ヤケな気分で白くふわふわの身体を無理やり抱き直すと、暴れる代わりにまたもピギィと鳴かれた。

「……なんでしょう。ここまで残念だといじって遊ぶ気にもなれませんね」

 うんしょ、うんしょ、ぽんぽん。なでなで。
 もぞもぞ動く羽毛を感じ、今度こそ抜け出ていってしまうのかと寂しく思う間もなく……ふわふわの悪魔の短い翼が、私の頭を行ったり来たり。うわあ、ベルゼブブさんが優しい。どうしよう。これはこれで下手に無視されるより、諦めて放置されるより、恥ずかしい状況かもしれない。けれどこの程度の羞恥心では滅多にないご褒美タイムを自ら拒否する理由には到底なり得ない。だから、ああ。せめて泣くのは心の中でだけにしよう。
 立ち直りの早さには自信がある私なので、よーしならば今は甘えられるだけ甘えようと勢い良くもふもふの身体に顔を擦り付けるのだが……服が皺になるでしょうと怒られてしまった。
 それでもそうやって叱りながらも撫でる翼の暖かさだけは同じだったから、懲りない私はまた顔を擦り付けるのだけれど。


  ***


 だって仕方がないじゃないか。ほら、三つ子の魂なんとやらと言うじゃないか。
 何を隠そう、初恋の相手こそが羽根つき耳付き尻尾付きという完璧なビジュアルだったのだ。そりゃあ、理想も高くなるってもんでしょうが。

 かの有名なセリフに乗っかるなら、座右の銘はこれに尽きる。

『ただの人間には興味ありません。この中に、狼男、蜘蛛男、吸血鬼、その他妖怪変化がいたら、あたしのところに来なさい。以上。』



(2015.09.04)
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