9.王都炎上
エクバターナの攻囲戦がはじまって十日がたった。
中々城門の開かないパルスに、ルシタニアが心理作戦に出てきた。城門前に机を置き、そこにアトロパテネで討ち死にしたパルスの騎士の首が晒される。
中には万騎長のマヌーチュルフ、ハイル、そして大将軍ヴァフリーズの首があった。
「まさか……まさか陛下も……?」
「いえ、王妃様。見た所陛下の
御首級は晒されてはおりませぬ」
ふらりとタハミーネ王妃が椅子に座り俯く。傍のレイシーが青ざめて、報告する万騎長サームに向いた。
「アルスラーン殿下は……!?」
「殿下もなかった。万騎長ダリューンの首がないところを見るに、お二人でアトロパテネから脱出しているかと」
「お姉様……」
泣きだしそうなレイシーに、サームが悲しそうな顔をする。
「レインも、きっと殿下と一緒に脱出している可能性もある。希望を捨てるな」
「……はい」
頷くレイシーの髪を王妃が撫で、万騎長に向き直る。
「報告ご苦労でした、万騎長サーム。下がってよいですよ」
「ははっ!」
退出するサームの後ろ姿を見送り、レイシーが振り返る。城下を眺めながら、王妃が呟いた。
「レイシー、最後まで私についてきてくれますか」
「もちろんです、王妃様」
「……貴女は本当に、リンドバーグに似ていますね」
王妃の視線がレイシーを通して別の人物の面影を見る。
今から十七年前、故国バタフシャーン公国が滅亡し、アンドラゴラス、オスロエス両名に見出されたタハミーネはパルスの館に幽閉されていた。
パルスの侍女を連れながらも征服国に独りきりだったタハミーネは、そこである青年と出会った。時の宰相であった彼は傾国の美貌にも惑わされず、友としてタハミーネと親交を持った。
五年前に亡くなるまでは、唯一心を開ける人物だったと言えよう。だから、愛娘であるレイシーを側に置きレインをアルスラーンの護衛として認めたのだ。
「レイシー、今から言うことをよく聞くのですよ」
神妙に頷くレイシーにタハミーネが珍しく微笑み、現宰相フスラブと立てた計画を話しはじめた。
* * *
地下水道を通って城内に進入した銀仮面の男が、火に包まれた王宮を眺める。
内側から城門を開くと、簡単にルシタニア兵が王宮内へ雪崩れ込み惨劇が繰り広げられた。
あのアトロパテネの戦いで捜し人であるレインを見つけることはできず、部下のカーラーンの報告で取り逃がした王太子、ダリューン両名と行動をともにしていると知った。
レインが戦火に巻き込まれる心配がなくなった銀仮面卿は、王太子一行に追っ手を差し向け自身は王都攻略へと動いたのだった。
先ずは地下水道から侵入して王宮に火を放ち、城門を開く。途中でカーラーンの同僚だった万騎長サームを倒し、王宮に足を踏み入れると豪華絢爛だった王宮はルシタニア兵で汚されることとなった。
ゆっくりと歩を進めて王宮内の気配を探る。
王妃タハミーネを捜していた銀仮面卿が憎々しげに呟いた。
「あの女は、かくも早くエクバターナが陥ちるとは思わなかったのだろう。偽物をしたてて、そちらへルシタニア兵の目をそらし、いずれ警戒が緩んだころに脱出するつもりか。とすれば、どこかに隠し場所か別の通路があるはずだが……」
ふと、ある一室で気配が動いた気がした。
室内はルシタニア兵により荒らされ人っ子ひとりいないように見えるが、奥に萎れた男を見つけた。
隠れていた宰相フスラブが突如現れた銀仮面に震え、助命を乞う。
そのまま去ろうとした銀仮面に、ルシタニア兵に殺される神官の悲鳴を聞き、フスラブは王妃の居場所を吐いた。
宰相が示した場所に銀仮面卿がルシタニア兵を伴って隠された地下へ下りて行く。
数人の侍女を連れて隠れていた王妃は、ルシタニア兵に槍を突きつけられても怯むことなく絨毯に座ったたまま銀仮面を見据える。
「……あの頃と少しも変わらぬ……」
幼い頃に見た時と変わらぬ美しい容姿に銀仮面卿の目が憎悪に歪む。
「幾人の男の生命と運命を糧にすれば、こうも美しくいられるのだ、
人妖め!!」
顔色の変わらないタハミーネを連れて行こうとしたその時、王妃の後ろにいる金色の髪の女が悲痛な声を上げた。
「タハミーネ様!!」
金糸の髪が揺れて意思の強い紅玉のような瞳が銀仮面の前に立ちはだかる。
「!?」
逢いたくてたまらない女と瓜二つの存在に、銀仮面卿が声にならない言葉を発した。
「レイン……!?」
自分を見上げる顔が、愛しい女と重なる。
「きゃっ!?」
咄嗟に女の腕を強く掴み引き寄せる。
目を見開く彼女を穴があくほど見つめて、衝動的に自分の外套の中に抱きしめた。
「なにすっーー!?」
首筋に手刀を落として、気絶した女を誰にも見えないように外套の中に隠す。
王妃が何か言っていたがそれすら耳に入らず、銀仮面卿は部下に王妃を連行させ腕の中の女を強く強く抱きしめる。
「レイン!!」
縋るように抱きしめ、銀仮面卿は柔らかい髪に唇を押し当てた。
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