11.裏切り者の最期



「私がパルスの国王になったあかつきにはナルサスを宮廷画家として迎える」

 偏屈で宮廷嫌いのナルサスがアルスラーンに仕える切っ掛けとなったのが王太子のこの一言だった。
 ダリューンにとっては不本意な展開だったが、ナルサスがアルスラーンに忠誠を誓い当初の計画が成功した。

 ナルサスの侍童エラムも主人に従うことになり、アルスラーン一行は山を下りてルシタニア軍により廃墟となった村々を転々とすることとなった。

 そんな中、王都を偵察していたエラムから、カーラーンが千騎以上の兵をひきいて城を出たとの報告がなされた。

 カーラーンは王太子をあぶりだすために村を焼くだろうと予測したナルサスに、アルスラーンはカーラーンと戦うことを決意した。


 森林と山岳が錯綜する地域に、ナルサスの策で誘い込まれたカーラーン隊が進んでいる。
 崖の上から追っ手を見つけて、アルスラーンが息をのむ。傍らで周囲を見渡していたレインが心配そうに少年の顔を覗き込んだ。

「殿下、大丈夫ですか?」

「……少し、不安だ」

 額に流れる汗をレインが手ぬぐいで拭くと、小さく笑った。

「殿下には私達が付いております。なにがあろうとも、殿下をお守りいたしますから心配は無用ですよ」

「レイン……だが、カーラーンはそなたも追って……」

「そうですね、追われる心当たりはありませんが……その時は自分で追い払います」

 苦笑するレインに、アルスラーンは己を守ると誓う彼女の手を、自分の両手で握りしめた。

「わ、私もレインを守ってみせる。ずっと私の側で見守ってくれていたのだ、今度は私がそなたを守るばんだ」

「殿下……そんな、私には勿体無いお言葉です」

「いいんだ、私が勝手に決めたことだからな……私にそなたを守らせてくれるか?」

 先ほどまで不安そうにしていた少年が、真摯な瞳を向ける。蒼い夜空のような瞳にレインは目を見開いた。一夜にして多くを失い、寄り場を無くした少年がこうも成長するとは。

「……ありがとうございます、アルスラーン様」

 微笑むレインに、アルスラーンもつられたように笑みを浮かべる。

 辺りを偵察していたエラムが戻ると、レインに弓と矢を渡す。
 事前中打ち合わせした通りに、馬に乗ったアルスラーンとレインが崖下から見えるように姿を表すと、カーラーンの部隊が二人を発見しざわめきが起こった。

「いたぞ、上だ! アルスラーン王子だ!!」

 兵士が色めき立ち、崖を馬で駆け上がろうとする。殺せという掛け声に、レインが矢を放った。
 射殺された兵が崖下に転落して周りの兵士も巻き添えに落ちていく。

「あの女を狙えー!」

 辺りの兵が一斉にレインを標的に変えた。
 怯むことなく矢をつがえたレインに、カーラーンが叫んだ。

「女に手を出すな! 銀仮面卿のご不興を被るぞ!!」

 ヒュンっと弓が鳴り、次々と兵士が射られる。

 次の瞬間、レインに気を取られていた兵士の馬が前のめりに倒れて崖下に落ちていった。

「うわああああっ!」

 石に縄を巻きつけてエラムが上手く投げる。縄に脚を取られて落馬していく兵士に、はめられたと気付いたカーラーンが単騎で崖を駆け上がった。飛来した矢を叩き斬ると、レインがアルスラーンを背に隠すのが見える。

 崖上を上ったカーラーンが、レインの背に庇われるアルスラーンを睨みつけ、レインの方へ手を伸ばした。

「レイン殿、迎えにきましたぞ。さあこちらに」

「殿下にあだなす者のもとになど、降りません」

「……妹君が、貴女を心配しておいでだ」

 妹という言葉にレインが言葉を失う。
 一瞬揺れた瞳を好機ととり、なお妹の存在で揺さぶろうとした時、アルスラーンがレインを守るように立ちふさがった。

「カーラーン、おぬしに尋ねたい。万騎長として……いや、それ以前からパルスの騎士として誰にも後ろ指さされたことのないおぬしがなぜ、ルシタニアなどに膝を屈したのか。理由があるなら是非聞かせてくれ」

 剣を抜こうとするアルスラーンにカーラーンが無表情に槍を構える。

「知らぬがおぬしのためだ。このカーラーンを醜悪な裏切り者と信じて死んでいくがいい、アンドラゴラスの呪われた息子よ!!!」

 カーラーンの槍がアルスラーンに迫ったその瞬間、黒衣のマントが翻り槍と槍が交差する。

「貴様の相手はこの俺だカーラーン!!!」

 槍が唸りを上げて薙ぎ払われる。
 アトロパテネ以来の対峙にカーラーンが苦々しく槍を躱す。

 ダリューンの登場に囮だったアルスラーンとレインが安堵の息をつく。と、その背後に敵二人がそれぞれ剣を振り上げた。

「殿下!」

 レインが一人を斬り捨てた時、銀色の矢が飛来してアルスラーンを襲おうとした兵を貫く。
 二人が振り向くと、白い装束を纏った美しい女がうやうやしく礼を取った。
 見慣れない味方にふと崖下を見ると、赤紫色の髪をした旅人風の青年がナルサスと共にカーラーン隊を撹乱しているのが見える。

「凄い、千人からの隊をたった数人で!」

「ええ、本当に」

 アルスラーンとレインが感嘆の声を上げて、カーラーンと戦っているダリューンを見守る。

 激闘を繰り広げていた二人の決着は、ダリューンの攻撃をもろに食らったカーラーンの落馬により、終わる筈だった。

「まだだっ、まだ!」

「しぶとい!」

 落馬しかけたカーラーンが己の槍を地面に突き刺して体勢を立て直そうとした瞬間、槍が真っ二つに折れ曲がり、カーラーンの頸部を貫いた。

「カーラーン!」

 大量の血を吐き出して倒れるカーラーンに、ダリューンとナルサスが駆け寄るが、既に手遅れだと分かる。
 せめてもとダリューンがアンドラゴラス王の所在を問うと、カーラーンは息も絶え絶えに呟いた。

「……アンドラゴラス……王は、生きておる……だが、王位は既に奴のものではない……正統の王が……」

「正統の王、だと……?」

 ダリューンとナルサスが驚愕しながは視線を交わす。
 呆然と離れていた所で見ていたアルスラーンとレインが慌てて駆けつけた。

「死ぬなカーラーン! 死んではならん!」

 千騎の隊が寄せ集めに負けたのだと気がついたカーラーンがふっと、息と共に血を吐く。

「死ぬなカーラーン、生きよ!!」

「おぬしの命令は聞けぬ!!」

 そう言い残して、パルス国の万騎長だったカーラーンが、絶命した。

「!!」

 全員の胸に拭い去れない虚脱感が沸き起こり、レインが俯く。
 ダリューンとナルサスが再度視線を交わして頷きあうと、ゆっくりナルサスが口を開いた。

「アンドラゴラス王は生きておられるそうです」

「父上が!?」

「それ以外は残念ながら、聞き出せませんでした」

「レイシーも、無事だけど……カーラーンの主人のもとに、いると……」

 レインの呟きにダリューンとナルサスが目を見開き、アルスラーンが頷く。
 唇を噛みしめるレインに、ナルサスが話題をそらすように新しく加わった仲間を紹介した。


「我が名はファランギース、フゼスターンのミスラ神の神殿に仕えていた者でございます。先代の女神官長の遺言により参上いたしました」

 フードを取り払い、黒絹の髪が月光に照らされる。月の化身のような美女が跪くと赤紫色の髪の男が同じようにうやうやしく跪いた。

「我が名はギーヴ、王都エクバターナより”殿下にお仕えするために”脱出してまいりました」

 何故か彼の周りだけキラキラと光っている。ファランギースが物言いだげそうな顔をするが、ギーヴは知らぬ顔をして誠実そうな顔をした。

「殿下、タハミーネ王妃様は私が脱出するまではご健在でした」

「本当か! 詳しく聞かせてくれ!」

 母妃の話にアルスラーンが食いつくと、ナルサスが残党を警戒して場所を移動しようと提案する。と、アルスラーンは慌てたようにナルサスを止めてギーヴではなくファランギースに向き直った。

「カーラーンとその部下達の死に、弔いの詞を捧げてくれないか」

 ミスラ神は契約と信義の神であり、軍神。
 エクバターナにいたであろう家族の事を思い、アルスラーンが頼み込んだ。

「承知いたしました」

 快く受け入れたファランギースが、崖下を見下ろして跪く。
 神の詞が朗々と聞こえると、ギーヴはつまらなそうに背を向けて黙って詞を聞くレインに歩み寄った。

「貴女は歌を歌わないのですか?」

「えっ」

 振り返ったレインを真正面から見つめて内心ギーヴが驚いた。一目見たときから王宮で出会った歌姫に似ていると気がついたが、ここまで瓜二つだとは。じっと見つめると、レインが困ったような顔をする。

「美しい詞は一つで十分ですから……あの、もしかしたら王都で私の妹とーー」

「ええ、レイシー殿とお会いしました。私が脱出するまでは王妃様同様ご健在でしたよ、一緒に逃げだせられなかったのが悔やまれます……」

 本心からそう言うギーヴにレインが俯くと、自然な動作で手を取られた。

「それにしても驚くほとそっくりだ、見間違えたかと思いましたよ」

「よく、言われます」

 あはは、と苦笑しながら手を離そうとするが、中々離してくれない。あまつさえ顔を近づけてきた。

「ファランギース殿を月の女神と讃えるならば、貴女方麗しの姉妹は太陽を司る女神! 陶器のような白い肌に輝く金糸の髪、瞳は燃える蓮のようで、珊瑚に色ずく唇に思わず口付けをーー」

「離れてもらおうか」

 ずいっと、ギーヴとレインの間に黒衣の騎士が割って入る。
 ギーヴがシラけたような顔をすると、目を丸くするレインに、ダリューンは有無を言わさず腕を掴んで離れていってしまった。


「……なんだ、男がいたのか?」

 ひとりごちるギーヴに、事態を眺めていたナルサスが可笑しそうに笑った。

「いや、あれはまだ恋仲ではないさ」

「ほう、”まだ”ということは、つけいる隙はあるということか」

 二人を見るギーヴの目が閃く。

「さて、どうかな……」

 ギーヴと肩を並べたナルサスが何かを考えるように笑みを浮かべた。


「あの、ダリューン殿?」

 腕を引かれたレインが声をかけると、びくりと肩を揺らしてダリューンが立ち止まった。

「す、すまない」

 パッと手を離すと、不機嫌そうなダリューンの瞳と目が合う。

「ギーヴ殿が信用できない?」

 居たたまれなそうに頬を掻くダリューンの目が肯定の色をしている。

「腕が立つのは認めるが……ペラペラとレイン殿を口説く姿が気に入らなーーいや、今のは忘れてくれ」

「?」

 ポロッと本音を口を滑らせてしまったが、レインは気がついていないように首を傾げている。それはそれで何となく残念な気がするが、改めて咳払いをした。

「とにかく、まだ信頼できない内はアイツに近づかないでほしい」

 ”信頼できないから”ということにすると、レインが素直に頷く。

「分かった、ダリューン殿がそこまで言うなら気をつけるから」

 そう言うレインにホッと息を吐き、ついと後ろを振り返ると、ニヤリと笑ったギーヴと目が合った。
 隣のナルサスは何故かニヤニヤ笑っている。

「…………」

「?」

 苦虫を噛み潰したような顔をしたダリューンを見て、またレインが首を傾げる。
 ダリューンの恋路はまだまだ前途多難だった。


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