16.王子二人
ペシャワール城塞を目指しそれぞれ分かれていた一行の内、ナルサスとレイン以外の者たちが合流して追っ手達を撃退していっていた。
だが、あと少しでペシャワールに着くはずが待ち伏せした兵達に挟み撃ちされどうにも突破ができない。
「レイン殿は無事だろうか」
あちらはたった二人だけ、もしかしたら一人で戦っているかもしれない。そう漏らしたダリューンが槍を振るって敵兵を蹴散らす。
「おぬし、ナルサス卿のことはあまり心配せず、レインのことばかり心配しておるの」
隣で矢をつがえながらファランギースが笑みを浮かべる。ダリューンと落ち合い二人で駆け抜けていた時からなにかと彼女の事を心配しているのを思い出したのだ。
「ナルサスは心配せずともしぶとく生きる男だ。だがレイン殿は……目を離すとどこかに行ってしまいそうにみえる」
「なるほど確かに精霊達も似たようなことを言っていたな。……ならばダリューン卿、アルスラーン殿下とレインが窮地に陥った時おぬしはどちらを助ける……?」
「なに?」
ファランギースの問いにダリューンが眉を寄せていると、上空から一羽の鷹が急降下してきて追ってきたルシタニア兵の目を突いた。
「アズライール!!」
白い鷹がアルスラーンを守るように旋回しする。皆が頭上を見上げると崖の上に双剣を持ったパルスの万騎長が姿を現した。
「王太子殿下を守りまいらせよ! ヤシャスィーン!!」
控えていた騎兵が突撃の合図に崖を下る。
見事な手綱捌きでおりてきた兵がルシタニア兵を退け、双剣の万騎長が王太子を守るように剣を振りかざした。
突然の攻撃にルシタニア兵が引いていくのを見送るように、ナルサスとレインが崖をおりてきた。
「ナルサス、レイン!」
二人の顔を見てアルスラーンが安心したように駆ける。ダリューンもレインの無事な姿に小さく安堵の息をついた。
「殿下、ご無事で安心いたしました」
アルスラーンの笑顔を見てレインとナルサスもやっと安心できる。先にペシャワール城塞に到着していた二人がとって返すように兵を連れて戻ってきた甲斐があった。
「ああ、それにキシュワードも。……? ナルサス、そちらの女性は?」
ナルサスと馬を相乗りしている女にアルスラーンが気づくと、ナルサスが珍しく狼狽えた。
「いや、つまりこれは……」
「私はアルフリード。ナルサスの妻だよ」
「……え!?」
説明しようとするナルサスの言葉を遮ったアルフリードが赤髪を揺らし、レインは道中の成り行きを思い出しながら苦笑する。
アルフリードは自分を助けたナルサスについて行くと決め、更には自称妻にと名乗り出したのだ。
こうして、アルスラーン一行は新しい仲間を増やし、万騎長キシュワードの参陣により無事にペシャワール城塞へと辿り着いたのだった。
* * *
カシャーン城塞からペシャワールまでひた走りしていた疲れがだいぶ溜まっていたのか、浴場でゆっくり体の疲れを癒していたレインは水を吸った髪を手ぬぐいで拭きながら与えられた部屋へと戻った。
そこには矢を丁寧に作っているファランギースと、膨れ顏のアルフリードにレインが首を傾げた。
「どうしたのアルフリード、慣れない城で居心地が悪い?」
「え? いや別にそういうわけじゃないけど……」
アルフリードがレインを上から下まで見て溜息をつく。
金色の髪を腰まで垂らしている姿は、結わえている時よりよっぽど女性らしい。でも何故だろう、自分を助けてくれた時の凜とした姿の方が綺麗だと思う。
「ね、レインは好いた人とかいないの?」
「ええ!? な、なんなの急に」
アルフリードの言葉に驚いて、どういうことかとファランギースを見ると、三人の中で一番落ちついた美しさをもつ彼女は笑みを浮かべてせっせと矢を作っている。
「それで、どうなの?」
「べ……別に……いない、けど……」
「なーんだ、つまんないなぁ。あ、私のナルサスはあげないからね!」
「いらないよ」
「ふむ、ならばダリューン卿はどうじゃ?」
「え、な、何が?」
「男としてどうじゃと」
「!!?」
ファランギースの発言にレインの顔が赤くなる。珍しい反応に二人が顔を見合わせると、レインは混乱したように手ぬぐいをバタバタ振った。
「な、ななななんでダリューン殿!? 確かに幼馴染のようなもので知り合って長いし、でもそんなこと思ったこと一度もーー」
「近すぎて男として意識していなかったと」
「……はい」
やっと落ち着いたレインがファランギースの隣の椅子に座る。
本当に今まで一度も思ったことがなかったと、思う。両親が相次いで亡くなってから生きるため、妹のレイシーを守るために必死で剣の腕を磨き、タハミーネ王妃様の護衛として王宮に上がった後はアルスラーン殿下の護衛に抜擢され、それ以来ずっと剣にばかり打ち込んでいた。
そんな自分が恋……?
「……どうじゃ、少し考えてみては」
ファランギースが優しく微笑んでいる。
その美しい笑みにレインは居た堪れず背を向けた。
「じゃ、じゃあ考えながら外の空気吸ってくる」
逃げるように部屋から出ると、あまりの情けなさに恥ずかしくなってくる。
どこともなくとぼとぼ歩くと、そういえば今の時間はアルスラーン殿下が老将バフマンと会議をしていることを思い出した。
邪魔にならないよう城壁の上に行こうかと歩を進めると、東の城壁上に見慣れた後ろ姿が視界に映った。
「殿下?」
「レイン!」
そこには会議にいるはずのアルスラーンがいた。
「会議は終わったのですか?」
「ああ……」
何故が覇気のない顔にレインはアルスラーンの隣に立って、ペシャワールから見える景色を眺める。
「綺麗ですね、殿下」
夕陽に照らされて今まで辿ってきた道が見える。アトロパテネから駆けに駆けここまで来てしまった。
「大丈夫ですよ殿下、必ず王都を奪還し陛下や王妃様をお救いしましょう」
何故だろう、夕陽を見ている殿下が寂しそうで、気づけばそんなことを口走っていた。
「……レイン」
「知略に優れたナルサスや戦士の中の戦士といわれたダリューン殿、ファランギースにアルフリードにギーヴ。ペシャワールの兵にキシュワード殿やバフマン老もいます。殿下は一人じゃないですよ」
「それにそなたもいる」
何かが晴れたような澄んだ蒼い瞳がレインを見つめる。頷くと小さく微笑んだ。
「そなたの髪は美しいな、この夕陽の光のようだ」
髪が夕陽に照らされてキラキラ光っている。
まさか褒められるとは思わず照れていると、禍々しい気配に気がついた。
レインが剣の柄を握り、アルスラーンが周りを見渡す。
「……そこにいるのは誰」
殿下を守るように背後へ庇うと、影が揺れるようにどこからともなく銀色の仮面をした男が現れた。
「ふ、ふははっ、天は俺に味方したとみえる」
真正面から銀仮面の昏い目に見つめられ気圧される。
目があった瞬間に鎖に拘束されたような感覚に小さく震えると、後ろにいたアルスラーンがレインの前に出た。
「貴様がアンドラゴラスの小倅か」
「……アンドラゴラスの子、パルスの王太子アルスラーンだ。そちらも名乗れ」
「王太子だと!? 僭称するものよな。貴様は薄汚い簒奪者の生み落とした、惨めな犬ころにすぎぬ身ではないか」
「殿下を愚弄するな!」
アルスラーンに憎悪の感情を向けていた銀仮面にレインが剣を構えて突っ込む。結わえていない金の髪が舞うように流れた。
長剣で攻撃を受けとめた銀仮面が怯んだ隙に、剣を引いて懐に潜り込むように下から突き上げる。
「レイン、お前が俺に剣を向けるのか!?」
なんなくかわすが、決定的な攻撃を撃てずに銀仮面が苦々しそうに歯をくいしばる。
「私はアルスラーン殿下の護衛。殿下の剣になり盾になる者、仇なす者は誰であろうと斬り捨てる」
「なぜ、なぜだ、何故俺を覚えていない、レイン!!」
愛が憎しみに変わる時、銀仮面は凄まじい速さでレインの腹を長剣の柄で殴り、崩れ落ちた女に見向きもせずに銀髪の少年へと剣を向けた。
「ぐっ!!」
王太子の剣が吹き飛ばされ本人も壁に叩きつけられる。
「殿下っ!!」
「思い知れ! アンドラゴラスの小倅!!」
鈍く銀色に光る長剣が王太子を斬り捨てる寸前、アルスラーンが壁に掛けられていた松明を取り上げ銀仮面へと突きつけた。
「!?」
赤く燃える炎に銀仮面がたじろいで後方に足を引く。肩で息を吐きアルスラーンを憎々しげに睨みつける様に、炎が苦手ななだと王太子は直感した。
「おのれ、小倅……」
レインが腹をかばいながら立ち上がり剣を持った時、弓鳴りが響き銀仮面向かって矢が放たれた。
「アルスラーン殿下!」
向かい側に駆けつけたファランギースが、飛び越えるようにこちら側に来て銀仮面に短剣を振るう。
ファランギースから逃れようとして後ろに向くと、ナルサスが走りながら剣を抜き放って攻撃してきた。
「ヘボ画家!」
「二度も三度も聞きづてならないな」
二人が剣を交じり合わせている間にダリューンがアルスラーンとレインに駆けつけていた。
「殿下、レイン殿、ご無事ですか」
「ええ……」
前後を塞がれた銀仮面が真下の階段に飛び降りると、キシュワードが双剣を構えて階段を駆け上がってきていた。
キシュワード、ダリューン、ナルサスが次々と連係しながら銀仮面に肉迫していく。
徐々に不利になっていく状況に歯ぎしりすると、アルスラーンがこちらに向かって叫んできた。
「今一度問う! おぬしは何者だ!」
小さな少年王太子の問いに、憎悪で塗り固められた銀色の仮面がおかしそうに嗤った。
「俺は先王オスロエスの子、ヒルメス!」
あまりの衝撃にその場の全員が声を失って立ち尽くす。
その一瞬の隙をついた銀仮面ヒルメスは、王太子の側まで駆け上りファランギースを退かして鋭利な長剣を持つ手に力を込める。
「なんと甘い、愚かで哀れな小倅よ!!」
「殿下! レイン殿!」
「くっ、させない!!」
ダリューンの声にレインが王太子を背で庇い剣を構えた瞬間、自分とヒルメスとの間を庇うように老将が現れた。
「!?」
突如現れたバフマンを刺し貫いた衝撃にヒルメスが目を見開く。
「うそ……」
レインが立ち尽くしていると、倒れるバフマンにアルスラーンが縋り付く。
ヒルメスが逃げようとしたところをダリューンが追いかけるが、瀕死の老将がダリューンのマントを掴んで息も絶え絶えに懇願した。
「殺してはならぬ! その方を殺せば、パルス王家の正統の血は、たえてしまう!!」
その声と同時にヒルメスが城壁から飛び降りたのが最後だった。
バフマンの言葉に全員が声を失っている。
血を吐いた老将はアルスラーンに看取られてこの世を去った……。
『良い王におなりください』
その言葉はアルスラーンの心を揺さぶる大きな転機の一つになるのだった。
そしてまた、新たな火種がアルスラーン一行に降りかかることとなる。
「ご報告いたします! たったいま、シンドゥラの軍勢数万、夜の闇に乗じて国境を突破しつつあるとのこと!」
駆け寄ってきた兵の言葉に全員が城壁の外を見る。
幼い王太子は己が望まずも国家間の戦に望むこととなるのだった。
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