24.今はしばしの別れ
パルス歴三二一年、ラジェンドラ王子と同盟を結んだアルスラーン達はシンドゥラの地で新年を迎えた。
国都ウライユールを目指す中、パルス式の新年の行事を国王代理として無事に務めを果たしたアルスラーンは「我が友にして心の兄弟」とのたまうラジェンドラにある提案をされた。
両軍このまま共に進軍するのではなく、別行動をしてガーデーヴィ軍を二方向から挟み撃ちしないか、と。
「という訳なのだが、皆はどう思う?」
「お断わりなさるべきです。あの男は信用するべきではありません」
天幕の中で車座になり、アルスラーンの話を聞いたダリューン・ギーヴ・ファランギース・レインは明確に断るべきだと眉を寄せた。
「俺もそう思いますね。あの王子様は俺たちを別行動をさせて囮に使うつもりでしょう。ファランギース殿も同じ考えでは?」
「不愉快なことじゃがな。ガーデーヴィ王子がパルス軍に主力をさしむければ、その分国都の守りは手薄になりましょう。ラジェンドラ王子にしてみれば国都をつくもガーデーヴィ軍の後背を襲うも思いのまま」
「ラジェンドラ王子は徹底的に私達を利用する気です」
レインの最後の言葉にアルスラーンが考え混むように黙っていると、やがてナルサスに視線をうつした。
「ナルサスの考えを聞きたい」
「まず殿下にお祝いを申し上げます」
ナルサスはアルスラーンの視線に応えるように微笑んだ。
「殿下の部下にどうやら阿呆はひとりもおりませぬようですので。皆の意見の通りにラジェンドラ王子の真意は我が軍を囮として利用することでしょう。ですがこの提案をご承諾なさいませ」
その言葉にアルスラーンは勿論、この場の全員がナルサスに視線を寄せた。
「確かにラジェンドラ王子は信用できません。ならばむしろ距離をおいて行動したほうがよろしいかと」
「なるほど……」
「ただし、条件をおつけください。充分な糧食とそれを運搬する牛馬、くわしい地図と信用のおける案内人。それらを要求なさいませ」
「わかった、そうしよう」
ラジェンドラ王子にナルサスの示した要求を提示することになった。そして返答の使者からきたラジェンドラの答えにアルスラーンは目を見張った。
「なっ……これは……」
「殿下、いかがなさいました。まさかあの男、何か要求してきたのですか」
「あ、ああ……」
「殿下、こちらに」
手を差し出したナルサスにアルスラーンが文を渡す。隣のダリューンが文を覗くと、そこにとある人物の名前が書いてあった。
「!! レインが交換条件だと!?」
「え?」
ダリューンの声にレインが目を見張る。文を読み終えたナルサスがため息をついた。
「どうやらラジェンドラ王子はたいそうレインのことを気に入られたようだ。あちらが要求をのむ代わりに、逆にレインを望んできた。別行動中ラジェンドラ軍と共に行動するようにと」
「それではまるで人質ではないか」
レインの肩に手を置いたファランギースが不愉快そうに呟く。
「ナルサス、ラジェンドラ軍と別行動をすることが、パルス軍にとってもっとも最善なんだよね」
「ああ。だがレイン、別の方法を考えーー」
「殿下、私はパルス軍のために最善をとります。それに私一人のためにナルサスの策を変更させるわけにはいきません」
「レイン、それは……」
「あくまで別行動中だけですし、ラジェンドラ王子の指揮によってはすぐに合流できるかもしれません。逆に私があちらの軍の内部を見てきましょう」
そう言って笑うレインに、ダリューンの表情が変わった。
「なんども言うがあの男は信用できない! ましてやペシャワールでのこともあるんだぞ!」
「まさにオオカミの群れに飛び込むようなもの、おすすめできませんな」
うんうんと頷くギーヴに思わずレインがムッとなる。
(最初の頃はギーヴのことも信用できないって言ってたのに)
今は仲良く二人して反対している。
ダリューンの頑固な過保護っぷりにレインの中で不満が大きくなっていく。
「ダリューン、アルスラーン殿下と私、どっちが大切なの?」
「は!?」
「殿下に決まってるでしょう! 別行動とらずに、信用できないと言われるラジェンドラ王子とアルスラーン殿下を一緒にするくらいなら、私は自分からあちらに人質になるわ」
「!!」
レインの鋭い瞳にダリューンが思わずたじろぐ。
痴話喧嘩のようなその姿にナルサスが内心やれやれと息をついていると、成り行きを見守っていたアルスラーンが恐る恐る声を発した。
「レイン、私を気づかってくれてありがとう。だが私もそなたが傷つくのは見たくない」
「殿下……」
「それでもパルスのためにあちらに行くのなら、何かあったら絶対に逃げると約束してほしい」
「……わかりました」
「よかった。私からもラジェンドラ殿あての文にレインの身の安全を約束してもらうように書こう」
「ありがとうございます」
話が纏まると、座っていたダリューンが音もなく立ち上がり怖い顔をして天幕から出て行く。
後ろ姿を目で追うなか、急にレインの中で罪悪感が膨れ上がってきた。先ほどまでの勢いが嘘のように徐々にしぼんでいく。
こうしてまともにダリューンと会話ができないまま、レインがラジェンドラ軍に行く日が来た。
入れ替わるように、褐色の肌をしたシンドゥラ人の案内人がパルス軍に合流する。
後ろ髪を引かれるようにラジェンドラ軍の天幕に案内されると、満面の笑みを浮かべた王子がそこにいた。
「おお、レイン殿! 我が軍によくぞ来てくれた、歓迎しよう」
ラジェンドラの周囲にいる部下達が、レインを品定めするようにじろじろと見てくる姿に体を固くすると、ラジェンドラが大きく手を叩いた。それが合図なのか、さっと天幕から部下達が出て行く。
「これで邪魔者はいなくなったな。さ、レイン殿、もっと近くにーー」
「ラジェンドラ王子、私はこの軍でなにをすればよろしいでしょうか」
「なにと言われても、何もせずともよい」
「は……」
「俺の隣で微笑んでいればな」
敷物にゆったり腰をおろしていたラジェンドラが立ち上がり、レインの腕を掴む。そのまま強引に引き寄せられると、じっと瞳を見つめられる。
「言っただろう、おぬしに惚れたと」
「気の迷いかと」
「ははっ、気の迷いか。ならばなんとしても振り向いてもらわねばな」
身構えながらも決して目を逸らさないレインにラジェンドラの笑みが深まる。
「ああ、あまり行軍中や天幕内をウロウロしないほうがよい。シンドゥラ人が全員、俺のようにおぬしに惚れているわけではないからな」
一番安全なのが俺のところだ、というラジェンドラが一番危険な気がするが、とりあえずレインはラジェンドラの客人として扱われることとなった。
頭の片隅に喧嘩別れのようになってしまったダリューンがよぎる。
最後に見た彼の怒った顔を思い出して、胸がちくりと痛んだ。
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