25.求婚



 パルス軍を離れ、ラジェンドラ軍と行動を共にすることとなったレインはなにをすることもなく、行軍以外日がな一日与えられた天幕で一人過ごしていた。
 じっと動かないでいるのが苦手な性分の彼女は、当初ラジェンドラ王子の身辺警護を願い出たが、女ながら剣を持ったレインを王子の周辺にうろつかせたがらなかった側近により願いは叶えられなかった。

 それゆえか、軍議などで忙しくしていたラジェンドラ王子は暇を見つけてはレインのいる天幕に顔を出し、なにかと話し相手となっている。

(……ホント、なにしに来たんだろう)

 ラジェンドラ王子の気まぐれに振り回されているような気がしてならない。
 だがどうやら本人は至って真面目はようで、レインを己の隣でただ座して微笑んでいるだけでいいと本気で思っているようである。

「まるで、地面に咲く花みたい」

 どちらかというと、自分より妹のレイシーの方がそれらしいなと思いながら溜息をついて首を振る。

(レイシーに絶対近づけさせないようにしないと)

 そんな未来があるかどうかわからないまま、レインは一人拳を握りしめて誓ったのだった。


「レイン殿、よろしいか?」

 ふと天幕の布が上がり、満面の笑みを浮かべたラジェンドラ王子が現れた。

「王子、いかがなされましたか?」

 握りしめていた拳をさっとといて膝の上に乗せると、王子はいつもの人懐こい表情で隣に座ってきた。

「アルスラーン殿のパルス軍がグジャラート城を陥した!」

「まことですか!?」

 この話ばかりはレインを歓喜にわかせた。
 目を輝かせて話しを聞く彼女に、ラジェンドラは気を良くして大胆にもレインの肩に腕を回した。

「明日は進路を変え、東から南に進むことに決まった」

「み、南にですか? なぜ……」

 回された腕を払いのけたい衝動を我慢しながら、なんとか口に笑みを浮かべる。こうすれば勝手に自慢の策を話してくれるのだが、今日は珍しく王子は話を止めた。

「まあ、それはおいおい話すとして……もう夜もすぐそこに来ている。共に夕餉でもとらないか?」

 あっという間にラジェンドラの召使いが現れ、食事の支度を整えてしまう。

 まるで何かに急いているようなその態度にいぶかしみながら、レインは用意されま酒を王子の杯に注いだ。

「レイン殿も一杯どうだ?」

「いえ、私は王子のように強くありませんので……」

「そうか、そうだったな。……うむ、酒の席のたわごとと思われたくもなし、今日は俺も酒は飲まん」

「王子……?」

 酒好きそうなラジェンドラが手にした杯を置く。空になった手は食事がのせられた皿に向けられるかと思った時、レインの手を握った。

 褐色の武骨で大きな手がレインの細い指を握る。

「あの……」

「まあ、その、なんだ。俺には正妻がいない」

「……はあ……」

「心に決めた女もいない」

「……」

「そんな中、異国の地で美しい宝石に出逢った。煌めくような金色の女性……レインおぬしだ」

「えっと……」

「この戦が終わったら、俺の妻になってほしい」

 真っ直ぐな瞳がレインを見据える。
 じっと、熱を帯びたようなそれに見つめられて、レインは目をそらすことしか出来ない。あまりに急な話に、彼女はどうやって断るかぐるぐると頭の中が混乱する。

「俺がガーデーヴィに勝てば、次期シンドゥラの国王だ。そしてその妻は王妃となる」

「ラジェンドラ王子」

「どうしてもおぬしが欲しい」

「……私はパルスの者です。お国に帰れば高貴で美しいシンドゥラの姫君方がきっと貴方をお待ちしています」

「だろうな。だが、おぬしはシンドゥラにはいない」

「っ、私はただのアルスラーン殿下の護衛で身分が違いすぎます。側近方がきっと許しません」

「少しおぬしを調べさせてもらった。なんでもパルスの前宰相を父に持ち、母君はマルヤムの姫だったそうではないか」

「それは……」

「それに俺の母は奴隷だ。マルヤム王家の血を引いたおぬしを娶れるのだ、血筋にうるさいものは喉から手が出るほどおぬしを欲するだろう」

「……」

「なにより、まだ足場が固められていないアルスラーン殿、ひいてはパルスにとって友好な同盟が続けられる」

 握りしめる手とは逆の手が、レインの肩に置かれる。最後の最後に囁かれた言葉に揺れるようにレインが俯いた。

 頭も心も混乱するなか、ふと妹の微笑んだ顔が脳裏をよぎった。

「……申し訳ありません、王子。私は貴方とは結婚できません」

「何故だ!? 何がいけない、おぬしは王妃になれるのだぞ!!」

「私は王妃になりたい訳ではありません。それに……」

 たった一人の妹を助けられずに幸せにはなれない……。
 だが王子のそんなことは言えず、レインは決心したように顔を上げた。

「それに、なんだ?」

「私は王太子アルスラーン殿下の護衛です。あの方の護衛でいる限り、結婚できません」

 求婚を断る方便としてついた嘘。
 信じてもらえるかわからないままラジェンドラを見つめると、彼は大きな溜息をついて手を離した。

「……ならば護衛を辞めればよいと言えば簡単だが……おぬしはそれを了承せぬだろう。そういう顔をしている。……だがおぬしは”王太子アルスラーン”の護衛であろう?」

「はい」

「ならばアルスラーン殿がパルスの王になれば、結婚できるな」

「…………は?」

「よしわかった! ならば俺はアルスラーン殿が王になったら、その時にまたおぬしに求婚しよう!!」

「は!?」

 なんと前向きな思考を持っているのか。ある意味尊敬すらするその性格にレインは開いた口が塞がらなかった。

「いつになるか分かりませんよ?」

「ああ、俺が先に王になったら王妃の座を空けて待っていよう。まあその前に気が変わればいつでも俺の所に来れば良い。それに俺は努力は惜しまないからな、その間におぬしを振り向かせるためになんでもしよう」

「…………」

 手で額を覆いたいほど、これから先が思いやられてならない。

 心の中で長い溜息を吐くと、ラジェンドラは愉しげに笑って、食事に手をつけるのであった。

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