26.戦場に咲く花
翌日、ラジェンドラの言う通りに軍は南に進軍し、ガーデーヴィ軍と国都ウライユールとの中南部にある街道を遮断して陣を構えた。
この行動にガーデーヴィは歯噛みし、ついに十五万の兵を動かした。
十五万の内二万はグジャラート城にいるパルス軍に、そして残り十三万をラジェンドラ軍に進めたのである。
こうしてチャンディガル野の戦いが始まった。
「では行ってくる、レイン殿は決して天幕から離れないようにな」
そう言って、白馬に跨ったラジェンドラは兵と共に出陣した。
本陣より少し後方にある天幕に取り残されたレインは、所在なさげに天幕内をウロウロしてしまう。
ラジェンドラは勝つ気でいる、だが肝心の援軍であるパルス軍はガーデーヴィの別働隊により足止めをされていた。
「殿下……ダリューン……」
パルス軍がこの戦いに間に合わなければ、ラジェンドラ軍は確実に負けるだろう。そうすればガーデーヴィ軍はパルス軍一掃を命令するに違いない。
「ナルサス……どうしているの」
ナルサスの策ならば負ける筈がない。
だが一人天幕内で残るレインは、アトロパテネのトラウマが根深く残っていた。
その時、突如戦場から大きなラッパのような音が響いてきた。それも一つではなく複数聞こえてくる。痛くなるほどの音に耳を塞ぐと叫び声が聞こえてきた。
「なに、この音!?」
慌てて天幕から出れば、レインの天幕を見張っていた歩兵が「戦象部隊だ!!」と恐れ慄いている。
「戦象……これが像の鳴き声」
怒り狂っているような猛々しい声が戦場にこだまする。
シンドゥラの誇る戦象部隊は、ラジェンドラ軍を踏み潰すように蹴散らしていく。
あれではラジェンドラ軍が壊滅すると思った瞬間、鷹の鳴き声が空から降ってきた。
「……まさか、アズライール!!」
聞き慣れた高く澄んだ声に走り出すと、頭上に鳥形が見えた。アズライールはレインを探していたのか、真下にいる彼女を見つけて旋回している。
(アズライールなら、殿下やダリューンの所に連れて行ってくれる!)
急いで愛馬を呼び跳ぶように鞍に跨ると、アズライールは待っていたかのように飛び出した。
「殿下ーー!!」
馬で走れば直ぐにアルスラーン達と、ラジェンドラが見えた。王太子の傍らには軍師のナルサスが微笑んでいる。
「レイン!!」
「レイン殿!?」
アルスラーンが手をふる中、ラジェンドラは驚いたように目を丸くしている。そんな王子を気にせず、レインはアルスラーンの側に馬を並ばせた。
「殿下、ただいま戻りました」
「ああ、お帰りレイン!」
「ダリューンはどちらに?」
「あそこにいる」
ナルサスが指差した先に、ガーデーヴィ軍の兵を蹴散らす黒衣の騎士を見つけた。
「殿下、私もダリューンと共に戦ってもよろしいでしょうか?」
「分かった、だがあまり無茶はしないように」
「はい!」
自分でも驚くほどレインは胸が高鳴っていた。ずっと天幕の中でいた鬱憤から晴れるように、さらに久しぶりに見る仲間と共に戦える喜びに、剣を抜く手が自然と高く掲げられた。
「ヤシャスィーン!!」
主人の声に応えるように馬が地を蹴って猛進する。たった一騎で駆けると、黒衣の騎士の周りにいた兵をなぎ払う。
「レイン!?」
「ただいま、ダリューン。さあ行こう!!」
「っ、ああ!!」
金色の旋風が巻き起こったように、レインが髪が翻って敵を斬り倒していく。
少し離れた所にはファランギースやアルフリード、ギーヴが共にガーデーヴィ軍を翻弄していた。
ガーデーヴィ軍が崩れそうになった時、戦象部隊の咆哮が鳴り響いた。
「レイン、俺はナルサスの策であれを相手にしてくる」
「了解、踏みつぶされないでね!」
ダリューンとパルスの騎馬隊が戦象部隊目掛けて突っ込んで行く、レインは馬首をめぐらせてファランギース達の所に合流した。
レイン達がガーデーヴィ軍を突き崩している間に、ダリューン達が戦象部隊を上手く陽動しナルサスの策が発揮される。
「凄い、あの戦象部隊が!!」
「ナルサス卿の思惑の通りに事が運ぶの」
ファランギースの矢が敵に刺さったと同じように、戦象部隊は投石器を改良した槍の雨に象達は成すすべもなく倒れて行く。
「残すはあの白象の王子様だけのようですぞ」
ギーヴの言葉に、ダリューンの先にいた白象に乗る人物を見つけた。
「あれが、ガーデーヴィ王子?」
尖ったような顔つきの王子は、苦虫を噛み潰したような表情でダリューンを見据えている。槍を構えて像に飛び乗ったダリューンが、ガーデーヴィに迫った瞬間、褐色の肌をした黒髪の男が像の上に馬を乗り上げた。
(あの男は確か)
その人物はレインがラジェンドラ軍に合流する代わりに、パルス軍に道案内として遣わされた男だった。
男はダリューンと剣で打ち合った後、ガーデーヴィを馬の鞍に乗せて像の上から逃げ出した。
「ダリューン!!」
乗り手を失った像が暴れるように巨体を揺らし、ダリューンがよろめく。急いで馬を走らせれば、体勢を立て直した彼が像の上から飛び降りた。
「ダリューン、怪我はない!?」
「ああ、大丈夫だ!」
ダリューンの無事を安堵すると、後方から声が上がった。
「射つな、あれはジャスワントだ!!」
その声は、ガーデーヴィを連れ去った男を射ろうとしたファランギースに向けた、アルスラーンの叫びだった。
「殿下は何故あの男を……」
「おぬしが居ぬ間に色々あったのだ。殿下はお優しいからな」
「じゃあ後で教えてくれる?」
「ああ」
ラジェンドラ軍に行く前にダリューンと喧嘩したのが嘘のように、互いに笑い合う。
アルスラーンの所に戻ればラジェンドラに両手を広げて迎えられた。
「レイン殿! おぬしはまさに俺の勝利の女神!! また惚れ直したぞ!!」
ダリューンとの間に割って入ってこようとするラジェンドラに、レインが苦笑する。
事情を知らないアルスラーンは首を傾け、ダリューンはレインを背後に回してラジェンドラと暫く睨み合った。
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