27.研ぎ澄まされた人
チァンディガル野の戦いがラジェンドラ・パルス軍勝利に終わった後、国都ウライユールから昏睡状態だったカリカーラ王が目覚めたと、報せが届いた。
父王の目覚めにラジェンドラは罠かと勘繰りながらも、父の確かな筆跡による手紙を読んで、彼は少数の供を連れてウライユールへと向かった。
ラジェンドラからの報せを待ちながら、レインはパルス軍の天幕で再開した仲間と談笑していた。
主に話の内容はレインが不在だった時のパルス軍で起こった出来事で、彼女と入れ替わりに軍にいて戦でアルスラーンが見逃したジャスワントについて。
「殿下はその者を二度、お助けになられたのですね」
「ああ、グジャラートと、チァンディガル野で……」
「その者になにか感じ入るものがあったからでしょうか」
「うん」
アルスラーンはカーラーンを思い出したのだと呟いた。
ジャスワントはパルスを裏切っていたわけではなく、あくまでシンドゥラに忠誠を誓っていただけ。そこに、何者かに忠を尽くし死んでいったカーラーンを思い出したのだった。
「レインはあちらでどうだったのだ? ラジェンドラ殿は大丈夫だとは思うが、シンドゥラの者から嫌なことをされなかっただろうか」
ずっと心配していたと言う言葉に、その場にいた仲間の全員が頷くとレインは目を泳がせて、口ごもった。その様子にダリューンが眉を寄せる。
「まさか、何かされたのか」
「え、いや、されたっていうわけではないけど……」
「じゃあ何かいわれたの!?」
アルフリードが怒った風に口をとがらせるのを見て、仕方なくレインがしぶしぶ話した。
「その……ラジェンドラ王子から、きゅ、求婚されて……」
彼女の言葉にその場が騒然となる。
「求婚――!? あの王子に!?」
「俺すらしていないというのにどういうことだ!」
「レイン様が求婚された!?」
アルフリードにギーヴ、エラムまで気色ばんでいる。その三人をファランギースがたしなめていると、ナルサスが無言のダリューンを横目で見て、真剣な表情でレインを見据えた。
「それで、おぬしはそれに応えたのか? 事の場合によっては今後の進行にも関わってくるが」
ナルサスの視線にレインは首を振って答えた。
「ナルサス、私が受けると思っているの?」
「いや、俺の知るおぬしが受けるとは思はないが、パルスとの同盟の話をだしにされたらわからぬからな」
「レイン……」
アルスラーンが気遣わしげにレインを見ると、彼女は苦笑して完全否定した。
「しっかりとお断りしてきました。アルスラーン殿下の護衛である限り、私は結婚しないと」
その言葉に一瞬だけ、ダリューンが身じろぎする。
「そうか、それならば私も安心できる」
純粋にレインが傍に居続けられるとわかったアルスラーンが安堵する。
すると外から伝者がとある伝言を携えてやってきた。
全員が居住まいを正すと、シンドゥラにて次期国王を決める【神前決闘】が行われるということだった。
「神前決闘?」
レインの言葉にナルサスの説明がはじまる。
「神々の名において正義を認めるシンドゥラ独特の裁判だ」
ナルサスの声を遮らぬ程度に、ダリューンが静かに愛剣を研ぐ音が天幕に響く。
「相争う二名が武器をとって決闘し、勝った方が正義となる。ただし、今回は王子同士が争うのではなく代理人を立てるようだ」
ナルサスが持った伝者からの文に書かれた代理人の字を、隣のエラムがのぞいた。
「はっ、シンドゥラの王様はよっぽど自分で責任をとるのがお嫌いらしいな。偉そうなことを言って、結局は神々に判断を押し付けておいでになる」
「シンドゥラの神々がどちらの野心家を贔屓するか、敗れた方が素直に神々の意思に従うか……。いずれにしても見ものじゃな」
「強い方が勝ち、勝った方が正しいということになるのか? それは本当の正義に結びつくのだろうか」
アルスラーンの問いに、ナルサスは是と答えそして長所もあるのだと言う。
ラジェンドラ軍とガーデーヴィ軍がこのまま衝突すれば死者が必ず多くでる。だが、神前決闘であれはどちらかが負ければそこで終了、敗者または相討ちでしか死者がでない。カリカーラ王にとって苦渋の決断であった。
「なら、自分の命運を任せる代理人にラジェンドラ王子はいったい誰を……」
レインの呟きにナルサスが、剣を研ぐダリューンをいちべつする。
「ラジェンドラの知る限り最強の勇者といえば……。黒衣黒馬のパルス騎士だろうな」
「え……」
まさかと思ってレインがダリューンを見る。
確かに自分自身も最強だと思うのは彼しかいない。だが……それは……。
「ダリューンが、代理人……」
それはどちらか死ぬわけで、もしかしたら彼が死んでしまうかもしれない恐怖がレインのなかで湧き上がった。
ほどなくしてウライユールからラジェンドラが自分の代理人にと、ダリューンを訪ねてきた。
ことわるダリューンにどうしてもと頭を下げたラジェンドラに、アルスラーンがうながされるかたちで、ダリューンが神前決闘に臨むことになった。
レインがダリューンを見ても彼はこちらを見ようとしない。
静かに剣を手にした彼はまるでその剣のように研ぎ澄まされていた……。
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