30.幼馴染が想い人になった日



 それは、まだダリューンが自分の気持ちに気づく前。パルス国のリンドバーグ宰相が健在で、双子の姉妹がタハミーネ王妃の側仕えだった頃のお話。

 王が狩猟をすると知り、大将軍ヴァフリーズ以下重たる騎士達が集っていた。
 伯父の好意で共に狩猟に参加できることとなった若いダリューンは、ちらりと後方を見ると、金に光る髪が揺れるのを見つけた。

 後ろには白馬に乗った幼馴染のレインが弓を携えている。何故彼女がこんなところに訝しんだダリューンが、馬首を巡らせてレインの前に進めた。

「レイン、どうしたのだこんなところで」

 顔を上げたレインが驚いたようにダリューンを見つめ、小さく微笑む。いつもと違う艶だ微笑みにダリューンが面食らうと彼女はさらに後方の天幕を指差した。

「王妃様の許可を得て私も参加することになったの」

 確かにレインが指した場所は王妃がいる天幕だ。王が王妃に自分の腕を披露するために呼び出したそうだが、タハミーネ王妃はまだ一度も顔を出していない。

「王妃様直々に上達した弓の腕を見てみたいと言われてね」

 いたずらっぽく笑うレインに、何故かダリューンはそうか……としか答えられなかった。どことなく彼女の雰囲気がいつもと違うと思ってしまう。

「あ、はじまったよダリューン」

 大きな合図が鳴り王の狩猟がはじまった。
 猟犬が放たれて獲物を探しがはじまり、まずは側近達が馬を蹴る。そして大きな獲物が見つかり、王がそれを狩ることができれば自分達も自由に狩猟することができる。

 普通なら、こういう時のレインは早く馬を駆けたくてうずうずするはず。だが目の前にいる見慣れたはずの彼女はなりゆきをしずかに見ていた。

「……どうしたの? ダリューン」

 じっと見つめられているのに気づいていたのか、レインは唇に艶やかな笑みを浮かべて見つめ返される。今までこんな表情は見たことがない、まるで片割れの少女の微笑みのようで−−。
 ふと、ダリューンの目の前にいる少女の顔が違う顔に見えてきた。外見は同じだが、まとう空気が違うそれは彼女と同じ服装をしていても自分には分かるとダリューンの心が理解している。

「まさか……レインではなく、レイシー、か……?」

 彼の言葉にレインが一瞬驚いたように目を見開き、次に満足そうに笑った。

「お見事です。ええ、私はレイシーですわ」

 レインの格好をしたレイシーが微笑む。
 何故、とダリューンが問うと王妃の侍女が普通狩猟に出れると思いますか、とこたえられた。

「王妃様に言われたのです『宰相に手ほどきを受けているという弓の腕を見てみたい』と。でも侍女の私は参加できませんから、王妃様付きの護衛であるお姉様と入れ替わったのですわ」

 王妃が自分の護衛に何か狩ってこいといえば、誰も文句は言わない。さらにそれを見るために王妃が天幕から出てくるのであれば王も満足するのだ。

「ふふ、今まで誰にもばれなかったのに、ダリューンにばれてしまうとは……嬉しいです」

「そうなのか」

「ええ、幼い頃から同じ格好をすれば誰にも見分けがつかなかったのですもの。だから、お姉様の格好をしてもばれないとふんでいました。流石、我らが幼馴染です」

 くすくすと笑うレインの姿をしたレイシーに変な気持ちになる。レインが決してしない表情をはじめて見られて、なんだかくすぐったい。

「ではレインは王妃様のお側か」

「はい、そろそろ天幕から出ると思いますわ」

 すると、前方から王が獲物を取ったという歓声が上がった。その声にレイシーが笑顔になって、ダリューンへの挨拶もそこそこに王妃のためにと弓を携えて馬を駆けていく。

 ダリューンも狩に行くかと思ったが、後方の天幕が気になって仕方がない。
 後ろを見ると、天幕から王妃と侍女達が出てきて敷き詰められた柔らかい敷物に座っている。

「っ……レイン……?」

 王妃の傍に侍る少女の金の髪が陽に当たって輝く。
 普段は纏わない絹のドレスを着た彼女はまさにレイシーそのものにこちらからは見える。

 思わずシャブラングを近くに止めて、失礼のないように王妃達の元に歩み寄る。
 談笑している侍女達の中でもレインはひときわ綺麗に見えて、しとやかに微笑む花のようだった。
 どくんと、ダリューンの胸が高鳴る。

 つと、彼女の目がダリューンと合う。
 すると嬉しそうに目が輝いて、王妃に何事かを話した。
 二、三王妃と言葉を交わしたレインが礼をして立ち上がる。ドレスがふわりと広がり駆け足でダリューンの元に向かってきた。

「ダリューン!」

 笑いかけてくる姿に思わず笑みがこぼれる。
 いつもは結わえている髪を下ろした姿は幼い時以来で、よく姉妹揃ってお揃いの格好をしてた時の事を思い出した。

「レイン、その姿−−」

「え、ばれてる!?」

 レインと呼ばれて彼女が驚いたように目をぱちくりさせた。幼い頃はよく双子の見分けでダリューンをからかったことがある。その時のように絶対入れ替わりがばれていないと思い込んでいたレインは、ダリューンを驚かそうと思って出鼻をくじかれたのだ。

「おぬしの姿をしたレイシーを見てなにかおかしいと思ってな……だが、俺以外は気づいていないようだ」

 柔らかい髪に手を触れて、ゆっくり撫でる。
 なーんだと笑う彼女の可愛らしい笑顔にまた胸が高鳴った。

(ずっと、妹のように思っていたんだが……)

 自分の心臓がうるさく感じるほどダリューンは高揚していて、急に感じたその想いに戸惑っていく。

(レインのことを、可愛いと思うなど……)

 今まで妹のように可愛がってきていて、自分が守らなければいけないとさえ思っていた。だがそれは、肉親の情と似た感覚だとずっと思っていたのだが……。それが崩れるように、ダリューンの中で何かが変わっていく。
 それは今まで近すぎたからこそ、気づけなかった想い。

(レインの姿をしたレイシーを見た時は、思わなかった)

 入れ替わったことに気づいたり、見慣れぬ姿に胸を高鳴らせるほど、自分は彼女の事を好いているのだと、自覚してしまった。

「なんだ……昔みたいに驚かせようと思ったのに。次は絶対ばれないようにしよう」

 落胆するレインがまた可愛くて、次がいつくるか分からないがレイシーと念入りに計画すると意気込んでいる。

「いや、次も俺が絶対見分けてみせるさ」

 好いた女を見分けられないなぞ、男がすたる。

「なんでそんなに自信満々なの。……幼馴染だから?」

 首を傾げるレインにさあなとダリューンが応える。

 自覚したばかりの想いはまだ口にはしない。
 己をもっと鍛え、相応しい男になるまで。ちゃんと彼女に想いを伝えられるように、まだ心に秘めておく。

 いつかこの胸に抱きしめられるように。
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