37.聖マヌエル城の攻防
シャフリスターンの野で狩猟祭を行っているパルス軍は、百騎から二百騎ほどの隊でそれぞれ野を駆けていた。
レインはジャスワントとファランギース、エラムと共にアルスラーンの側で馬を並べ、ジャスワントによるシンドゥラでの狩りの話に花を咲かせていた。
「シンドゥラでは虎狩りにも像を使います」
「それはさぞ壮観だろうな」
シンドゥラで見たあの巨体なら虎でも踏み潰せそうだなとレインが思っていると、前方から騎馬の足音が聞こえてきた。
「キシュワード卿の隊ですかな」
何気なくジャスワントがそう呟いた瞬間、レインの目に前方の騎影からルシタニアの旗が見えた。
「っ、殿下! ルシタニア兵です!!」
レインが声を張り上げるのと同時に、ルシタニアの騎馬隊が現れその場の全員が固まった。
それはルシタニア側も同じで、まったくの偶然かパルス兵とルシタニア兵が出くわしその場での戦闘が始まってしまう。
「お逃げください殿下!!」
ジャスワントがアルスラーンの前に馬を寄せて敵兵に剣を向ける。ファランギースの指示でエラムがナルサスとダリューンの元に向かうと、レインがアルスラーンを伴ってその場から離脱する。
「あの金の兜がアルスラーンだ!」
ファランギース達の間をすり抜けて追いかけてきたルシタニア兵達がアルスラーンに剣を振りかざす。
「殿下!」
すんでのところでレインが剣で防ぎ、ルシタニア兵と切り結ぶ。それでも一人がアルスラーンに斬りかかり、一対一で向かい合った。
「くっ、どいて!!」
ルシタニア兵に囲まれたレインが馬上で剣を振るい包囲を突破すると、巧みに馬術で敵を翻弄したアルスラーンが兵士を倒した。
「レイン、無事か!?」
「私は大丈夫です! それよりも殿下、お強くなられて……」
ほっと胸を撫で下ろしながら強くなった王太子にレインが誇らしく思っていると、背後で悲鳴が上がった。
「これは!」
「アズライール! ありがとう!」
背後で二人を狙ったルシタニア兵が上空から飛んできたアズライールに目を潰されたのである。
鷹が優雅にアルスラーンの腕に止まると、後方からジャスワントが駆けてきた。
「殿下! レイン殿!!」
「ジャスワント!」
「あああご無事でようございました! もし殿下とレイン殿の御身に何かあったら私はダリューン卿とナルサス卿とファランギース殿に絞め殺されてしまいます!!!」
泣きそうな顔のジャスワントにアルスラーンがたじろぎ、レインが苦笑いすると、続々とルシタニア兵が王太子目掛けて集まってくる。
レインとジャスワントでアルスラーンの周りを敵兵を蹴散らし、それでも抜けてくる兵をアルスラーンとアズライールで倒していく。 一向に王太子の首が取れないルシタニア兵が焦り始めた時、一騎のルシタニア兵が叫びをあげた。
「黒い騎士の一団が迫って来てる!!」
『ダリューン!!』
レインとアルスラーンが同時に顔を上げると、アルスラーン目掛けて一人の兵が剣を振りかざした。
「殿下!!」
反応出来なかったレインが叫びを上げる。なんとか剣で防いだアルスラーンが振り返ると、小柄な少年兵が目の奥に炎を燃やして切りかかってくる。
「邪悪な異教徒の大将めは本当に二本の角が生えて、耳まで裂けた口を持っているのか、その兜叩き割って確かめてやる!!」
「!!」
少年兵を見たアルスラーンの目が見開かれる。
「殿――っああ!?」
アルスラーンと少年兵しか目に入っていなかったレインの肩に矢が刺さる。
「レイン殿!?」
「っく、ジャスワント、はやく、殿下をお願いっっ!!」
真っ青な顔をしたジャスワントがアルスラーンと少年兵の間を割って入るのを見届け、レインは肩に刺さった矢を引き抜く。
かなり後ろから射たのか深くは刺さらず、毒も塗られていなかった。
「ダリューンだ! ダリューンが来たぞーー!!」
ルシタニア兵の叫びが上がると、血の雨が辺りに降り注いだ。漆黒の騎士が剣をを一振りするごとに軽々とルシタニア兵が宙を舞う。
「ダリューンっ……」
レインのか細い声にダリューンの視線がそちらに向く。一目で負傷したとわかるその姿に、ダリューンの目が苛烈に光った。
手にした剣がゆらりと持ち上がり、次の瞬間ルシタニア兵の手や首が飛び跳ねる。
鬼神と見まごうほどのその殺気にルシタニア兵が粟立ち、アルスラーンに向かっていた少年兵を守るように退却しようとする。
だがその内にキシュワードやファランギースの隊が合流し、ルシタニア兵側が包囲されることとなった。
「私が退路を拓く、皆駆け抜けよ!!」
「エトワール様!!」
エトワールと呼ばれた少年兵が雄叫びを上げながらダリューンに向かって行く。
自分に向かってくるルシタニア兵が、まだ年端もいかない子供だと気がついたダリューンが剣の柄で少年の兜を殴る。
兜が宙に飛び、少年が地に伏す。
よろよろと起き上がった少年の長い髪が風になびいた。
「女か!」
「女!?」
ダリューンとアルスラーンが少年、いや少女の素顔を見て驚愕する。
少女が落ちた剣を取ろうとして、すかさずダリューンが槍に持ち替えて少女の襟を正確に突き刺し持ち上げた。
「は、離せ! 無礼なっ、離さんか!!」
「このまま放っておけばおぬしはここで命を落とすだろう。みすみす子供を見殺しにするのは忍びない」
ひょいと少女をパルス兵に引き渡し、縛り上げる。
叫びを上げながら連れられて行く少女を見ながら、少年だと思い込んでいた人物が少女だと知り、アルスラーンは開いた口が塞がらなかった。
「レイン、大丈夫か!」
アルスラーンの無事を確認したダリューンがレインに駆け寄る。
肩を手でおさえたレインの姿を見て、傷に触れないように抱きしめた。
「大丈夫だよダリューン。そんなに傷は深くないから」
「……まったく、ひやひやさせる……」
手早くダリューンに手当てをされると、ナルサスとアルフリードがこちらに駆けてきた。
「殿下! ダリューン!」
「おう、ナルサス。殿下はご無事だ。レインが肩を負傷したが見たところ大したことはない。あと妙な獲物を捕まえたところでな」
「それよりもこのまま走って
聖マヌエル城に攻めかかるぞ!」
「このまま、本気か?」
「敵が逃走し始めたので流れに乗ろう」
敵の意表を突いてこのまま攻め上げることになったパルス軍は、城門が閉じられる前にダリューンが城に駆け込み、続くようにパルス兵が雪崩れ込む。
強引な力任せの城攻めはルシタニア兵の血が飛び交い、次々と倒れて行く。
アルスラーンは女子供への殺戮や略奪を禁じ、ルシタニア兵に降伏を促そうとするが、誰一人として降伏する者は無く悲惨な自決が始まった。
「殿下! あれを!」
エラムの声に上を見上げたアルスラーンが声を失う。
城壁の高い塔から身を投げ神の御許へと行くことを選び、一人、また一人と女子供が投身自殺をはかった。
「やめろ、死ぬな! 無事に逃がしてやるから死ぬな!!」
アルスラーンの悲痛な叫びがルシタニア人に届くことなく、ただ人が落下していくのを見ているしかできなかった。
最後の影が身を投げ出すと、あたりに静寂が広がり、そして一つの悲鳴が上がった。
「伯爵様! バルカシオン伯!」
あのエトワールと呼ばれたルシタニアの少女兵が、倒れた老人のそばにひざまずく。
息を引き取った伯爵に少女の口からひくりと息が漏れ、震えながら声を上げた。
「伯爵様を殺したのはどいつだ!!!」
伯爵の鞘から剣を抜いてパルス軍に突きつけるその姿に、全員がおし黙る。
「……その伯爵は地面に落ちて死んだのだ。地面を斬るわけにもいくまい」
「黙れぇ!!!」
トゥースの言葉に激昂したエトワールが剣を振りかざすが、キシュワードにもぎ取られてパルス兵に縛り上げられた。
少女の処遇をどうするか皆が決めかねていると、アルスラーンが逃がしてやろうと言うが他ならぬ本人が拒否をした。
「このまま帰るわけにはいかぬ」
私を拷問しろと言う少女は、このまま戻れば異教徒に情けをかけられ通諜したと疑われるぐらいなら神のために命を捨てるのが本懐と本気で言うのだ。
冗談ではなく真顔の少女に手に負えなくなったパルス軍は、仕方なく彼女をひっ捕らえて地下牢へと送ることとなった。
こうして、聖マヌエル城は落城した。
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